かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

働き方が変わる、学び方が変わる、暮らしが変わる。
 「Hoshino Parsons Project」のブログ

それぞれの「職務」に徹することが社会を支える

2008年12月31日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!
それぞれの「職務」に徹することが社会を支える
    主権者としての労働の復権を求めて


先日、『日本でいちばん大切にしたい会社』の著者、坂本光司先生と先生の研究室の皆さん(総勢7名)に、ご来店いただきました。

あっという間の時間で、はたして限られた時間のなかでどれだけのことがお伝えできたでしょうか。

研究室の皆さんの訪問の狙いどころも予想し難い面もあったので、わたしはある程度お話する項目を事前にメモしておきました。
以下にそれを記しておきます。
メモの半分くらいのことは、会話のなかでふれることが出来たので、わたしとしてはまずますの成果であったと満足しています。


12月26日(金) 坂本光司先生一行来店準備メモ

1、自己紹介と店の概要
・雇われ店長としての側面とHPPとして個人での立場
・市場縮小の時代に書籍部門だけは8年間伸ばし続けてきた
・改革の話がつい「業界」にばかり向いてしまう傾向
  →業界ではなく、顧客・地域に向い続けていなければいけない


2、零細書店として
展示方法と商品絞込みの特徴
衰退商店街の典型的立地
景気の問題や郊外店・大型店の問題ではない
圧倒的な問題は「働いていない」こと
出来ることは何でもするが原則
しかし、企画・イベントより、まず競争力のある商品とサービスの追及が第一
(この点は坂本先生も、ずっと商店街とは、魅力ある個店の集合・連続であると主張 し続けてこられたようです)


3、今後の展開
どこも厳しいが、大型店の方がはるかに苦しい時代
版元(メーカー)の代理人であった小売店から
顧客の代理人になる時代へ
・古書の検索・仕入れ代行
・パターン配本に依存しない、小売本来の仕入れ能力を取り戻す
・手作り本の運動
個人が情報の発信者としてネット中心の表現からリアルの人間関係重視に移る
には、従来の自費出版ではない個人で印刷製本できる簡易出版・冊子づくり
情報の受け手から情報の発信者への移行はブログ・ホームページだけでない
ひとりひとりが発信者としてだけでなく、表現者になるプロセス
自分と向き合う力(肩書きや経歴に左右されない)を取り戻すプロセス

4、グローバルな視野で
自然と社会の基本は無償の労働(贈与)によって成り立っている。
狭義の「賃労働」の意識が浸透してしまった現代
「働く」ということは、稼ぐことよりも、まず「生命の再生産」がベース

今回の金融危機のおかげでようやく交換価値(量)優先の時代から
使用価値(質)に立ち返る時代になれる。

情報の値段は本来タダ!(無料)
知識・情報は本来は人類の公共財
今はそれを独占・秘匿することによってのみお金が取れる
今の著作権論議はおかしい
(今の本の値段は、本の製作・物流コストだけで、本の情報価値は、価格にあらわされていないという話をしました。これからようやくその情報価値をきちんと払える仕組みが生まれる)


以上、私のメモより


1冊の本が、ただ良かった、感動した、という感想にとどまらずに、本屋でありながらタダであげてでも、より多くの人に読んでもらいたいと感じさせた何かが、
この本『日本でいちばん大切にしたい会社』にはありました。
それが何であるのかを、私は未だにうまく説明することが出来ません。
1冊の本からこのような人の輪が広がった経験も、過去にはありませんでした。

今、私のまわりでは、この未来塾に限らず、この本のおかげで学校図書館の先生たちや地域の仲間との新しい信頼関係も生まれています。

冗談半分にしても、先着100名にこの本をプレゼントしますと私に言わせたこの本の力とは
いったい、なんだったのでしょうね?


なんとなく坂本先生と研究室の皆さんとのやり取りは、わたしの働き方にかかわることが多くなってしまったような気もします。
自分では、本来の働き方をしているつもりでいながら、周囲からは珍しがられることが多いので、会話の補足として少し長くなりそうですが、
今の世相への想いを含めてその辺のことを書かせていただきます。

実は、坂本先生といろいろお話しているうちに、先生から
「あなたのような人こそ、経営者になって欲しい」と言われました。
もちろん、先生は軽いお世辞の意味で言われたことはよくわかりますが、その時私は内心
「先生、それは違う」と思いました。

たしかに経営の全責任は経営者に集中します。

しかし、このところ絶えずテレビの画面から流れる、記者会見で頭を下げる経営トップの姿。
その姿を見ていると、そこに至っても未だにその責任を果たそうとはせずに、ただ頭を下げてとりつくろっているにすぎないように思えてならないことが多いのですが、どうも会社の実態として、組織が機能していないことの裏返しに見えてなりません。

そこにいたるまで、その会社の役員や幹部たちは、今まで何をしてきたのだろうか?
確かにそうした企業の多くは、ワンマン経営で、社長に意見しようものならすぐにクビになるのがおちということは、容易に想像がつきます。

しかし、自らの首を守るために、
その社長の周りの役員や幹部たちは、顧客をだまし続けたり、従業員に無理を強制し続けたりしていたこと
このことを忘れてはなりません。

不正経理、粉飾決算などの場合も、そこに出入りしている会計士などに完全な実態が見えない場合も確かにあるでしょうが、多くの場合、数字の上だけでも危険な兆候はいろいろ出ているものです。
それに気づいても、クライアントを失う恐怖に負けずに、きちんと職務に徹することのできる人は意外と少ないかもしれません。

確かに、家のローンや子供の受験などを控えて、今、クビになるわけにはいかない
といった苦渋の選択が、それぞれの人のなかにあることは想像できます。

しかし、その結果が、会社そのものが社会的信用を失うばかりか、会社自体がなくなってしまうのだということを、
この間の様々な事件は、十分わたしたちに教えてくれたとは思えないでしょうか。

こうした話をすると、
「私には権限が無いので・・・」
という声がすぐにかえってきます。

わたしはこれはウソだ、と思っています。
この言葉には、経営者が真の責任を取らずに、ただ頭を下げているのと同じ欺瞞を感じます。

わたしは、仕事というのはその役職にかかわりなく、仕事をしている限り、
自分のかかわった製品に対して、
自分の担当している顧客に対して、
あるいは消費者に対しては、100%の責任を負っていのではないかと思っています。

もちろん対外的な公的な立場は、それぞれ異なってくることは事実です。

しかし現実の業務をみた場合、私は係長だから60%の責任でいい
私はヒラ社員だから30%の責任しかない
などということがあるのでしょうか?

職制と責任というものを考えたとき、こうした発想は根本的になにかおかしいのではないかと思うのです。

わたしは人間関係すべてにも感じるのですが、
人と人との関係は、あくまでも100対100が原則だと思っています。

自分のできることはすべてやる、
これがあってはじめて責任というのはまっとう出来るものではないかと考えます。

半分は自分、残りは相手、
30%は自分、70%は社長などという発想では、
はじめから真の「責任」などというものは成り立たないのではないかと思います。

そもそも、立場にかかわりなく
自分の担当している顧客にたいしては、その担当者こそが全権持った最大の代理人であり、
課長であろうが、係長であろうが、自分の部下の最大の代弁者として社長に立ち向う義務というものがある。
さらには、自分の家族の代弁者として雇用者に対しては全権与えられた立場にある。

なんていう話は通じない会社が多いのが実態でしょうが、それが「職務」というものでしょう。
ここまで言っても、
それでもまだ「現実には・・・・」
という言葉がかえってきます。

さらに言おう。
私は人はすべて「オギャー!」と生まれた瞬間から、生きていくに必要なすべてのものを備わって生まれてくるものだと思う。
まだなんの能力もない赤ん坊ですら、
誰もが放っておけないような可愛らしさを持っている。

まして、物心ついた大人になれば、
肩書きや能力がどうであれ、
わからなければ人に聞く、
力が足りなければ応援を頼む、
知識が無ければ調べてみる、

忘れないで欲しい。
どんなに腐った会社でも、
イヤなら辞める権限も、すべて自分が持ったうえで今そこにいるということを。


どんなことでも外から批判することは容易い。
連日報道される派遣切りの会社のなかに自分がいたとしたならば。

昨日まで隣りにいた仲間が
今日、クビになると知ったならば、

多くの人はどうすることも出来ないのが事実でしょう。

でも、どうか
「だからこそ」
という言葉のもとに出る次の自分の一歩を大切にして欲しい。

肩書きにかかわりなく、すべてのひとが自分の職責をまっとうする事、
これは決して簡単なことではありません。
わたしも決して出来ているわけではありません。

しかし、このことを理解しないまま、あなたが経営者になったところで
従業員の信頼はおろか、顧客の信頼を得られる企業になれないことは確かです。

こうした意味で私は、今の立場が雇われ店長だからといって
毎日のように社長と対立しながらも、
自分に権限が不足しているとは思っていません。

いまわたしたちが直面している現実は、どちらを向いても厳しいものばかりです。
でも、まず自分がいかなる立場にあっても、自分の行動に関しては全権を持った主体であることを気づくことこそが、
これからの社会の展望を見出す大事な鍵なのではないかと思います。

頭の先から足の先まで、
自分の体で誰か人から借りてきたものなんてどこにもありません。

すべて自分が全権持っている自分のカラダなのです。
すべて自分の心が決めていることなのです。

このことにさえ気づけば、世の中、何の問題もない。


以上、長くなりましたが、
わたしの年の瀬の雑感でした。


皆さま、よいお年を。
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今どきの掃除機考

2008年12月24日 | ・・・ったくアホな生活
足の踏み場もないほど整然と整理されつくした私の部屋、
どんどん収拾がつかなくなる。

そんな部屋のわずかな隙間をたまには掃除しようと、これまで様々な掃除機はモップの類を購入してみたが、なかなかこれといった道具に出会えない。

コンパクトな掃除機は、すぐに壊れてしまう。

これは、うちのパートさんなどに話を聞くと、コンパクトな掃除機に限らず、
家庭用掃除機というものは、皆壊れやすく、何度も買い換えている家が多いとのこと。

なにかと家電製品は海外生産に依存するようになってから、すぐに壊れてしまい、修理しようとすると高額の請求話になってしまい、「買い換えた方がいいですよ」との店員の言葉に渋々従わざるとえないことが多い。

日本中の主婦は、皆こうしたことに不満を感じているに違いないと思う。

さまざまな家電製品のなかでも、一際、掃除機というものは、
壊れやすい。
長いホースの収納が悪い。
コードが巻き込まれる構造とはいえ、なにかと動かす道具なので常に邪魔。
コンパクトな丸型が多く、動かしやすさを追求しているようでいて、転びやすいことこの上ない。

洗濯機やクーラーの進歩に比べると、
現実の問題に応える改良が、ちっともされていないような気がする。

そんなことずっと考えながら何度も電気店へ足を運んでみていたが、どうも納得して購入できるものに出会えず、ずいぶん月日が経ってしまっていた。

そんな折、沼田へ所要で出かけた際に、K電機の新しい店がオープンしているのをたまたま見つけたので入ってみた。
厳しい競合関係にあるとはいうものの、よくもこれほど大きな店をこんなところに出したものだと関心しながら、広い店内をじっくり見せてもらった。

こんなときとばかりに掃除機のコーナーも再三まわってみた。
ところが、やはり納得できる商品がない。

強いて言えばダイソンの掃除機だけは、ちょっと気になった。
でもダイソンは、パートさんの話では音が大きいことだけは覚悟が必要とのこと。

決め手に欠けるのでパソコンコーナーなどを再度回ってみたものの、じっくり見れるこの日を逃したらまたいつになるかわからないので、もう一度掃除機コーナーに戻ってみた。

金額の幅が数千円から7万円以上までとあまりに幅があることも、決心を鈍らせる。
そんな迷いのなかで棚を見ていたら、ダイソンのハンディータイプが目に入った。
およそ3万円。

これまでの安物のハンディタイプは、すぐに壊れるものばかりだった。
これならば耐久性はある程度信頼できるものではないだろうか。

しかも収納やもちまわし機能を考えると、やはり私の生活の場合は、ハンディータイプに限る。

ということで、ようやく決心して購入を決めた。

今のところ、この選択は大正解であったように思える。
小型で持ち回りや収納が楽であること、
馬力が十分であることなどは申し分ない。

コードレスという選択から充電式でるため、
カタログ値で充電後の使用は7分程度ということだけがネックだが、今のところ
その時間でそれほど不自由はしていない。


それにしても、
掃除機というのは、どうしてこれほどまでに消費者の不満が解消されない商品にとどまっているのだろうか。

最近テレビで家電製品の国際市場でも、ドイツだけは特殊な市場であり
大手日本メーカーがなかなか参入できない話を聞いた。

なぜかドイツだけは、消費者の需要が実用性一点張りで、上辺のデザインや新しい機能が付加されてもまったく売れないとのことでした。
なんのデザイン性もない真四角のゴッツイ頑丈な冷蔵庫しか売れないらしい。

イタリアや北欧などのデザイン王国がまわりにたくさんありながら、なんという頑固さだろう。
その国民性、すばらしい。

こと掃除機に関しては、日本の多くの主婦は
間違いなくドイツで買いたいと思うことだろう。
ドイツの市場でどんな掃除機が売られているかは知りませんが、きっと今の日本市場のものよりは、納得できるものがあるに違いない。

パナソニックさんでも
サンヨーさんでも、
日立さんでもどこでもいい。

この声をしっかりと聞いてほしい!
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2008年の印象に残った本

2008年12月15日 | 気になる本
1、DVDBOOK魅惑のオペラ 特別版ワーグナー「ニーベルングの指輪」全4巻
   ダニエル・バレンボイム指揮 ハリー・クプファー演出
   バイロイト祝祭劇場 
     小学館
  これを本のランキングに入れてよいものかどうか疑問はあるものの、今年はこの映像との出会い、衝撃はあまりにも大きかった。
  金融危機という社会情勢の変化も、金銭と契約で成り立つ社会の崩壊というこの楽劇のテーマがダブり、第一位にもってくるに値する作品。これをきっかけに他の「指輪」のDVDも観てみたが、演奏・演出ともにこの演奏は突出していた。金額的にも全巻で18,585円という高額のお買いものなので、重みも増す。

2、坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』
   あさ出版 定価 本体1,400円+税
   この本について、今年はどれだけ多くの人と語りあっただろうか。
   また新しい出会いも生んでくれた本。
   実質、書籍の第1位といって良い本です。

3、柳澤桂子『よく生きる智慧』
   小学館 定価 本体1,600円+税
     こういう深い詩の良い本は、今、最も新鮮な感動につつまれているが、どのように感じたのか、どのように伝えたいのかをうまく整理して書いて、なおかつそれを伝える相手にたくさん出会わないと、時間とともにランクが下がってしまう傾向にある。


4、井上ひさし『ボローニャ紀行』
   文芸春秋 定価 本体1,190円+税
   単なる紀行文のような装丁からは想像つかないほど内容密度の濃い本。地域づくりや大学のあり方、文化のあり方を考えるたくさんのヒントに溢れている。

5、塩見鮮一郎『江戸の非人頭 車善七』
   河出書房新社 定価 本体720円+税
    かつて三一書房から出ていたこの著者の本は手が出なかったが、本書をきっかけに弾左衛門の世界にものめり込んだ。『弾左衛門とその時代』『弾左衛門の謎』など続けて読んだが皆面白い。お店の出足はいまひとつといった感じだったが、最近になって動き出してきた。

6、池田清彦+養老孟司 『ほんとうの環境問題』
    新潮社 定価 本体1,000円+税
  池田清彦+養老孟司 『正義で地球は救えない』
    新潮社 定価 本体1,000円+税
   私もアル・ゴアの『不都合な真実』にはのせられた方ですが、最近このふたりに代表される論調が急速に増えてきた。環境問題の欺瞞性を暴くということだけでなく、ものの考え方そのもので学ぶところがとても多かった。

7、田中優子『カムイ伝講義』
    小学館 定価 本体1,500円+税
   ブログで紹介したように、カムイ伝の謎解きではなく、歴史のオーソドックスな教科書として最適な本。

8、オペラ名作鑑賞 ヴェルディ「アイーダ」
   ミラノ・スカラ座/オペラ映画
    世界文化社 定価 本体3,600円+税
  今年は、このアイーダの感動に始まって、ワーグナーの指輪に終わる年であったといっても過言ではない。オペラというよりも、総合芸術の魅力をあらためて知ることができた。

9、原丈人『21世紀の国富論』
    平凡社 定価 本体1,400円+税
   本書については、ブログ「未来人とかみつけ岩坊の往復書簡」で、継続して考察していく予定。

10、吉田太郎『世界がキューバの高学力に注目するわけ』
     築地書館 定価 本体2,400円+税
     ほんとうは、『200万都市が有機野菜で自給できるわけ』築地書館と今年出会ったことがきっかけ。フィンランドのモデルばかり注目されているが、お金のかからないシンプルでわかりやすいことではキューバの方が凄い。


他に佐野眞一や日垣隆、勝間和代や斎藤一人などの本も入れたいところですが、インパクトの度合いで考えると、上記の選択で自分なりには納得できる。
    
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