かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

働き方が変わる、学び方が変わる、暮らしが変わる。
 「Hoshino Parsons Project」のブログ

尊敬に値する人

2009年07月18日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!
今の政治をみていると、偉い人、尊敬に値する人って、いったいどのような人のことを言うのか、
つくづく考えてしまう。

大きな権力や権限を持ったひと、なにはともあれ、そこまでたどり着いた意味において偉いのだろうか。
わが国の総理大臣の姿をみて、とてもそうとは思えない。

何億のお金を稼ぐ力のあるひと、常人にはできない能力を持つことが証明されたという意味において偉い人なのだろうか。
今も次のバブルに期待して踊っている人たちをみて、とてもそうは思えない。

どれも極めて限定的な意味において、偉い、尊敬に値すると言えないわけではない。

でも、やはり私はそれらの人々を尊敬は出来ない。
偉いとも思えない。

まわりの人びとは、そのひとが今、持っているもの「権力」や「財産」に惹かれてそれらの人々に寄っていく。
しかし、今、持っているものがどれだけその人にとってかけがえのないものであるのか。
それら所有しているものを失ったとき、
または後々の人生や老後の生き方を考えたとき
どうなるか考えているのだろうか?

なぜか私の仲間の人たちは、そうした「持つこと」への執着の少ない人が多い。

こんなことを考えるきっかけがこのところ相継いだ。

うちのB型のパートと珍しく共通の話題の対象になる日下公人さん。
少し前の著作で、麻生さんのようなやんちゃ坊主タイプがトップに立つと
今の時代はうまくいくかもしれないようなことを書いていました。

多くのことで共感することの多い日下公人さんですが、このときばかりは目を疑った。
小泉郵政選挙のとき、麻生はすでに反対派にたいしても、賛成派に対しても、要職になりながら仕事をしているとはいえなかった。
小泉首相から、サボタージュを指摘されたことすらあった。
つまり、その頃から、品格云々よりも仕事の出来る政治家ではないことが露呈していた。

にもかかわらず、自民党は他の選択肢を選べなかった。
それがそのまま今の姿につながっている。

なぜこれほどまでに「人を見る」ことが出来ないのだろうか?

品格だとか人格だとかを話題にすると、すぐに自分のボロが出てくるので
あまり書きたくはないのですが、やはり「人を見る」ことがどうしてこれほどまでに出来ないのだろうか。
尊敬に値する人びとをもっと世の中のオモテに出すことができないのだろうか。

もちろん、そうした人に限ってオモテに出ることは嫌うものだが、
少なくとももう少し「評価する眼」というものを世の中全体で共有したい。

もうひとつ、このことを気にするきっかけになったことがあった。

人は誰しも自立、独立しなければいけないという意見があった。
正しくは独立してこそ、との意見。

そのこと自体は正しい。
しかし、自分は人に使われるのが嫌だから独立するとか
権限を自由に行使できるから独立するとかいった発想は間違っているし、とても危険な見方であると私は思う。

そうした発想を抜けきらない限り、嫌な相手を避けるだけで、自らの大事な顧客を見誤り、
結局は顧客の喪失という結末に至るからです。

いかなる立場であろうが、他人の役に立つこと、人に喜んでもらえることをなすことでこそ、自らの自由は保証されるものだと思います。

自分の顧客になってくれる人へのサービスを忘れ、
権限を行使するための、自由なお金を求めるだけの独立は、
実態は消極的な自己防衛のための自立にしかすぎず、
そのような選択が長期的な幸せへのステップになることは、あまりないと思う。

こうした意味でより多くの人とのつながりを生むサービス、
他人の我ままをより多く受け入れることが出来ることこそが
私にもまだ苦手なことですが、ものごとの核心であると感じています。

この見方を徹底すると、見栄でも意地でもなく、
自らがうわべの「権限」や多少の「所得」を増やすことよりも、
持たざる時の自分と他者とのつながりが増えることこそ、最も大事なバロメーターであると感じるようになる。

最近知ったブログで、いつもすばらしい文を書いている方がいます。
http://blogs.yahoo.co.jp/f_asadaca1wannet
その方が以前「里見八犬伝」で有名な滝沢馬琴の息子の嫁「おみち」さんのことを紹介していました。
(以下、引用)


「そうじゃない、何度言ったら分かるんだ、棒を書いたら左右の点々・・・、その点は下が止めだぞ、良いかこれを間違えるな・・・」
「棒の下は放しですか、止めですか・・・」
「そんなことも憶えとらんのか・・・、止めに決まってるだろう、その隣は弟だ、良いか弟の字は分かるか」

暑い夏の日、さしたる風も通らぬ粗末な部屋、セミの声がいかにも喧しく、丸うちわをパタパタやっても一向に涼しくならないので板間に放り出した老人の視線は、全くあらぬ方向に向いていた。
その傍らで長さ2尺8寸(約84cm)、幅1尺2寸(36cm)の机に向かい、額の汗をぬぐいながら、余りうまくない字で一生懸命紙に向かって奮戦している女の姿があった。

これは一体何の場面だと思うだろうか・・・、実はこの老人が滝沢馬琴であり、紙に向かって奮戦しているのが、この馬琴の息子の嫁の「おみち」さん、そしておみちさんが一生懸命書いているのが、かの滝沢馬琴の長編大作「南総里見八犬伝」である。

滝沢馬琴については、作家の「杉本苑子」女史がその著書「滝沢馬琴」で詳しく書いているが、1767に生まれ1848年に没した滝沢馬琴は、その81歳の生涯のうちで300もの「読本」(よみほん)を書き、その代表作がこの「南総里見八犬伝」であり、馬琴はこの時代を代表する売れっ子作家だったのだが、寛政年間以降、享楽的な心中話などの人情物語に対する幕府の規制が強まった結果、こうした八犬伝のような勧善懲悪主義的な通俗文学が流行していったのである。

こうした読本は歴史上の人物や事件、更には中国文学からの翻訳が素案になっていたり、場合によっては説話そのもの、ストーリーはそのままに脚本化したものもあり、雄大な思想の背景には儒教、仏教思想に基づく教訓を伴っていたので、幕府当局もこれを容認、もしくは快く思っていたに違いない、滝沢馬琴の読本はいずれもその構想のスケールが大きく、複雑な因縁が少しずつ解かれていくストーリーの心地よさから、多くの世人に愛された。

だが馬琴がこの「南総里見八犬伝」を執筆中のことだった・・・、「ああ・・雨が、雨が降ってきた・・・」家の中にいて馬琴はこう騒ぎ始め・・・、失明した。
そのショックは大きく、馬琴は一旦八犬伝の執筆を断念するが、その生涯に置いて集大成とも言える八犬伝の完成をどうしても諦めることができず、家族に口述代筆をしてもらうことを考えたが、彼の妻は寝たり起きたりで病弱だった、また息子も病弱で早くに他界していた。
残る候補は息子の嫁の「おみちさん」しかいなかったが、このおみちさん、それまで全く文学などには興味が無く、そもそも文字ですら名前の他に書けるものが少ないほどだったのではないだろうか・・・、江戸の町屋の平均的な主婦で、筆など持ったことすら無かったに違いなく、馬琴の書いていた読本に対しても、それほど興味が無かったのではないか・・・と思う。

馬琴はおそらく必死でおみちさんを説得したことだろう・・・、盲目となった今日、自ら筆を持つことは叶わない・・・、唯一つの方法がおみちさんだった。
そしてこの家の収入の大方が馬琴の読本で成立していたこともあって、初めは「そんなことできません」と言い続けていたおみちさんも、次第に仕方が無い・・・と思うようになっていったのだろう。
こうして嫁と舅(しゅうと)のでこぼこ二人三脚が始まっていった。

しかし、この作業は一言で言って地獄だった・・・、冒頭のやり取りはその一場面だが、良く考えてみるといいだろう、日本の平均的な一般主婦が、盲目の舅が語るヘブライ語の聖書を聞いて、書き写さなければならないとしたら・・・いやおそらくそれより困難なことをやろうとしていた訳である。
馬琴は漢字の大家でもあったから、その頭の中には20万を超える漢字が入っていたと言われ、それらの中には微妙に違う漢字で、微妙に違う雰囲気を伴うものがあったり、前後または遠いところで書いたことが、今の場面で効力を発揮すると言うものもあった・・・、これを漢字を知らないおみちさんが聞き取って、紙に書いていくと言うことがどれほど困難なことか・・・と言う話だ。

これが、おみちさんが馬琴の弟子だったと言うならまだしも、今まで農業しかしたことが無い女性に、いきなり法務省法制審議会の報告書類を書け・・・と言っているようなものだ、辛かったに違いない。
朝早くからおきて掃除をし、ご飯を作って病弱な姑に食べさせ、盲目の舅にも食べさせなければならない・・・、洗濯が終わってやっと後片付けも終わり、舅のところへ行くと、待ちかねて機嫌が悪くなった舅からは容赦ない言葉がポンポン出てくる。

「本当にたわけだな・・・何度言ったら分かる・・・、その漢字は同じものが近いところで並ぶと、文章の流れがおかしくなるのだ・・・、だから同じ意味の違う漢字を使うのだ・・・、この前教えただろう」馬琴がいらついて大きな声を上げる。
「そんなもの、忘れました!、もう沢山です・・・、そんなに言うならお義父さんが自分でやってください」おみちさんは泣きながら表に飛び出す。
しかし、やがて涙を拭いたおみちさんは、気を取り直してまた静かに机に向かう・・・、少し落ち着いた馬琴がまた口述を始めたに違いない。

盲目となった馬琴にはおそらく焦りがあったはずで、そうした焦りの中で全く畑違いのおみちさんに、漢字1字1字を口伝えで教え、文章にさせたその熱意は並のものではない、また中年になって、もの覚えも若い頃とは衰え、そのうえ全く関心も無かったにもかかわらず、漢字の大家が使う20万とも言う漢字を勉強し、馬琴の世界を世に現した「おみちさん」はひとえに努力の人である。
そして今日、日本文学史上不朽の名作となった「南総里見八犬伝」は、完成したのだった。
号泣、怒り、忍耐、情・・・そうしたものの怒涛の中で耐え抜いた「おみちさん」がいなければ、今日私たちは「南総里見八犬伝」読むことはできなかっただろうし、それによって感動することもまた、できなかったに違いない。



どんな不運に出会っても、それを愚痴ることなく受け入れ
自分の与えられた環境のなかで精いっぱいの努力をしている人、
これこそが、私の最も「尊敬に値する人」です。

なにも「おみち」さんの真似をして、不遇や不運を無理に買うことはない。
自分の運命が常に最良のものが与えられているのだと気づきさえすれば。
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芭蕉座旗揚げ公演の感想

2009年07月13日 | 映画・音楽・舞台・美術などの評
7月11日(土)、
芭蕉座旗揚げ公演に行ってきました。

行く時、妙に渋滞がひどいと思ったら、なんとその日は前橋の七夕祭りでした。
中心部に近づくにしたがって車が動かなくなり、駐車場手前ですでに長い車列が見えたので、
急きょUターンして少し遠い駐車場に止めて、長い距離を歩いて会場に向かいました。
おかげで多少余裕をみて出たつもりだったのですが、開演ギリギリになってしまいました。

着くと早々に演奏がはじまり、わたしの心の準備は、まだ整っていませんでした。
なにせ芭蕉の「おくのほそ道」の世界を、語りの名手とメゾソプラノにピアノ伴奏といった組み合わせでやるというもの。
企画を知ったときから、大変興味深くも、いったいどんな風にまとめるのやら予想のつかないところがあっただけに、
早い時間に会場入り出来なかったことが悔やまれました。

早々にはじまった演奏の序盤の印象は、古屋和子さんの語りの力がとてもあるので、これは語りは語りだけで、
音楽は音楽だけで聞きたいという思いがしました。

ところがピアノの伴奏が入るにしたがって、その思いは次第に溶けて、作品の世界に徐々に入ることができました。
「その世界」とはいいながらも、曲は三人の作曲家によるものを交互につなげた構成。

どのような意図でこうしたのか真意はわかりませんが、
和の雰囲気、俳句の情景がとても分かりやすく納得できる箕作秋吉さんと清水修さんの曲調と、
いつも初めて聞くにもかかわらず安心してその高度な?(私にはそう聞こえる)構成力を魅せてくれる野澤美香さんの曲が交互に出ることが、
有象無象の耳が立っている会場に、ちょうど良い緊張感をもたらしてくれたように思えます。

何度となく言っていることですが、芭蕉など俳句の和の世界を表現するには、おたまじゃくしの数を極力少なくすることが大事だと思っているのですが、
今回は、総じて音符の数が多すぎるとは思いませんでした。(理想の「少ない」というほどではありませんでしたが)

でも三人の作曲家を並べてくれたおかげで、私には野澤美香さんの力を改めて知ることができたような気もします。
箕作、清水作品は、芭蕉の世界を描くとしたら、当然こうなるだろうと納得させてくれる見事な曲に仕上がっているのに対して
野澤作品は、俳句の世界をきちんとふまえていながらも、音楽を組み立てている面白さのようなものをいつも感じさせてくれるところに特徴があることを再確認できたからです。
伴奏、背景でありながらも、しっかりとした創作の痕をいつも楽しませてくれるのです。
かといって聞いている側は、技巧に走ったものを聞かされているようなイメージは出てこない。
ご当人は、書かされる苦しみのようなことを言っていましたが、実にいい仕事してると思います。

はじめて野澤さんにお会いしたときに、どんな作曲家に影響を受けているのか聞いたような気がしますが、それは、たぶん私の知らない名前を言われたので覚えていないのだと思う。
素人の耳で言わせてもらうと、いつもシェーンベルクやバルトークを聞いた時、現代音楽だからといってそういうのじゃなくてもう少し自然なところがどうして出来ないんだと思ったところが
野澤さんの作品は、いつも出来ているのです。

こうした力のある野澤さんを迎えていることから、この芭蕉座に対する期待は当然高まります。ただの芭蕉ファンによる芭蕉を愛でるだけの企画から、しっかりと」した現代の創作の領域に踏み込んだ企画としての価値が高まるのを感じるからです。

ただ、概ねねらい通りの構成は出来ていたものと思われますが、三者の異質なサウンドがやはり近すぎて、おそらく広いステージで三者の距離が離れていれば、もっと完成度の高いものに感じられたのではないかと思いました。

古屋さんの語りは、十分存在感もあるので舞台袖あたりにいても好さそう。
でも今、振り返ると、古屋さんの語りは、ちょっと上手すぎるのかもしれない。
磨き上げたNHKアナウンサーのような朗読表現に、琵琶の弾き語りの時のようなさびのある味わいが、もう少し欲しかったような気もする。

その点、野澤さんの曲には、ちゃんと味もついていた。

これだけ幅のある作品と、難しそうな山本さんの間を取り持って弾きこなしているピアノの中島章恵さんて、なんてすごい人なんだろう。
きっとピアノだけでなく人間の出来た方なんだろうなと想像がつく。

そして山本掌さんの歌。
これまで意欲的な創作を積み重ねてきて、前回の公演のときもいよいよ山本さんの道とスタイルが確立しだしたのを感じましたが、
今回はちょっと過去の階段を着実に上がってきたような前進が感じられるような雰囲気にはちょっと欠け、
芭蕉座全体の企画プロデュースに徹することで、歌そのものの磨きあげが少し足りなかったようにも聞こえました。

それは私が聞く回数を重ねたことで、こちらの要求が勝手に上がってきてしまったことによるのかもしれませんが、
独特の声を活かすところまで曲を歌いこんでいないような印象をちょっと受けました。
いや、あれは会場の音響のせいで私が勝手にそう感じてしまったのかもしれません。

といっても、今回はとても困難な事情をかかえての企画の断行であったことを思えば、
公演にこぎつけることができたことだけでも良しとするべきかもしれません。

でも、くどいようですが組長!やっぱりピアニシモですよ、鍵は。
極端な場合、ピアニシモを強調するところは、「歌う」ではなく「語る」になってでも、
ピアニシモを活かした表現をしてもらいたいと思うのです。

どうしてもそれが難しいというのならば、いっそ古屋さんに弟子入りして、
語り中心のなかに僅かな歌を挿入するくらいまで路線変更してみてはどうだろうか。
まあこれは外野素人の戯言ですが、
ともかくも旗揚げにこぎつけて、この頼もしいメンバーの力が立証された今回の公演はすばらしかった。
この道でこそ、と腹を決めてる山本さんの思いは十分伝わってくるものがあります。

次回がまた楽しみです。
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草むしり日和

2009年07月12日 | 上野国「草の者」研究所
久しぶりに涼しい。
だいたい日曜日は、店の隣の空き地の草むしりをするのですが、こんなに涼しい日にできるのは珍しい。
涼しいだけでなく適度に土が湿って抜きやすくなっているのが助かる。

この季節は鬼のように伸びる雑草にはほんとに悩まされますが、草の側も、6月7月はどうぞ抜いてくださいとばかりに、雨で抜きやすく準備してくれている。

それを
はいよ、と抜いてあげる。

本音は半分面倒くさいので、除草剤で一気に片付けてしまいたい気もするけど、他人の土地なのでそうもいかない。

いろいろ手を抜くことも考えたけど、隣りの奥さん(正しくは、お隣りは空き地なのでお隣りの隣り)が、せっせと一日がかりで広い空き地の半分の草をむしっていくので、こちらも手を抜くわけにいかない。

手を抜くよりも草を抜いたほうが、どうやら早い。

本来の自然の原則からすれば、草は、むしるから生えるのであって、むしらずに放置しておけば、やがて低木が生え、次に亜高木が生え、そして高木が生えて順次日光が届かなくなって下草は消えていく。

そのようにしてまわりの空間すべてを自然な森にしていけば一番良いのだけれども、街中の今の現状はそうもいかない。

でも、雑草の生えた景観は、雑草を放置しているという印象を与え、雑草の刈られた景観はまた管理された土地の景観をつくる。

ただそれだけのための作業。

私はこういう作業は嫌いではないので、お隣りさんに負けるわけにはいかないので外で草むしりしています、と店を空けている。

なんとなく、草むしりとかトイレ掃除とかは、ほんとに運気を高める作用がある気がする。

といって、自分の家ではなにもしないのですが・・・
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より多く背負うこと

2009年07月08日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!
みなさんの声を聞くと、理不尽なこととは、決して特殊なことではなくて
むしろ「日常」のことなんだと思い知らされますね。

私もなんとか前向きにとらえようと努力はするものの、
それが我慢になってしまうようでは、カラダによろしくない。

そこで無理にならないように受け止めるようにする考え方として思いだすのは、
以前、どっかで書いたことがあると思いますが銀行さんの話で気づいたこと。

銀行と聞くと、私は日ごろ目の敵にしてしまうことが多い。
最近、知り合いの会社の経営に、とうとう銀行が入ってしまうことになりましたが、
その銀行役員、財務数字に強いからといって、
決してその会社の再建のために来ているのではない。

自分の貸し付けた金を守るためだけに来ているので、
決して経営再建の力になるわけではない。

日本の銀行の与信能力のなさは昔から言われていることですが、
会って話すべき相手は、その人じゃないだろう。
見るべきところは、そんなところじゃないだろう。
などと、ろくな印象はない。

ところが、そんな銀行の話でこれだけは勉強させてもらった。
与信能力のない銀行といいながら、
何をもって銀行は、貸し付けの相手の信用をはかるのかといったら、
経営者の能力や鋭い時代観察眼などは、参考にするかもしれませんが、
銀行にとってそれは大事なことではない。

銀行が一番よく見ているのは、その経営者の社会的信用。
そしてその社会的信用を計るのは、抽象的なことではなく、
その人が背負っているものがどれだけ大きいかということ。

それは、ひとりで1億稼ぐ力のある人よりも、
養わなければならない家族がいて、
借金をかかえている人(借金を返した経験の多い人ならもっと良い)の方を信用するのです。

未来の期待値が高いことよりも、現在、より多くのものを背負えている人。
(悪くいえば、普通の人よりも逃げられない環境にある人、ということなのだけれども)

日ごろ、コノヤローと思う銀行さんですが、このことばかりははたと教えられました。
人の「信用」というものは、その人がどれだけのことができるかということよりも、
今、どれだけ多くのものを背負っているか、背負えているかの方がずっと大事な視点であると。

自分が何が出来るとたくさん並べたてることよりも、
今、どれだけのものを背負えているのかということです。

この背負うものの第一は、
子どもを産み、育てるということです。
これに勝るものは、おそらくありません。

わたしは子どものいない身なので、そのことを考えると
世間で持て余している「理不尽なこと」のひとつやひたつを背負うことは、
それほど大変なこととではなく思えてきます。

どうぞ、皆さん
そちらで持て余している「理不尽なこと」は
遠慮なく、わたしのところにみんな持ってきてください。




・・・というのはウソですが、
少なくとも、こう考えると私には、
より多く「背負えること」ということがとても素晴らしいことに思えるのです。

山登りの例などで考えると、
より多く背負いながらも楽をするための知恵というのがいろいろ思い浮かびますね。

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理不尽なことも受け入れる

2009年07月06日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!
昨日の日記は、肝心な部分の説明が少し足りなかったみたいです。

知識、教養を溜め込むことだけで、実践に至らないことの問題はもちろんなのですが、理論そのものの貫徹度から考えた場合でも、実践を軸にしないといけないということと、
自分の今、直面している問題に対しては例外規定を設けて逃げることなく考えることがとても大事であることを強調したかったのです。

えてして「学ぶ」という行為の時間は、
問題解決のための時間ではなく、
目前の問題から逃げるための口実としてつかわれている場合も多いものです。

今、それを調べている
それはこれから勉強しないとわからない、とか。

でも、常に問題を解決するひとの勉強法とは、
走りながら学んでいるのです。
事前の勉強よりも、問題に向ってまずスタートをきってしまい
必要なときだけ後ろを振り返るのです。

この場合、当然準備不足ですから、予想外の様々な問題に直面します。
それでも、こうした方法をとる人は、その準備不足を失敗とは思わずに突き進んでいきます。
準備に時間をかけない分、予想外のことが起きるのは当然と思っているからです。

スタートをきるまえに、あれこれ起こるかもしれないことを並び立てて考えていることよりも、
スタートを先にきって現実にその場で対策を考えるほうが、問題の焦点がはっきり見えて合理的であると考えるからです。


突如、自分に問題がふりかかってきたとき、

そのひとの考えることのなかに、
それは自分の専門外とか、
それはわたしの担当外とか、
それは常識外であるからとか、
それは例外とか、
そん理不尽なことまで自分が責任を負う筋合いはないとか、

そんな言葉を吐いたその瞬間、

そのひとは、真の問題解決の道から遠ざかってしまうのです。

現実に自分に降りかかる問題とは、
自分のいま持っている思考の範囲内だけで解決できるようなことは少なく、
常に、
そんな馬鹿な、
そんな無茶な
そんな理不尽な
といった現実とともに降りかかってくるものです。

その経験外のこと、常識外のことを
自分の問題解決に不可欠なこととして逃げることなく立ち向かえるかどうかこそが
ほんとうの問題解決に至れるかどうかの大きな分かれ道だと思うのです。

学び問うということは、
過去の経験のあること、考え方のわかっていることだけで済ませることではなく、
まさに経験外のこと、予想外のことに直面したときこそ、
真に「学び」、「問う」作業の真っ只中なのです。

多くのひとは、せっかくのその機会を
それは私の担当(専門)ではないから、
それは経験が無いから、
そんなことまで私がする筋合いはないから
といってその機会(チャンス)を避けてしまいます。

でも、そのときのあなたは確かにそのことの経験や知識はないかもしれませんが
また、その専門(担当)ではないかもしれませんが、
さらには、そこまでする筋合いのない人かもしれませんが、

そこにいたときは、
また、そうした声をかけられたときは、
まぎれもなく、まわりの誰よりもあなたが選ばれた存在であることに気づかなければなりません。

それは自分の専門(担当)ではないけれども、自分が選ばれた
まったく経験のないことだけれども、なぜか自分が選ばれた
そんなことまでする筋合いはないけれども、なぜか自分がそこにいた。

この瞬間こそ、神様があなたに微笑んだ瞬間とでもいうか
「わたし」というものの真の実態
または真の個性、創造的人格の発見、
がスタートするかどうかの大事な瞬間だと思うのです。

ここに踏み込むには、
自分にとっていかに理不尽なことでも受け入れる覚悟、
「理不尽なこと」というときつく感じるかもしれませんが、
自分の身にふりかかることは、すべて受け入れる心構えのようなものがとても大事だと思うのです。

この世の自然界、宇宙にはそもそも「理不尽なこと」など存在しません。
それは人間のこころだけが、勝手に決めていることで
偶然と思われることでも、理不尽と思われることでも
自然界や宇宙ではすべてが起こるべくして起きていることなのです。

それを偶然と感じたり、理不尽と感じたりしているうちは、
自然界の法則ではなく、自分勝手な都合で物事を判断しているということに他ならないのです。

この原則を受け入れられないうちは、どんなに精緻な思考や学問を積み重ねても
真実にいたることはそもそも不可能であると思います。
(その場の自分に都合のよい結果だけなら得ることができるかもしれませんが)

そういいながら私は、理不尽なことをなんでも受け入れられるような立派な人間ではありません。

でも、ひとつ、ふたつぐらいのことならば受け入れようと覚悟を決めています。
(私の場合は、今はひとつだけですが)
ひとつだけでも自分の覚悟でそれが出来ると確信できれば、
自分ひとりの考え方ひとつで、次におきた理不尽なことでも、きっと積極的に受け入れることができるようになると思います。

自分の身に起こったこと、降りかかったことは
一見どんなに不合理なこと、理不尽なことでも受け入れる姿勢があってこそ
「我」に固執しない広い世界が見えてくるのであり、
ほんとうのそのものごとの解決に至る道を見つけ出すようになれるのだと思っています。
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学問とは?

2009年07月05日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!
今の世の中を真剣に憂えている、あるとても熱心な人の姿を見ていたら、
なんか胃がよじれてくるような感じがしてならなかった。

「学問は」「学問が」と学問を強調する立派な方なんだけど
どうも何かひっかかる感じがすると思いながら
ずっと考えていたら思いついたフレーズ。


学問とは、知識や教養を溜め込むことではない。

学問、学び問うとは、

自分自身が直面している問題に

立ち向かうエネルギーのことである。




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失われた古典芸能を現代によみがえらせること

2009年07月04日 | 歴史、過去の語り方
 5月の旅で立ち寄った多賀神社で偶然、二人の巫女の舞を見ることができました。

 しきりに扇をまわしながら、何度も前に行ったり後ろに下がったりの繰り返しでしたが、劇場などで再現される舞ではなく、実際の神社の祈りのなかでの舞だったので、わたしはとても新鮮な感動を覚えました。
 それは、同行した連れのこだわっている今様の原型ともいわれるだけに、その動きひとつひとつに対して自然と見る目も集中していました。

 総じて邦楽の世界は、おそらく私に限らず現代人にとっては、退屈極まりないものであると思います。
 ところが、私にとっては七、八年くらい前の体験ですが、あるお能を観に行った際、その小鼓、大鼓の見事な間あい、気(精神)が空間の隅々にまで届くような演奏に、シテの舞い以上に固唾をのんで見入ってしまったことがありました。その時は、同時に演じられた仕舞も見事なもので、まったく予備知識のない私でもその舞の世界に完全にのめり込んでしまいました。

 現代音楽などでは比較的違和感なく体験することですが、その作品の構造やストーリーなどの予備知識がまったくない場合でも、すぐれた演奏に出合うと、無条件に作品の世界に没頭、心酔できるものです。

 こうした名演の力は、しばしば作品の構造をも上回る生命力を与えることがあります。古典の名曲であるからきっとすばらしいものだろう、などと我慢して鑑賞することなく、本来しっかりとした演奏であれば、誰もがうなずき感動する世界があるものだと思います。

 なぜこのようなことに今こだわるかというと、最近ネットで今様を再現した映像を観ることができたのですが、その演奏が、いくら乏しい資料をもとにした古典芸能の再現とはいえ、素人でもちょっと聞くに堪えない歌声だったのです。
 それをじっと我慢しながら、昔の今様とはこんなものだったのだろうかと聞いていたのですが、やはり形式は再現していても、そこに昔の今様の実態はまったく再現されていないといって良いのではないかと思いました。
 わたしでも胃のよじれるような思いで聞いていたのだから、もし後白河院がそれを聞いたら、殴り倒していたかもしれない。

 形式といっても、極めてシンプルなかたちしかない日本の芸能の場合、譜面などに残されたもの以上に、一音一音の発声や、一挙手一動の体の動きのなかに洗練された芸がなければ、作品は決して生きてきません。

 頼朝に囚われたばかりでなく我が子を殺され、夫義経が追われる身である静御前が、その頼朝の前で踊らされた白拍子などは、まさにそのような「気」を秘めた一挙手一動であったからこそ、観る者すべてを圧倒するものがあったのだろうと思います。

 今、白拍子や今様に限らず、文献の上と僅かな楽譜しか手がかりのない古典芸能はたくさんあります。歴史を見ているとなんとかそれを再現したものを見てみたいと思うものですが、いにしえ人の体の動きや発声を再現することは至難の業かもしれません。

 でも、いつか一芸を極めた人が、時代を超えた人間のなせる技の極みとして、わたしたちの前にその姿を再現してくれる日が来るのをを楽しみにしています。



           手作り小冊子「吉野熊野紀行」掲載予定原稿より一部訂正し転載
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