かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

ディテールの記憶

2011年03月30日 | 映画・音楽・舞台・美術などの評

数日前にラジオで断片的に聞いたことで、正確なことはわかりませんが、
とても印象に残った話です。

小さい頃にテレビで放映される映画を片っ端からみたその人が、20年だか30年だかたってから、その記憶にある映画を片っ端から観たという話。

テレビで放映されたような映画なので、まず市販のDVDなどでは手に入らないものが多く、ほとんどは違法な映像を入手してみたとのこと。

テレビ放映はCMの時間の都合もあり、かなりカットされている場合が多いので、再度観ると、結末そのものが違っていたり、こんな話だったのかと驚かされることが多いとのこと。

20年、30年前は、今とは放映基準が異なり、こんな映画を放送してよいのかと驚くような作品も多いとのこと。

自分の好みや嗜好で選んだ作品ではなく、放映されたものを片っ端から観るということが、かえってその当時の自分の個人的体験や情況の記憶が「トラウマ」のように染み付いているとのこと。

そうした様々なB級作品を、自己の体験にからませて深く読み解いているところが実に興味深い話でした。

「トラウマ映画館」という本が昔出ていましたが、その本の著者の話なのかどうか、まだ定かではありません。

そんな面白い話のなかで、この人が自分の記憶をたどるとき、「その作品のディテールを記憶していない感動などというものは、ただ過ぎ去ったその場限りの興奮にしか過ぎない」

といったようなことを言っていました。

映画を観ても、本を読んでも、いつも、たくさんの感動と興奮がありますが、それが何だったのか、自分でそのストー^リーなり、ディテールなりを語れないようなものは、結局、ただ一時の興奮だけで、それも意味が無いわけではないけれど、やはり時が経つと何も残らないことが多いものです。

今、読んでいる本ですら、
ここはスゴイなどと感動していながら、数ページも先に進むと
もう前の驚きや感動は忘れて、新しいページの世界におぼれてしまっています。

これは必ずしも「記憶力」の問題ではありません。
(時々、悔しくなるようなひたすら記憶力の高い人を見ることがありますが・・・)

自分にとっての価値を高められるかどうかの問題だと思います。

 

毎度、思いつくままの雑感ですみませんが、そんな気がします。

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本屋を併設した図書館の構想

2011年03月17日 | 書店業界(薄利多売は悪くない)
業界の人たちからは、なにを言いいだすかと叱られそうな話ですが、実は今、真面目に考えていることです。

ほとんどの都市部では、現実にはありえない話です。
それを前提に読んでください。

地方の山間部では、図書館がないばかりか、本屋もないという町がたくさんあります。

そうした町や村で図書館をつくろうという話が立ち上がったときに思いついた考えです。
現実には、行政の壁、業界の壁など様々な困難が予想されることです。
しかし、デジタル化の進むこれからの時代に地域に役立つ情報センター、公共の図書館とはなにかを考えた場合、小さな村の場合、ひとつの空間に必要な情報がすべて集まっていることの意義は、計り知れない効果があります。


図書館そのものも、これから新しく造られるようなものであれば、相当な新しいコンセプトで設計されなければなりません。

現時点で考えても、図書館そのものの課題もたくさんあります。

それだからこそ、と出てきた考えです。



図書館のなかに棚2本、もしくは5坪程度の書籍売場のコーナーをつくります。
取り扱いは、雑誌、コミックや学習参考書はのぞく書籍。
地域郷土関連の本が中心で、もちろん話題の本、ベストセラー本もおきます。

通常であれば、民業の圧迫になると反対されることですが、競合する書店は、外商で遠くからくる書店はあっても、その手間コストから反対される理由はそれほどありません。

本屋のない村の図書館ということで、貸し出しやリクエストを出すときに、もしそれを所有したいのであれば、あるいは順番待ちするのが嫌であるのならば、そのまま隣りのカウンターで注文することができます。

所有権の時代から利用権の時代に移ろうとしている今、その場で利用者自身がその選択が同じ場でできるメリットがあります。
 そのことで、批判の多いベストセラー本に偏った貸し出しから、図書予算を本来の図書館に求められる分野に予算をより集中させることが可能になります。

現代の「フリー」の考え方、無料の情報をより多く提供して情報の裾野を飛躍的に拡大することでこそ、有料の顧客を増やすことがが可能になることの立証する姿でもあります。


また、販売カウンターでは、貸し出しカードをそのまま販売のPOSレジに通すことで、購買履歴を残すことができ、地域の公共財に協力を申し出る会員には、その購買蔵書録が公開され、利用者同士の蔵書貸し借りのサポート機能も果たすことができます。

村民の個人蔵書が、村の図書館蔵書を補助するシステムができるということです。

個人情報公開に協力する会員は、図書館併設書店の本屋のPOSから図書館に蔵書のない本でも、村の誰々さんがその本を持っているか検索することもできます。

地域のひとたちのつながりを深めて公共情報の質を上げる相乗効果は、はかりしれないものがあるといえないでしょうか。



あくまでも、公共の図書館としてスタートするために、構想の実現には様々な困難が予想されますが、行政主導にならないしっかりとした図書館協議会をつくれるかが鍵です。
公務員の人事異動でまわされるような館長や職員ではなく、また実質的なスキルのない肩書きだけの司書を雇うこともない体制が、どのようにつくれるか、高いハードルがありますが、私はとても面白いことだと思います。

みなさん、どう思われますか?
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