かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

働き方が変わる、学び方が変わる、暮らしが変わる。
 「Hoshino Parsons Project」のブログ

偶数:奇数 と ○:△ 人間界:物質界の曼荼羅

2008年04月27日 | 「月夜野百景」月に照らされてよみがえる里
わたしたちが日常している会話の大半は、そのまま活字にしたら
ほとんど意味が通じない断片な言葉だけでやりとりしていることが多い。

ホームページの表現に比べるとこのmixiやブログは、
なんとなくそんな会話表現と文章の中間に位置するような気がします。
といってそれは、私がただ、まとまりのない文章しか書けないことのいいわけにしかすぎないかもしれないけど・・・[m:60]

というのも、昨日、家紋の本を買いにきた店のお客さんと、意匠デザインの魅力を話しているうちに、前から気になっていながら文章としてはまとめることのできない漠然と思っていることを、随分系統的に話す機会を得ることができたからです。

話の中身がもったいないので、ここに、その会話の内容をまとまりのないままですが、
整理して記録しておきたいと思います。

家紋の図柄の○や◇の見事なデザインを見るにつけて、
私たちは古代から人間の意識のなかにある単純な図形や数、形態の意味を連想せずにはいられません。

だいぶ前にも書いたことがありますが、中国の古い時代からの思想で儒教に由来するものは偶数をよく使い、
道教に由来するものは奇数をよく使うという話をラジオで聞いたことがあります。

里見八犬伝などの仁義礼智・・・の「八」にみられるように
人の心の持ち方に関することがらには偶数が多い。
といっても、儒教の歴史の積み重ねは大きく、原則以外の事例は多い。

それに対して道教は、
北斗七星などの「七」などに代表される、
五斗米道や三綱五常など
自然界や民間習俗信仰にかかわるもので
奇数の原則が残っている傾向が強い。

こうしたことから、儒教と道教の対比を別の側面からは、
自然界を中心に考える奇数思想としての道教、
人間界を中心に考える偶数思想としての儒教と言い換えることもできる。

このイメージは、さらに
自然界:奇数 → △
人間界:偶数 → ○(なぜか■ではありません)
と置き換えることもできる。

この関係を、かつて私の参加しているNPOの会合の場で
組織論、人間社会論の説明で使ったことがあります。

物質文明中心のこれまでの時代は
この△の内側に○が内包されていた時代。
この時代はそのかたちのとおり、世の中になにかと角がたつ。

それに対して、これから私たちが目指す社会というのは、
○の内側に△が内包される時代。
人間の心が自然界を包み込む時代。
(これはmiraijinさんに教わったアワとサヌキにも符号している)

といったイメージなのですが、
この○と△の関係もこのどちらが内包されるかということだけではなく、
それぞれに運動(エネルギー)が加わった場合には、
また別の関係が発生する。

物質界は分子構造などを見た場合でも三角形の結合を
一番安定した基本構造とみることができますが、
その三角形も、運動エネルギーを加えて回転させると○(円)になる。

いびつな物質の形態にエネルギーを加えると丸くなる。
三角形それ自身が回転して円になる場合や、
原子の周りを回る電子の活動のように。

この話がまた数字や悟性論理を軸とした物質界の話と
割り切れないことを常とする円、○の世界の対比として見えてくる。

私たちの日常生活は、たいていのことは数字で割り切れるかのように思えるのですが、
時として割り切れない現実にぶつかることがあります。

数学的な円周率のことを一般の人が知るのは近代以降のことかもしれませんが、
円という世界に最初に直面したのは、おそらく
太陽や月のかたちとその周期、軌道であったのではないでしょうか?
1年を12ヶ月で割る
1ヶ月を30日で割る
1日を24時間で割る

どれをとってみても数学的には簡単に割り切れるはずなのですが、
現実には暦の苦労をみてもわかるように
どう処理しても割り切ることが出来ない世界です。

どれも太陽の運行と月の運行の辻褄併せの難題だけでなく
それぞれの一回転周期を数字で表現することの困難さに
ずっと人類は人種や文明、時代にかかわりなく挑み続けてきたともいえます。

大雑把に、運動している物体は、不安定を必然とするがゆえに
安定した状態を求めて運動を続け、
運動を維持した安定状態として円○になるが、
それは、どうしても数学的には割り切れないままである。

この個々の物体は一定の法則を持っているにもかかわらず、
それが割り切れないものでなりたっているからこそ、
エネルギーを発生しているのかもしれない。

ここに占星術が成り立つ根拠があるのかもしれないが、
人間のエネルギーの源も、ここに見ることができるような気がする。


「人に熱あれ」

そう考えると
有名なこの言葉の意味は深いですね。



こうした文章にすると、論理の飛躍甚だしい表現ですが、
これが会話だと、なぜかお互いすごく納得してしまうのです。

ま、ただのメモ程度のことですが、
こんな話の流れで次回は
暦、旧暦と太陽太陰暦のことについて書いてみようかと思います。
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江戸の非人頭 車善七

2008年04月26日 | 「近代化」でくくれない人々
この間に書き続けているシリーズのタイトル、
未だにしっくりしたものが浮かばないのですが、
とりあえず「近代化でくくれない人びと」としています。

今回は カテゴリーの括り方にもよるのですが、
約・第21回になります。

ここでは「近代化」という言葉を明治維新や敗戦後の戦後国家の体制づくりに限った表現としてではなく、戦国時代から江戸期にいたる天下統一のプロセスや大和朝廷など古代国家形成時期なども含めた、統一国家の形成エネルギー総体を指すものとして勝手な意味合いを込めて使っています。

そうした統一国家形成期には、必ずそれに対する抵抗勢力の存在があり、
多くの場合、権力闘争に敗れたものは敗者として退けられますが、
特別な敗者でない場合でも、そうした異なる立場を様々な方法で統一することに組みしきれない人びとは、いつの時代にも存在しています。

それは明確な中央に対する抵抗を伴わない場合でも、
中央からは執拗に排斥されるのが常でした。

わたしは、これらの流れを、中央についていけない「抵抗勢力」としてだけではなく、
単一な企画統一に組みしきれない、社会の本来あるべき多様な自然な姿を現す大事なエネルギーを持つ存在として、あらためて見直してみたいと考えているのです。
(私は密かにそれを、これからの時代の「私たち」の姿として見ています)

また、差別などの側面以外からこの問題をとらえると、
都市への人口集中や農村の貧困化や飢饉などの災害などを契機にした、
「作られ続けた差別された人々」を「安全に管理するシステム」として、
見直すこともできます。

こうした人びとの典型的な姿をみる材料として、
これまで信長の時代の一向一揆や「百姓ノ持タル国」のこと、
しばしば中央権力と手を組みながらも、絶えず組織の枠に捉われない階層としての特徴を持ち続ける修験道・山伏や忍者などについて、
さらには賤民といわれる士農工商の身分に入れない様々な人々、
あるいは戸籍を持たない無宿やサンカなどの非定住民たちのことを
シリーズでとりあげ、さらに書こうとしてきました。

そこで今回は、近代化とともにつくられ続けられた人びととして、
江戸時代から明治維新にかけての「賤民」「非人」のこと、
とりわけそれらの階層の代表管理人的立場にある弾左衛門と
非人頭 車善七の視点からちょっと書いてみたいと思います。

というのも、これまで弾左衛門のことはよく取り上げられていましたが、
このたび河出文庫から出た「江戸の非人頭 車善七」をみるまでは、
弾左衛門の下の非人頭、車善七のことをほとんど私は知らなかったからです。

江戸の非人頭 車善七 (河出文庫)
塩見 鮮一郎
河出書房新社

このアイテムの詳細を見る

  

そこで、江戸城下からやがて関八州にまで、その支配下においた弾左衛門とその配下で非人のみを管理する車善七、それらを語るためには、大雑把に被差別部落でくくられる穢多・非人の言葉の区別を確認することから始めなければなりません。

実は、このことは建前上差別の廃止された現代で、研究のために確認される必要があるということだけではなく、江戸時代においても身近な存在でありながらその定義は明確でないことが多く、しばしば奉行の取調べなどの機会のたびに、確認を要し、そのための由緒書が必要とされることで定説が次第に形作られた経緯もあるようです。

弾左衛門の支配下にいる者たちのリストは、以下のように記されてます。
長吏、平家座頭、猿楽、陰陽師、壁塗り、轆轤師、鋳物師、辻売、石切、鉢叩、渡守、笠縫、非人、一銭剃刀、壷作、筆結、関守、舞々、ニカワ屋、皮屋、獅子舞、オサ師、ハタ大工、説教、紫屋、傀儡師、猿舞し、藍屋、鉢叩、傾城屋、鐘打

順番といい、鉢叩が2回出てくることといい、

宝永ころの人が、「農・工・商」の身分概念におさまりきれない仕事をどんどんと書き出したかのようだ。おまけに最後に「右の外にも多数ありますが、これらはみな長吏の下です」とつけたしていた。そこに歌舞伎が入る(以下略)

いろんな記録をみるにつけ、けっこう曖昧だったことが伺える。
しかし、それらの職業、身分が並んだときには、常にどちらが上で、どちらが下であるのかは、時には生死をわけるほど重要な問題であったようだ。

それで、エタ、賤民と明確に区別され、その下の位置におかれた非人、無宿などを管理する車善七にとっては、非人頭としての地位が固まり、その権力が増すにしたがい必然的に弾左衛門との軋轢も微妙に増していくことにもなる。


私は、今まで知らなかったこうした非人頭 車善七のことを本書でいろいろ知るにつれて、被差別部落などのイメージとは異なる江戸の風俗、文化を含めた広い視点で江戸下町の様子が見えてきました。

とりわけ、車善七の居住地が吉原が日本橋人形町付近から、新吉原と呼ばれる今の台東区千束付近に移転するに伴い、いっしょに吉原に隣接した土地へくっついたまま移転していることに、その立場の特異な性格があらわれているようでとても興味深く感じました。

それは、紙くず拾いなどによる落とし紙(トイレットペーパー)生産などのリサイクル事業が、吉原や隅田川舟運集積地に隣接していたために、最下層に差別されていながらも非常に安定した収入源として持ってたことにつながり、非人頭という地位が差別されながらも、結構高い地位をえていたようにも見える。

江戸という大都市が形成されるにしたがい、人口の増加と経済の発展が進み、
物流の拠点として隅田川流域は重要度を増すばかりであったにもかかわらず、
江戸城との距離という便宜性と吉原という文化の狭間で、様々な矛盾を内包しながら発展を続けていっています。


最近、ある科学者が、自然界は生産者(植物)と消費者(動物)と分解者(微生物)によって成り立っているということを書いているのを見ましたが、大都市というひとつの社会の内部をみても同じような構造が成り立っているのを感じました。

とりわけ、現代と比較しても高度なリサイクル社会であったことが知られている江戸で、差別されながらも分解者の立場におかれた人々が、同時に不可欠の存在として求められていたことがよくわかります。

そうした人々の管理者であった弾左衛門と車善七の実像は、繰り返しますが差別問題以外の視点からも、とても興味深いものがあります。

実は、弾左衛門と車善七の間に、猿飼頭という地位がもうひとつあったのですが、
今の猿回しの興行以外のもうひとつの起源を知る大事な意味も、ここで知ることができます。
穢多頭と猿飼頭、非人頭の三者が処刑場の近くにセットで住んでいたのです。

それは馬との関わりにつながるのですが、興味ある人は、是非本書を読んでみてください。
小さな文庫本ですが、私は付箋だらけになるほどたくさんのことを本書で知りました。

本書に書いてあったことではありませんが、吉原との深いつながりや、その後のテキヤや元締めの起源につながる系譜などを創造すると、
フーテンの寅さんの「車寅次郎」という名前の「車」という姓はここからとっているのではないだろうかと思える。


吉原など、この辺を描いた小説のなかには、周辺の地理や風俗を緻密に描いていながら、あえてこのあたりの描写を避けているものもあります。
それは遠慮というよりも、一部の団体からの糾弾を恐れてということも想像されます。

私は、差別された貧しい人々という側面だけでなく、もっとその社会で必要とされて増殖され続けたという実態から、現代に通じる問題を見てみたいと思うのです。

江戸文化を代表する最も華やかな場所に隣接して、最も差別された立場のものの居住地があった。幕府の意図もあったのだろうが、それは幕府の意図とはかかわりなくとも強烈なメッセージを含んだものであったと思われます。

その非人の中心的職務からすれば、処刑場こそもっとも近くであるべきと思うのですが、
なぜか同じエリア内であっても吉原の方に特別の役割があるかのように接している。



この本には地図も豊富に掲載されています。
もう20年ほど前のことでになるか、友人と数人連れ立って江戸下町の地名を訪ねるツアーを企画してまわった思い出がありますが、今こそ、じっくり歩いてみたいものだ。


【おことわり】
ちょっと際どい表現がたくさん出ていますが、
差別的な意図はまったく無いことを
どうか文脈からご理解ください。

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昨日したことを今日もするか?

2008年04月24日 | ・・・ったくアホな生活
昨日していたことを今日やり、
今日していることを明日またやる。

最近読んでたどっかの本のなかに出ていたフレーズ。


ヤダー!!!!
そんな毎日は。

やっと陽気も暖かくなり
教科書シーズンも終わったので
活動始めるぞーーー!


規則正しい生活をしてこそ、
と何度も言われているけど、
日々、新しいことを何かしていないと
やっぱり人間やめたくなってしまう。

せめて食生活だけは、規則的でありたいのだけど・・・



グーグルは会社として仕事の20%を
必ず未来のための仕事に振り当てている。

痛くない注射針の開発などで有名な世界一の町工場を誇る岡野工業の社長は、
昼間を通常の稼ぐ仕事、夜は研究開発、実験に当てている。

私も毎日、6,7時から10時頃までは
明日のための仕事、10年後の準備の仕事に徹する。

で、朝早く起きて
バッハを弾いてから風呂に入って読書。
このくらいのリズムは確保したい。


昨日またひとつ新しく余計なブログを開設してしまったけど、
創造する仕事と創造的な遊びに
これから専念します。

もっともっと
誰もやりたがらないこと
誰からも支持されないようなことで
自分だけが面白くてしょうがないようなことを
仕事を削ってでも増やさなければ。

一昨日から、なんかそんな気分です。

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野良ネコ捕獲機の二次災害

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」
私のつくっているサイトのなかで、
日航機事故のページとともに、古くから人気のページに

「野良ネコ捕獲機お貸しします」
http://www18.ocn.ne.jp/~shorin/page083.html

があります。

これは、キーワードが「ネコ」というヒットワードであることと
野良ネコの被害で困っているひとが実際に
かなりたくさんいることにより、
アクセスが多くなっているようです。

多くの人にみてもらえることはうれしいのですが、
現実に困っているひとからくるたくさんのメールに
時々悩まされることがあります。

どこの誰かもわからない、まったく名乗りもしない人から
詳しい捕獲機の作り方や部分説明を度々求められるのです。

同じ被害者としても気持ちはわからなくもないが、
なんかメールを送って教えてもらえば
簡単に出来るような安直な発想と
どこの誰であるかも名乗らず
質問メールを出せば自動的に返信が帰ってくるような発想が
どうも納得しがたい面があって、
最近は、ペンネームでも名乗りもしない問い合わせには
スパムメールか悪質な悪戯の可能性ありと勝手に判断して、
相手によっては返事を出さないことがあります。

最近そんな対応方法をしばらく悩んでいましたが、
今度パターン化した返信を送ってあげることにしました。



野良ネコ捕獲機についてメールいただきました。

詳細についていくつかのお問い合わせですが、
野良ネコは、十分学習能力や知恵も兼ね備えた
とても高等な動物です。
そうした生物に対抗することは、
安易なマニュアル発想の対応のみで
太刀打ちできる問題では決してありません。

私は、優秀な野良ネコとの長い闘いを経て
彼らの知能、生き抜く知恵と努力を敵ながら
深く尊敬すらしております。
その意味で、捕獲機を作るということは
その時々に皆さんの手に入る材料の材質、
その場の環境によって様々な工夫を要するものと思います。

私のホームページ写真ではわかりにくい面も
多々あるかとは思いますが、
想像力を働かせて自ら工夫を重ねることなく
安易に答えを求めても
必死で生きている彼らに勝つことは、
およそ不可能であるかと思います。

まずいくつかの捕獲機を作ってみたうえで
考えるレベルでなければ、
闘う前から「野良ネコ」の生命力には
すでに負けているともいえます。


不明な点は、自ら想像力を働かせ、
入手可能な材料に工夫を重ね、
敵(野良ネコ)に敬意を払って
真剣に闘いに挑まれることを望みます。

よって、
ここでは○○さんの健闘を祈ることで
私の返信とかえさせえていただきます。

以上。


こりゃ、知らない相手にはちょっとぶしつけかな?




    正林堂店長の雑記帖 2007/3/2(金)より転載
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営利事業と非営利事業

2008年04月24日 | 鶴舞うかたちの群馬県・広域情報
仕事上、塾の経営者とのおつきあいは多い。
昨日、そうした常連の塾経営舎のひとりで、
英語教育で差別化をして成果をあげている方とちょっと長話になった。

その方は、塾経営のかたわら、
ボランティアの英語教育活動を近所の小学校でやっている。
来年度も継続していくか、学校側と相談しようとしたが、
年度をまたいで責任ある窓口になってくれる先生がいないと嘆いていた。

お役所、公務員の世界ではどこでも共通したことであるが、
春の人事異動目前のこの時期、
年度をまたぐ計画について話題にすることは極めて難しい。

どんなに頑張っても、現場で3年、5年、10年といったスパンで
ものごとを決める権限が与えられていないのだ。
それでいて、文部科学省など、上で決まった決定には
毎年コロコロ変わるようなことがあっても、
無条件に従わさせられる。

これは公務員組織の問題で、現場で働く人の努力の域を超えている。
だから仕方がない、ではなく、
それでも頑張る先生や公務員が少しはいてほしいものだが、
話題はこのことではない。

その塾の方がボランティアでやっている仕事とビジネスでやっている仕事の
兼ね合い、使い分けの問題で、
それがこれからますます難しくなるだろうという話のことです。

ボランティアというのは、それを受け入れてくれる側との
良好な関係があってはじめて成り立つもの。
それを抜きにただ「善意」のみでそう続けられるものではない。
そうした関係を築こうとするのを公務員の壁が阻む。

するとボランティアをする側も
自分のビジネスにつなげられるメリットがあるのかないのかといった
下心がムクムクと顔を出してくる。

そもそも自営業者とは、明日は餌にありつけるかどうか
まったく保障のない野良犬のごとき生き方が前提にあるのに対して、
公務員は不祥事でもおこさない限り、ほぼ生涯にわたってエサは保証されている。

その辺の差が、ボランティアに対する感覚のズレを生み、
生きた対話、真剣なつきあいを阻んでいるような感じがする。

これからの時代、高齢者の人材活用の問題や、
ボランティア支援、さらにNPO等の組織の増加などにともない
非営利事業の比率はどんどん高まっていくと思う。
高まるというよりは、遅れを取りもどすくらいの努力がもとめられている。
そこでの元祖、非営利組織、公務員の関わりかたもより重要になってくる。

まだ話しが途中で終わっている「贈与」のテーマも、
社会全体では、有償の労働よりも、
圧倒的に多くの無償の労働によって支えられている実態を
もっと理解してもらえたらと思って書いているのですが、
その意味でも、非営利の事業活動が増えることは、
本来の社会の自然な姿に近づくものであるといえる。

ところが、現実には・・・


10年以上前に、ひょんなご縁から、
高崎にパソコンスクールを立ち上げる仕事を手伝ったことがある。
その時、ウィンドウズが定着しだした時代で、
ビジネスとしてのパソコンスクールがたくさん出だしたと同時に、
行政主催の無料のパソコン教室も次々に開講し、
その経営計画に随分迷った。

こうしたことは、10年前以上に、これからどんどん
ボランティアやNPOの活動とビジネスベースの仕事との間で、
その棲み分けとせめぎ合いが生々しく起きてくるに違いない。

1月にあるNPOに参加したこともあり、
一度、この問題をじっくり整理してみたい。




     正林堂店長の雑記帖 2007/3/7(水)より転載
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告発の時代は終わった

2008年04月24日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜
連休明けからはじめる予定のフェアの
パネルだけが出来上がった。

毎年、この時期は新緑の行楽シーズンにあわせた企画をしているが、今年は
「木を植えた男」フェア

児童書絵本の『木を植えた男』をメインイメージにして、
内容軸は、世界一木を植えた男、宮脇昭の本を中心にする。

そして群馬で立ち枯れ問題にずっと取組み森林の復活に貢献している宮下正次さん。
群馬出身の環境問題のエキスパート、富山和子さん(男じゃないけど)
自然らしい植生の再現で黒川温泉の再生を成し遂げた
後藤哲也さん

などを軸に組み立てる予定。

宮脇昭の古本で見つけた本をめくっていたら
「告発の時代は終わった」という言葉が目に飛び込んできたので、ちょっとわかりにくいかもしれないけど
これをサブタイトルにしてみた。

木を植えるということが、これから人間の根源的営みとして
身近に誰もが考えるようになってほしい。

環境問題や様々な社会問題は山ほどあり、
政治告発も必要なことではあるが、
これからなによりも大事なのは、
自分たちが何を作っていくかということで、
自分が生み出せることにこそ
エネルギーを集中するべきだとの思いが
宮脇昭の姿勢から強く伝わってくる。

「木を植える」
ただそれだけのことから学ぶことは
とても多い。




   
  正林堂店長の雑記帖 2007/4/28(土)より転載
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「木を植えた男」フェアパネルの裏

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」

以前、このフェアのパネルができたことだけお伝えしましたが、
昨夜、商品の入れ替えが終わり、本日から正式にスタートしました。

さあ、パネルを飾ろうとしたとき、実はこのパネル、以前別の催事で使ったものの裏を使用しているため、その裏面をどうやって隠そうかということになった。
それでちょうど、最近、感動したマザーテレサの言葉を拡大コピーして貼ってみた。
内容的には「木を植える」行為と同じ
人のこころに木を植えるような文なので
こじつけでもそう悪くはない。




人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、
おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。

あなたの正直さと誠実さが、
あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、
壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。

助けた相手から、
恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
けり返されるかも知れません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。



         マザー・テレサの言葉




    正林堂店長の雑記帖 2007/5/6(日) より転載
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本のプレゼント

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」
休日など売り上げが低い日に、このままではちょっとマズイと心配していると
けっこう天使が舞い降りてきてくれてなんとか追いつくことが多い。

うちにとってのそんなときの天使とは、
限られた常連さんのことです。

常連さんといっても、こういう売り上げのピンチを救ってくれるような
ヘビーユーザーのお客さんは、
月に一回来てくれるかどうかの人たちで、
なんとなくうまい具合に休日に入れ替わり立ち代り来てくれるものだ。

昨日のゴールデンウィークの最終日も、昼過ぎの時点でちょっと今日はヤバイぞと思っていたら、
学校で読み聞かせなどのボランティアで活発に活動されているお客さんが
同じ本を何冊も、プレゼント用といって買っていってくれた。

ひとりで店番などをしているときに、何冊もの贈り物包装などが入るとちょっと冷や汗ものですが、
幸い私は小学校5年の頃から中学までホーソー部にいたので、
比較的この対応には自信がある。(通じないかな?)

昨日のお客さんは、ちょっと前に話題になった「ハチドリのひとしずく」(光文社)をまとめて買ってくれて、ひとつずつ包装してくださいとのことだった。
確かにこれはプレゼントには最適な本。
もうそろそろブームも去ったので、少し在庫量を減らそうかと思っていた矢先だったので良かった。

最近の本では『病気にならない生き方』(サンマーク出版)が、人にあげたいといって同じ人が何冊も買う例がとても多かったが、その後では五木寛之の『林住期』もプレゼントによく使われる。

こういった本を人にあげるようなお客さんの多くは、かなりの読書家であることが多く、
店内滞在時間もだいたい1時間くらいはじっくり棚を見ていってくれる。
私は、この棚をじっくり見てくれるお客さんが一番うれしい。
常連さんのなかには、大量に注文してくれるけど、店の棚はまったく見ず
カウンターで用をすましてまっすぐ帰っていってしまうお客さんもいて、
店の回転が良いことはありがたいのだけど、個人的にはあまりうれしくない。
先の「ハチドリのひとしずく」を買ってくれたお客さんは
前橋に最近出来たけやきウォーク内の紀伊国屋書店にけっこう入り浸っているのが
当店のスパイによって目撃されているが、
幸い娘さんが高校に入ったことで、学習参考書の購入目的もあるため
うちのような小さい店にも来てくれている。

で、そうしたお客さんに共通している大事なことは、
良い本であれば誰にもすすめたいという買い方ではなく
この本はあのひとにあげたいというひとりひとりのイメージができているということで、
日ごろそういったおつきあいをしている方だというのがよくわかる。

正林堂のホームページの
「とっておきのプレゼント」
http://www18.ocn.ne.jp/~shorin/page135.html
にも書いたけど、プレゼントで大事なのは、ただ良いものをあげるというより
あの人が喜んでくれるようなもの、というのが一番大事なこと。
もちろん、それは相手を知らなければできない面倒なことなのですが、
この「相手を知る」ことこそ、
私はあなたのことをこれだけ見てます、思ってますよという
プレゼントの核心部分なのですが、自分でそれをやるのはほんと大変なことで
しかも時間のかかることです。
でも、ここに時間をかけることこそ楽しい作業であることを
ほんとはお客さんと共有したいのですが、
ひとりのお客さんの相手をそう長時間できることはないので
つい「さばいて」しまう。

でもやはり「この本はあのひとに」という見方こそ
本屋の仕事で一番必要な視点。
うちの自慢のパートは、これが私なんかよりずっとスゴイ。
もう少し見習わなくては・・・




    
   正林堂店長の雑記帖 2007/5/7(月)より転載
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その土地固有種の強さ

2008年04月24日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜
「木を植えた男」フェア、おかげさまで絶好調、
・・・・と言いたいところですが、
こうした分野の本がそうポンポン売れるようであれば本屋の苦労はない。

明日からこのタイトルのホームページ「かみつけの国 本のテーマ館」用の準備などをかねて
「取材」兼「撮影」兼「運動」兼「遊び」で山に2,3日こもってきます。

例年はいつもゴールデンウィーク明けに、年一度の連休を取り
山スキーに行ってくるのが決まりでしたが、
今年は雪が少ないこともあり、早い時期からそれは半ばあきらめていました。


木を植えるというテーマ、
内容をもう少し分解すると、わかりやすい大事な問題がたくさん見えてくるので、
ホームページに整理する前に、ここで少しいくつか取り上げてみたいと思います。

まずその第一が、日本一木を植えた男、宮脇昭の強調する
自然の潜在植生を知るということです。
自然には必ず、その土地固有の最もその環境に適した生物が生息しているものですが、
人間の様々なはたらきかけや外来種の侵入などの長い歴史の積み重ねによって
その本来の姿はほとんど見分けることができないほどにまでなってしまっています。

それを植物という自然の最も基層をなす領域で
宮脇昭が『日本植生誌』という画期的な調査でまとめあげました。
それは植物の植生をあきらかにするために当然のこととして
日本の気候、地形、地質まで含めた植生の集大成です。
といっても、長い歴史で人間によって歪められた自然のなかから
潜在自然植生を見分けること、探し出す作業は並大抵のことではありません。

私はかつて、このような作業を
万葉植物と万葉歌の関係で、
http://kamituke.hp.infoseek.co.jp/page056.html
知ることができないかなどと考えたこともありましたが、
とても甘い考えであることを知りました。

この難しい作業を宮脇昭は、戦後まだ日本が高度経済成長期に入る前
ドイツのチュクセン教授のもとで、徹底した現場主義を叩き込まれて
その手法を日本に持ち帰る。
そして1978年から全国を、学校の宿直室や校長の自宅などに泊まりながら歩き続けて、
『日本植生誌』はまとめ上げられました。
本書は全10巻、各巻5万から7万円もするもので
関東の巻だけでも買いたいと思っても、6万円からのお買い物で簡単ではない。
もっとも品切れの本、関東編ともなればなおさらのこと
古書でも滅多にお目にかかれることはないだろうと思います。

それでも地域を語るうえでは、
現状の植生分析データなどよりも、どうしても揃えておきたい本です。
残念ながら公共図書館でも意外とおかれていないようです。

この宮脇昭の潜在植生調査によって、はじめてその土地固有の植生、
環境の変化に強い植生の分布というものがあきらかになった。
この調査で、日本文化の原点ともいわれる照葉樹林帯は、
「残された鎮守の森、屋敷林、斜面林などを含めても、
照葉樹林は本来の森の領域、潜在自然植生域のわずか0.06%しか残っていない」
こともわかりました。

しかし、この潜在自然植生を把握できたことで、
環境の変化にも強いその土地の豊かな自然の原風景というものを
わたしたちははじめてイメージすることができるようになった。

自然ばかりか人間の体も、こころも、
本来の自然の姿などほとんど語ることもできないほどに文明の発達した現代で
「本来の健康な姿」を取り戻す大きな手がかりを与えてくれています。

林業や景観維持のやめの自然復元ではなく
地球生命の再生産の豊かな構造を取り戻すための
大事な手がかりとなる地図がここにあります。

「ホンモノの森」を作り出すための手がかりが。




   正林堂店長の雑記帖 2007/5/17(木) より転載
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赤城の梅じいちゃん

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」
当店には、リュックを担いで定期的に本をまとめて買っていってくれる
お得意さんのおじいさんが二人いたが、
そのうちの一人、梅じいちゃんがとうとう体調を理由に
店に来れなくなってしまった。
といっても95歳。
今まで、はるばる来てくれていたのが不思議なくらい。

今日、その梅じいちゃんのところに頼まれていた本
(プレゼント用の本16冊)を届けに行ってきた。

約束の時間、ちゃんと待っていてくれたようで、
いつもは家に入って大声で呼んでもなかなか出てこないのに
今日は、車が着くや否や窓をあけて迎えてくれた。

二種類の本を各8冊、孫や知り合いに贈ってやるというのだが、どういう組み合わせでどう送りたいのか、電話の話では要領を得なかったので、直接聞いたほうが早いと思い訪ねてきたのでもある。
ところが、直接会ってもなかなかどうして欲しいのか良くわからない。痺れを切らしてこっちから勝手にこうするのか?と作業をして見せようとしたら、ちゃんと事前に用意した組み合わせと宛名の書いた封筒を出してくれた。
オイオイ!

そのうちの1冊は、
松原泰道の『九十九歳。今日をもっと工夫して生きる』

梅じいちゃんいわく。
「俺95歳だけど、若いものにいろいろ言うと嫌がられることがあるんだよ。でも、こういう人が言ってるのを読めば納得してくれることもあるんだ。まあ、どう取られるかはわかんねえけど、こうするんだよ。」
そう言って人にあげる本をせっせと買ってくれる。

梅じいちゃんがあげるのは本だけじゃない。

「俺は本読んでもちっとも身につかないんだけど、一歩でも、半歩でも行動にすぐ移そうと思ってな。読んだこと、こうして書いておくんだよ。そしてどんどん人にやるんだよ。」

そう言っていつも見せるのは、
お世辞にも上手いとはいえない筆字で仏教の言葉などを、
これまた下手な絵とともに色紙、短冊やただの色紙などに書き、
それを孫が送ってくれたというダンボールに貼り、
不器用に取り付けた紐で吊るせるようにしたものを大量に作っている。

「こんな下手なもの誰も喜んで受け取っちゃくれなかんべけど、
暇つぶしにいいんだよ。」

95歳の梅じいちゃん、
繰り返し、繰り返し言う、
「一歩でも半歩でも行動しねえとだめなんだよ。」

不覚にも涙が出てきてしまい
それを見られてしまったのか、
さらに家の奥からダンボール板に書いたものを、
次々に引っ張り出してくる。

太陽のおかげ
空気のおかげ
水のおかげ
地球のおかげ
国家のおかげ
社会のおかげ
先祖のおかげ
父母のおかげ
師のおかげ
衣食住のおかげ

「そんで、これは叙勲の祝いのときに皆に配ったもんだ。
これみんなあんたにあげる。持ってきな。」
と言って、俺達みたいな何もあげられない金の無えモンは、
この無財の七施ってのがあるんだよ、と

一、和顔施 相手の人に笑顔で接する
二、慈眼施 いつくしみの目でみつめる
三、心慮施 相手の喜びや悲しみをわかちあう
四、捨身施 身をもって人に親切にすること
五、愛語施 温かい言葉で語りかけること
六、房舎施 公共の場所を掃除する
七、床座施 乗物や其の他の所で席を譲る

のコピーもくれた。

ほんと、参った。

梅じいちゃん
月曜に郵便出したらまた来るから。




    正林堂店長の雑記帖 2007/6/23(土) より転載
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梅じいちゃん ふたたび

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」
先日、プレゼント用で発送を依頼された送料だけを集金に
梅じいちゃんのところにまた行ってきました。

午前中に訪問という約束はしていたのですが、はじめの訪問時は
いくら呼んでも誰も出て来ませんでした。
1時間ほど高校などの用事を済ませてから再び赤城方面に上っていくと、
こんどはちゃんと居間で待っていてくれました。
前回訪問時は二階にいてわからなかったとのこと。

見ると居間のテーブルに座って、
色紙にまたいろいろな文字を書いているところでした。

「これはあんたにあげようと思って二つ用意しておいたもんだ。
どっちか気に入った方を持っていきな」
と、見せてくれたのは
「水」というタイトルの壁掛け札

「良い家庭づくりには
一人が水になることです。
世の中でも相手の一人が
水になれば
争いにはならない。」

壁にかけて目立ちそうな青地のほうの札をもらってきました。

また孫やら曾孫の話などを聞いて
往復時間含めて二時間半ほどのお仕事。
価値あるおつきあいだけど、内部で説明して理解してもらえるようなものではない。
価値を感じる自分のなかだけでやりくりしてする仕事です。



最近、誰のブログだったかツイてる梵天さんあたりが書いていそうなことですが、
梵天さんではなかった誰か意外な方が書いていた印象のあることで、
確かな記憶でないので、少しアレンジした表現ですが
次のようないい話を知りました。



「辛い」という字をよく見るとわかるのだけど、
些細なことでいいから、そこに一本、筋を通すだけで
幸せの「幸」という字になるんだよ。



これは今度、梅じいちゃんに教えてあげよう。





   正林堂店長の雑記帖 2007/7/6(金) より転載
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妻をめとらば才たけて♪

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」
ある年配のお客さんから土井晩翠の詩集は手に入らないかとの注文を受けました。
本来、定番の岩波文庫の注文というところでしょうが、岩波文庫版は品切れでした。
検索したところ、新学社の近代浪漫派文庫というシリーズで、上田敏といっしょに1冊にまとまっているものがあり、それを取り寄せました。

入荷後、お客さんに渡すとき、
ふと、「妻をめとらば才たけて~」の歌は土井晩翠でしたっけ?
などと思いつくままにバカな質問をしてしまった。
すると、お客さんも考え込んで
島崎藤村じゃなかったか?などと自信なげに応えてくれた。

私は東京にいたころ勤めていた職場の付属図書館のひとが飲むとよくこの歌を歌っており、
なんとなく土井晩翠だったような記憶が残っていた。

危うく、強い口調で土井晩翠に間違いないですよ、などと言いそうになったが、
検索かけてみたら二人ともハズレ!


与謝野鉄幹でした。

まったく、毎度のことながらいい加減なもんで
レジにいた皆であきれていました。



1 妻をめとらば 才たけて
  みめ美わしく 情けあり
  友を選ばば 書を読みて
  六分の侠気 四分の熱

2 我にダンテの 奇才なく
  バイロン、ハイネの 熱なきも
  石を抱いて 世にうたう
  芭蕉のさびを よろこばじ

3 わが歌声の 高ければ
  酒に狂うと 人のいう
  われに過ぎたる のぞみをば
  君ならではと 誰か知る

4 げに青春の燃えわかぬ
  もつれてとけぬ 悩みかな
  君が無言の ほほえみは
  見果てぬ夢の 名残かな

5 ああ青春の いまがゆく
  暮るるに早き 春の日の
  宴のもりの はなむしろ
  足音もなき ときの舞

作詞 与謝野鉄幹 作曲者不詳


昔の学生が、書生気質にあこがれて
オレは何番まで歌えるなどと自慢してよく口にした詩ですが、
当世の書生気質には、まったく縁のない世界。

この詩、まだまだ先がある。
学生時代、先輩は全部暗誦してた。

「書生気質」確かに死語だけど、
この詩の世界は永遠に受け継がれたい。


6. 見よ西北にバルカンの  
 それにも似たる国のさま  
 あやうからずや雲裂けて  
 天火ひとたび降らんとき

7. 妻子忘れて家を捨て 
 義のため恥を忍ぶとや  
 遠くのがれて腕を摩(ま)す  
 ガリバルディや今いかに

8. 玉をかざれる大官は 
 みな北道(ほくどう)の訛音(なまり)あり  
 慷慨(こうがい)よく飲む三南(さんなん)の  
 健児は散じて影もなし

9. 四度(しど)玄海の波を越え 
 韓(から)の都に来てみれば 
 秋の日かなし王城(おうじょう)や  
 昔に変る雲の色

10. あゝわれ如何にふところの 
 剣は鳴りをひそむとも 
 咽(むせ)ぶ涙を手に受けて 
 かなしき歌の無からめや

11. わが歌声の高ければ 
 酒に狂うと人のいう 
 われに過ぎたるのぞみをば 
 君ならではた誰か知る

12. あやまらずやは真ごころを 
 君が詩いたくあらわなる  
 無念なるかな燃ゆる血の  
 価(あたい)少なき末(すえ)の世や

13. おのずからなる天地(あめつち)を  
 恋うるなさけは洩(も)らすとも  
 人をののしり世をいかる 
 はげしき歌をひめよかし

14. 口をひらけば嫉(ねた)みあり 
 筆を握れば譏(そし)りあり  
 友を諌(いさ)めに泣かせても  
 猶(なお)ゆくべきや絞首台

15. おなじ憂(うれ)いの世に住めば  
 千里のそらも一つ家  
 己(おの)が袂(たもと)というなかれ 
 やがて二人の涙ぞや

16. はるばる寄せしますらおの  
 うれしき文(ふみ)を袖にして  
 きょう北漢(ほくかん)の山のうえ  
 駒立て見る日出(い)づる方



      正林堂店長の雑記帖 より転載
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数字は客観的でない(ことが多い)

2008年04月24日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜
お店で棚の担当者との間で、同じ商品の見方の違いを感じることがよくあります。
ひとつの本が売れたその実績に対して、
ある担当は
「1冊売れた、嬉しい!」といい
別のある担当は
「1冊しか売れない」という。

総じて、積極的な変化を望む人は前者であり、
変化を好まない人は後者の発言をする。

またあるとき、売れる商品の追加注文をなぜもっと出さないのかわからず担当に聞くと
前年実績データとちゃんと同じに仕入れているという。
売り損じていた数をどうして加えないのか、と言っても
返品リスクを恐れてか、なかなか追加注文を出さない。

これに似た混乱が「客観的データ」といわれるもののなかには、しばしば登場する。

それは、数字を出す調査方法そのものの問題によるもの
数字の見方の問題によるものなど様々ですが、
最近、そんなことを感じることがとても多い。

環境問題、野生動物の保護などの問題でもよく起きている。

猛禽類のオオタカのこんな例がある。

1984年の「日本野鳥の会」の推定では、生息数は全国で300~480羽だった。そのために絶滅危惧種に加えられたのだ。ところが、1988年には数千羽に訂正されている。栃木県だけで200~300羽見つかったからだ。その後全国で調査が進むにつれて、推定数は増え続け、今では「少なくとも1万羽以上」(環境省関係者)という声もある。そのため2006年に環境省は、オオタカを絶滅危惧種から外すことを決めた。

カモシカやシカ、ツキノワグマの生息数調査でも似たことがおきてる。

カモシカやシカの生息数の推定には、通常、区画法と呼ばれる方法が使われる。調査地区に調査員を配置して一斉に平行して歩き、目撃した時間と数、個体の姿形や逃げた方向などを記録するものだ。そして集計して重なると思われる個体は省きながら、誤差も見込んで生息数を算出する。統計手法が駆使されており、もっとも正確に野生動物の数を推定する方法だとされた。
 ところが近年は、ヘリコプターによるカウント法が登場した。冬の落葉樹林ならば、空から森の中にいる動物が観察できる。それをカウントしていくのだ。広範囲に俯瞰するから制精度は高い。群馬県草津周辺の山で、この方法でカモシカの頭数調査を行うと驚くべき結果が出た。区画推定法の推定値と比べると、約二倍も多かったのである。

               田中淳夫『森林からのニッポン再生』より

 こんな例をいろいろ見ていると、
よく言われる山村地の過疎問題や中心市街地の空洞化問題も、ちょっと待てよという気になってくる。
 現在の多くの山村や、中心市街地の人口が減少していることは事実であるが、いつと比較して減少していると考えるかといえば、1960年から1970年代以降の話である。それ以前の戦後の歴史は山村も中心市街地も人口激増の時代であったといえる。
 では、戦前や明治期と現代を比較してみたら、衰退したといわれる今の人口よりも、どちらも遥かにまだ少ない場合の方が多いことがわかる。
 そう考えると、人口が減ったから食べていけないのではなく、必要な基礎数はあるのだから、地域内で循環する経済構造さえ取り戻せれば、食っていくに十分な市場はあるはずだと考えることはできないだろうか。

 どれもみな、最初に書いた
「1冊しか売れない」と嘆くか、
「1冊売れた、嬉しい」と喜ぶかの差にあるといえないだろうか。




  正林堂店長の雑記帖 2007/9/11(火) より転載
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お客さんとの会話への警告

2008年04月24日 | 渋川の本屋「正林堂」
最近、もともと多い高齢のお客さんとの会話に苦労することが多い。
少しばかり忙しいからといって、もっと心の余裕を持たなければならないのを感じる。
そんなときに出会った文章を以下に引用させていただきます。



話を聞いてくれと言うと
あなたは忠告を始める
私はそんなことを頼んでいない

話を聞いてくれというと
そんなふうに考えるものじゃないとあなたは言う
あなたは私の心を踏みにじる

話を聞いてくれというと
私の代わりに問題を解決してくれようとする
私が求めているのはそんなことではない

聞いてください!私が求めているのはそれだけだ
何も言わないでいい、何もしてくれなくていい
ただ私の話を聞くだけでいい

忠告など安いものだ
新聞を買うお金さえあれば
いろんな有名人が人生相談に答えている

それくらいは自分でできる
たしかに少し弱気になり、迷ってはいるが
それくらいなら自分でできる

だから、ただ私の話を聞いてください
そして、もしあなたが話したいのなら
自分の順番を待っていてください
そうしたら、私もあなたの話を聞きましょう

    グレン・V・エカレン著
        『豊かな人間関係を築く47のステップ』





    正林堂店長の雑記帖 2007/10/1(月) より転載

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最近の出版統計から

2008年04月24日 | 出版業界とデジタル社会
内部の打ち合わせ用に、出版科学研究所の統計資料をみていて、
あらためて衰退産業である書店業界の暗い将来像と、
うちのような小さい店の明るい未来像を浮き彫りに感じることができました。

ここ20年ほどの業界全体のおおまかな数字の推移を見ると
1995,96年頃をピークに、全ての分野の統計データが落ちています。

雑誌・書籍トータルの推定販売金額では、
1986年 17,968億円から伸び続け
1996年の26,563億円をピークに、以後下がり続けて
2006年には 21,525億円にまで、約20%ダウンしている。

とりわけ、市場全体の半分以上を占める雑誌の落ち込みは激しい。
週刊誌にいたってはピーク年の63%にまで落ちています。

実際の販売額以上に、広告収入が、不特定の読者を対象としたペーパー雑誌から、
ピンポイントで広告を届けられるネット市場へ急速に移行していることにより、
今後更に低下の勢いを加速することが予想されます。

昨年あたりからしきりに、百貨店、スーパーを含め
リアルの小売市場が、これから10年以内に
ピーク時の半分程度にまでなると、業界識者が言っていたことを、
多くの人には脅しめいた過激な発言としか聞こえていなかったようだが、
この数字をみても決してオーバーな表現でなくなっていることがわかる。

そんな時代に、今世の中全体は、大型店化を競い合っている。
かつての中心域であった100坪クラスは、ほとんど競争力は無くなり、
いまや300坪以上でないと、版元、取次ぎから相手にしてもらえない時代になってしまいました。

ありがたい。

これから10年のうちに、これらの店がどんどん苦しくなり、
今流行の巨大ショッピングセンターといえども、2番手、3番手になってしまったところは
すべてゴーストタウンと化すことが、もう見え出している。

膨大な在庫をかかえるビジネスはすでに終わっている。
かといって本は現物がなければやっていけない、という面はあるものの、
現物を持っていても情報を管理できていない店は、持っていないに等しいということです。

これまでの10年、ほとんどの店が、積極的な増床や改装を行なわない限り
売上げは落ち続けています。
それはあの勢いのあったコンビニ業界ですらいえることです。

今後10年、運良く景気が上向くようなことがあっても、
既存の業態で売上げがあがるようなことは決してないと思います。

うちのような小さな店が、下の方からチビチビと売上げを伸ばしているあいだに、
上の方が勝手にどんどん落っこちてくる、
そんな構図が見えています。

でも悲しいかな、小さいということは
ちょっとした横風が吹いただけで吹き飛んでしまう危険を常に持っているので何も楽観できないが、
世の中の流れは嬉しい方向に向ってくれている。

しかも!
うちみたいな立地の悪いところで商売していれば、
大きな競合が来る心配もない、ときた。

ありがたや
ありがたや。

この話、ないしょにしておいてね。




     
       正林堂店長の雑記帖 2007/10/27(土) より転載
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