かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

「無防備都市」と対極の無防備軍隊 〜中村哲医師が世界に示したこと〜

2021年01月01日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

ロッセリーニの名作映画『無防備都市』は、私には衝撃的な戦時下の悲劇的なシーンが強く印象に残るばかりですが、「無防備都市」という言葉のもつ意味は、まったく知らずに観ていました。

舞台は、ナチス統治下のローマ。
そこで活動するレジスタンスが描かれているのですが、おたずね者の指導者と、協力者の神父は、指導者のかつての恋人の裏切りでナチスに逮捕されてしまう・・・といった救いをどこに求めたら良いのだろうかというほどのストーリー。
この映画タイトルに対する私の印象は、厳しい戦時に対して、無防備な都市の姿くらいに考えていたのです。

当時のイタリアは、第二次世界大戦時、日本とドイツと三国同盟を結んで、米英連合国側と戦っていましたが、イタリアは自国諸都市への空爆が始まると、早々にムッソリーニを解任して、全世界に休戦を告げています。

この変わり身の早さは、ドイツや日本がその後の泥沼になっても戦い続けた姿からすると、イタリアの方が国民の正義感や平和嗜好が強かったというよりは、いささか失礼ながらも、あまりに軟弱すぎるのではないかと思われるほど早いものでした。それはのちに、ドイツと日本の間で、今度やるときはイタリア抜きでやろうぜ、と冗談話が交わされるほどでした。

でも、イタリアがこのようにいち早く休戦を告げた理由がどのようなものであったかということは、日本の景観政策の貧しさを追及指摘している井上章一の『日本の醜さについて』(幻冬舎新書)を読むことで初めて知りました。

またその理由は、木村裕主の『ムッソリーニを逮捕せよ』で、さらに詳しく知ることができます。
「戦争に勝つためではなく、それをやめさせるために全力をつすく。被害を最小限におさえる形で、イタリアの、いわば敗北を勝ち取ろうとする。そんな軍人の、どうどうたる姿が、この本にはえがかれている。」

イタリアがムッソリーニを解任して、休戦に至る経緯はちょっと複雑なので、もう少し詳しく補足しておきます。

日独伊の三国同盟を結んでいた枢軸国側ですが、三国の中でもイタリアは、国力、軍事力ともに弱い立場にありました。その国の弱さがムッソリーニ、ファシスト党の登場を生んだ背景でもあるわけですが、イタリアの場合、ムッソリーニの他に、国王とローマ法王という、3つのトップがいました。

始めのうちこそムッソリーニの勢いはあったものの、次第に国民の間だけでなく軍内部でも、この戦争はムッソリーニの戦争であって、イタリアのための戦争ではないといった空気も流れ始めていました。
そんなとき、1942年(昭和17年)に東京を初空襲したアメリカのドウリトル少将指揮下の爆撃機隊が、1943年にローマを爆撃します。

ローマは、カトリックの総本山ヴァチカンを擁することから、攻撃対象となるようなあらゆる軍事施設、兵力をおかない「無防備都市」の宣言を検討している最中のことでした。宣言によってローマが空襲されることはないだろうと、イタリア政府はもちろんローマ市民に至るまで等しく期待していまた。それだけにローマ爆撃は、ムッソリーニにもローマ市民にとっても青天の霹靂に等しいショックだったわけです。
しかも戦局は、ムッソリーニ周辺からも、ヒトラーに戦争からの離脱を伝えるべきとの声が囁かれていた時期のことです。

他方、連合軍はイタリア南部シチリア島からの侵攻を計画。総兵力16万、軍用車両1万4千、砲門千八百。これを海空軍の大部隊が援護。
「史上最大の作戦」で知られるノルマンディ上陸作戦が兵力10万7千です。それを遥かに上回る規模のものでした。
これを迎え撃つ軍事力はイタリアにはとてもないことから、休戦に持ち込むことはイタリアにとって不可避であったわけです。
ところが、先に休戦をしてしまうと、今度は国内にいるドイツが敵国となりイタリア全土がドイツの占領下となって連合軍と間の戦場と化すことになってしまう。

イタリアとしては、できるだけドイツにさとられないように、連合軍に対して休戦を伝え、いち早くドイツ軍を分断、敗走させるよう連合軍に協力することが最良の選択であると判断されていました。
そのような共通認識が広がる中で、ムッソリーニ逮捕を敢行し、敵である連合軍との接触を試みていたわけですが、戦時中の内部の動きの不統一や連絡の不備などがあり、計画通りにはなかなか進みませんでした。

結果、イタリアの裏切りを知ったドイツはイタリア全土を事実上の占領下に置き、連合軍と対峙することに。そのためにドイツは山中に幽閉されていたムッソリーニを救出するという離れ技を行い、イタリアファシスト勢力の復活を援助し、イタリアはムッソリーニとレジスタンの内戦状態となっていまします。
連合軍も、イタリア軍部からの助言で、ローマ以北に侵攻すれば、ドイツ兵力を分断して敗走させられる予定でしたが、予想外にドイツ軍がローマ周辺に集結しているとの誤報が原因で、想定外の長期の闘いとなってしまいました。

そんな軍事的にも、国の威信の上でも重要なローマが、刻々と変わる戦況の中で「無防備都市」となるはずであった目論見が崩れて、同盟関係であったときから必ずしも折り合いの良い関係ではなかったドイツが、完全な敵対国となってしまった直後の姿が、映画「無防備都市」の舞台であったわけです。

 

あらためて、なぜ「無防備都市」と言われるのか?

それは空爆に曝されるようになって、イタリアの歴史的建造物が無残に破壊される姿は、多くのイタリア国民にとって、耐えがたいことでした。
戦争による破壊が、その国民にとって耐え難いことであることに民族の差はないと思いますが、歴史建造物に対する思いは、やはりイタリアならではのものがあったようです。

そこでイタリアは、都市への空爆が始まるや否や、まずローマの非軍事化をはかり、攻撃対象となるような軍隊、軍事施設を一切おかない都市にしようとしたのです。それに本来は同盟国であったドイツも同意し、撤退していくはずであったのですが、ドイツ軍がそのまま駐留してし、寝返ったイタリアを占領下にしてしまったために悲劇が生まれました。 

 

 

ちょうどこの「無防備都市」という非軍事化政策のことを知った同じ時期に、アフガニスタンで活躍されていた中村哲医師の殺害という悲報が流れてきました。

実は、中村医師の危険なアフガニスタンでの活動スタイルも、この「無防備都市」と共通の考えです。

紛争地域での危険な支援の立場が、必ずしもこうすれば絶対に大丈夫などということが保証されるものではありません。
アフガニスタンをはじめ世界の紛争地域に入るには、ジャーナリストであろうが国際支援団体であろうが、必ず武装した兵士を護衛につけることが常識です。

しかし、中村医師が最も有効な方法としてとった方法は、自らの安全のためであっても武装はせず、中立の立場を貫くことであったわけです。武装すればそれ以上の武力で必ず襲われる。狙われれば防ぎようはない。
つまり、選んでいたのは「無防備都市」が目指していたのと同じやり方です。

実際に中村医師は、長年そのスタイルで身の安全を保つことができていました。

外部から来た人間としてではなく、現地で同じ服装や習慣内部に溶け込むことを第一にして、決して武装した護衛をつけることは考えませんでした。

さらに素晴らしいのは、中村医師の主宰していたNGOは、その活動資金に、いわゆる公的資金、政府、国連からの資金が一切入っていないことです。この資金の面でも中立性は担保されていたわけです。

それが最近になって、中村医師が狙われているとの情報が噂されるように変わってしまいました。

中村医師がアフガニスタンへの貢献を感謝され、2018年2月にアフガン政府から勲章を、2019年10月にはガニ大統領から「名誉市民権」を授与され、大統領とのツーショット写真が撮られて出回り、それまでに保たれていた中立性が壊れてしまったのです。 

国のトップから感謝されたのだから光栄ではないかと言われるかもしれませんが、国のトップというのは、中東などの紛争地域に限らず、先進国であっても特定の政治的な立場を持っているものです。それが、中東などの国ともなれば、言わずもがなです。

 

 

実は、これと真逆の構図からくる危険が、中東に派遣される自衛隊の姿にはあります。

軍隊を持たないことを憲法でうたう日本の自衛隊(戦うことを禁じられた軍隊)が、直接紛争には関わらないという建前で、「非戦闘的」軍人?が、純粋に中立的立場ではなく、露骨に米軍への肩入れを政府が表明したうえで、当該地域に派遣されてしまうのです。

中東諸国との関係だけでなく、何よりもアメリカへの絶対的支持を国際的に表明して、しかも使ってはいけない軍事装備を持ったまま紛争地域に入っていくのです。

敵の攻撃を受けないためにとられた「無防備都市」の思想とは、最も対称的な選択を「平和憲法?」の名のもとに国が行っているのです。

その異常な姿は

第一に、「平和」と当該地域の「安全」確保のための非戦闘的方法と言いながら、アメリカの意向には絶対に逆らわない政府の「軍隊」であることを国際的に表明して行動していること

第二に、派遣先の国々には、国連への協力であろうが、人道的援助であろうが、世界から見れば武装した軍艦や車両、小銃などの兵器を持った「軍隊」として対峙しているということ。

第三に、自衛隊の派遣先では、いかなることが起きても、軍隊を持たない国と規定されている「自衛隊」は、どんな不測の事故が起きたとしても、「軍隊」としての行動は禁じられていること。

こうした矛盾を抱えたままであるために、「軍隊」ではないという建前を通す自衛隊員には理不尽極まる環境を強いながら、まさに「無防備軍隊」としての姿で危険な紛争地域に派遣され続けているわけです。

この矛盾を放置したままの「護憲」「改憲」論議は、どんな現実的課題を語っても無意味であると私は思っています。

 

これを話すと友達をも失う恐れがあるのですが、日本にどんなに立派な平和憲法なり憲法九条があろうが、まず独立国として他国との条約を主権国家として自国の憲法の下におくことが出来ない限り、あらゆる憲法論議の前提は成り立たないものと思ってます。

日本が平和憲法を保持する条件も、まず「無防備都市」が成り立つ中立性と独立国としての主権の獲得が先で、その条件が欠けた「九条」は、「護憲」派の方々には申し訳ありませんが、どう考えても欠陥条文と言わずにはいられません。
かといって今の大半の「改憲」派は、もっと遠い立場にありますが。 

そして「戦うことを禁じられた軍隊」という自衛隊の法的矛盾をまず解決することも不可欠です。
また、安保のような軍事同盟を結んだ場合であっても、まず第一に主権国家としての憲法判断が他国の意思に優先されることを抜きにして「平和」を語ることはできません。

平和を獲得するには、必要な階段のひとつひとつ、どれを抜かしても勝ち取れるものではないので、時間はかかっても、はじめの一段からしっかり築いていく覚悟がまず求められます。
どんなに困難であっても、日本が正常な独立国としての立場を貫けることを目指さずして、どこに平和がきずけるというのでしょうか。

このことを抜きにして、これがあれば平和は絶対に守れるなどというものはない(九条問題を含め)と私は思っています。

 

映画「無防備都市」の意味と、中村医師の悲劇を思うほどに、ここは譲れない気持ちがあらためて強くなり、毎度未整理な文で恐縮ですが、書かずにはいられませんでした。

中村哲医師は、確かに最期は殺害という悲しい結末に至ってしまいましたが、殺害される直前までは(殺害されたときでさえ)かたくなに護衛の武装兵士をつけることを断わり続けていました。

中村哲医師のその行動こそが、あの世界一ともいえる危険なアフガニスタン国内で長年にわたって支援活動を続け、信頼と実績を勝ち取ることができたのだということを忘れてはなりません。くれぐれも、中村医師が身をもって立証してくれたのは、あんな危険な地域にいれば結局こういう結末になるのだということではありません。「中立」(特定の立場に立たないというだけではなく、政府からの金銭的物的支援・援助も受けない)、「非武装」(護衛のためであっても武装兵士をつけない)という前提が壊れた瞬間に、長年積み重ねてきた信用や安全が崩れてしまったのだという現実です。

確かに非武装という選択は、大変な勇気のいることです。
ただちに安全を保障するものではないので、決して安易に他人にすすめられるものではありません。
それでも、武器を持って守り戦うことに比べたら、あらゆるこちらの権利の侵害を想定したとしても、双方の死傷者の数は間違いなく減らすことができることは間違いありません。

くれぐれも誤解のないよう繰り返しますが、中村医師が身を持って示してくれたのは、決して「九条」なり「非武装」や「中立」の法律や概念さえあれば、自動的に平和が保証され守られるといったようなことではありません。互いに異なる文化に対する相互理解、人的・文化的・経済的交流を築く人びとの「行為の積み重ね」によってのみそれは保証されるのです。幅広い人びとが中村医師の平和活動への貢献は評価してくれていますが、この点を見落とさないよう願うばかりです。

もちろん簡単なことではありませんが、この中村哲医師の行動こそが、世界がどのようにして戦争のない平和な社会を築いていけるのかという難題への大事な道すじを世界に示してくれたのだと私は思います。

 

 

*****************


補足 アフガニスタンでの非合法武装組織解体プログラム

 

アフガニスタンにおける様々な国際支援活動で日本はどのような活動を行なっているのでしょうか。紛争地域への支援では、自衛隊派遣の仕方や医療活動ばかりがニュースになりがちですが、他に行われている大切な取り組みのことをひとつ紹介させていただきます。

国連ミッションで通常行われる平和構築活動は、「政治的な役割と、軍事的な役割(国連PKO活動や国連警察活動など)の双方を指揮、コントロールする」ことにありますが、アフガニスタンでは、アメリカが国連の枠外で「不朽の自由作戦」を展開してしまっているため、この方法は取れませんでした。

そのため、「アメリカがアフガン軍の再建をリードし、ドイツが警察の整備を指導し、イギリスが麻薬対策をリード、イタリアが司法改革を担当し、日本が武装解除を担当する」といった国際分業のかたちになりました。この方法をとると、国連の権限が弱いことや各ミッションの連携が取れないなどの弊害が生じます。

しかし、制約がありながらもアフガニスタンでの地方軍閥の解体プログラム「非合法武装組織解体プログラム=DIAG」は、世界のこれからの非武装化活動を考える上でも、貴重な経験を積んでいます。
「非合法武装組織解体プログラム=DIAG」は、国家の根幹的な治安機能を回復するために必要な「武装解除」「政府改革」「警察改革」「司法改革」「刑法改革」の5つの要素で構成されています。そして日本が中心となって「武装解除」の分野の指揮をとっていたのが、先に紹介した『国際貢献のウソ』の著者、伊勢崎賢治さんです。

 

長い戦争の歴史を持っているアフガニスタンでは、国土の多くが4,000〜7,000メートル級の山々に囲まれていることもあり、地方ごとに様々な軍閥勢力が点在しています。

したがって、広い国土をひとつにまとめること自体がとても難しいのですが、にもかかわらずタリバンは急激にアフガニスタン全土にその勢力を拡大しました。
短期間に勢力を拡大できた最大の理由は、アフガニスタンの貧困です。
背景には、隣国パキスタンがアフガン領内を通過する天然ガスのパイプライン計画が立ち上がり、その遂行のためにタリバン勢力をお金で支援したことがあります。

「タリバン兵士が420人いるとすれば、そのうち400人は、1ヶ月100ドルの給料をタリバンからもらうために働いている兵士です。パキスタンに支援され、イデオロギーのために戦っている核となるグループは20人にすぎません」

そこでDIAGの活動は武器の放棄だけではなく、その後彼らに仕事を与えることをセットにして武装解除の取り組みを行うようにしました。もちろん、タリバン勢力の強いアフガニスタン南部では、まだ対話すらも成立しない困難な環境にありますが、北部では十分とは言えませんが徐々にその成果が広がりつつあります。

戦争が常態化したようなアフガニスタンではありますが、それだけに意外と「もう戦争は終わらせたい」と願う国民や、「国連がバックについているなら信用する」といった国民も多いものです。
しかしそれも当然のことながら、そう容易いものではありません。

信頼を手がかりに武装解除を進めるのですが、現実には武装解除と引き換えに約束した復興開発プロジェクトが、「計画がなかなか実行されない」、「予算が足りない」などの自体が起こり、そのたびに「騙された」「裏切られた」などと言われるはめになってしまうのです。

実は、この点こそが平和構築のプロセスではとても大事なことです。
計画は着実に計画され実行され続けることが不可欠です。組織が大きくなれば、なかには汚職や裏切りがはびこる危険も伴います。
まさに中村医師はこうした期待を裏切らない信頼の積み重ねにこそ最も気を配っていたと言えます。
また日本の場合でも、どんなに平和憲法があろうが、そのもとに一つひとつ信頼を得られる行為の積み重ねがなければ、たったひとつの裏切り行為があっただけで、その理念も支援活動も台無しになってしまいます。
このようなことは、こうした武装解除の活動に限りませんが、計画や理念の正しさ以上に、それを信頼してもらえるような行為の積み重ねこそが、何よりも大事なことです。

国際社会のなかで、かつては多くの信頼を持っていた日本こそが、それを裏切ることなく更なる信頼の行為の積み重ねをしていきたいものです。

    (参照 東大作『平和構築 ーアフガン、東ティモールの現場から』(岩波新書)

 

 さらに、中村医師の名誉のために付け加えますが、こうした平和構築に繋がる中村医師の姿は、世界平和のためにはとても重要な示唆を与えるものに違いありませんが、中村医師自身にとっては、より多くの命を救うための強い意志からすれば、あくまでも命を助ける活動に付随した必然行為の一つにすぎません。
 あえて極端な言い方をすれば、法律も理念もいらない、あの小柄な風貌からは想像つかないほどただひたすらに強い意志を持って、その貫徹のためには強盗さえしなければ手段も選ぶなと強弁するほどの精神に支えられていたことこそを忘れないでいただきたいものです。

 

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コロナに始まりコロナで終わった1年で見えたこと

2020年12月31日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!
2019年にインフルエンザにかかった患者数 2000万人(推定)
     インフルエンザで亡くなった人の数  3571人
     他の病気も含めて亡くなった人の数 13000人
 
2020年にインフルエンザにかかった患者数 約700万人
     インフルエンザ死亡者数については年末時点で激減しているという情報のみで具体的数値はまだわかりません
   新型コロナ患者数       5万人
     新型コロナで亡くなった人の数 不明
     他の病気も含めてコロナで亡くなった人の数 3000人


こういう数字は、統計の取り方で誤差がある前提として見なければなりません。しかしそれを加味しても、明らかに今年は新型コロナのおかげ(他の要因もあったとしても)で、インフルエンザ感染者、死者ともに激減しました。
 
2020年は赤の太線   横軸は週               国立感染症研究所     
 
 
新型コロナに伴う人の外出自粛、営業短縮などにともなう不況は、これからますます深刻化を増すのではないかと思われますが、本来、新型コロナの怖さで重視べきは、ほとんど医療機関内部の問題であると思います。
基礎疾患のある人が感染した場合、症状の急変スピードがとても早いことが最大の特徴なので、医療水準は決して低くないといわれる日本でも救急医療体制の異常に遅れた現状が事態を深刻化しています。

すでに市中感染の段階に入ってしまっているようですが、それでも欧米の水準に比べればまだマシな方です。
にもかかわらず、なぜ日本はこれほど景気回復の遅れ、国民の経済ダメージが益々深刻化し続けるのでしょうか。
それは、政策の優先順位こそが誤りの最大原因であると思います。
 
元々、救急患者のたらい回しなどが問題になっていた日本です。
在来のベッドをコロナ用に転換して、空きベッドを確保しなければならない現状が、他の医療を圧迫しているだけでなく、病院経営そのものを大きく圧迫し続けています。
本来は、そこにこそ、国の財政支援は集中すべきでしょう。

そして根拠のない過度の自粛は控えて、経済を回すことだと思います。
経済支援は、業界団体を中心にするのではなく、最底辺の人たちから支援すべきです。
様々な経済支援対策が確かに大事ですが、順番からすればまず医療支援体制の確立が先と考えます。
どうか政策決定は、対処療法ではなく優先順位を明確にしてから行ってもらいたいものです。
 
大型病院=総合病院=高齢者最後の行先になってしまった日本の医療体制は、この機会に、大型病院の主な役割を他の医療先進国のように、救急医療中心に変える時に来ていると思います。
国や行政機関もまったく同じ問題ですが、上から下まで、同じスタイルの規模の差ではなく、規模に応じた役割分担をもっと明確にすべきかと思います。

日野原さんなどは、早くから総合病院は各専門医の間を検査でたらい回しにしていくのではなく、受付段階で総合医のような立場の先生が適切な診察手順を判断すべきだと言ってました。しかし、本来はそれこそ身近な地域のかかりつけ医がすべきことのはずです。
スウェーデンでは、確か70年代くらいから、地域医療を軸にすえて診療所がまず地域の患者を看る体制をつくりました。それは日本のお寺の檀家制度のようなもので、診療所で受け持つ住民の数で医師の基本報酬が決まる仕組みなので、薬や治療手数を無闇に増やす動機そのものがありません。風邪をひいたくらいでは、薬も出してもらえないほどです。
 
高福祉高負担の北欧では、効率を上げてなお行政コストを下げるため、
国は経済保障、
県は医療サービス保障、
日本の市町村にあたるコミュニティは生活サービス保障
といったすみわけができてます。
 
今後、コロナに限らず未知のウィルスは、毎年のように出てくる時代です。
早急に今の対処療法的政策をやめて、抜本的な医療をはじめとする国の枠組みを作り変えていかなければなりません。
 
こういう話しをすると必ず出てくるのが「財源論」です。
しかし、常にそうした場で出される「財源論」は、国でも企業でもほとんどの場合がウソです。
何事でも大事なところにお金をまわすのが仕事であり、そこにお金を引っ張ってくるのが仕事だからです。財源論の大半は、「その問題はそれほど重要ではない」という本音の別表現にすぎません。
事実、ヨーロッパでは、この緊急事態下では、国の予算の財政規律(プライマリーバランス)を求めることは除外することを真っ先に国会で決議して事態の対応にあたっています。
 
そうした判断は、決して日本で出来ないことではありません。
難しいことだからわからないのではなく、過去の事例や他国の事例に学ぶ姿勢が欠けているだけです。
 
社会の枠組みを変える議論を、上の方の人達へのお願いではなくもっと私たちの間で活発化して、対処療法に追われることのない明るい日本をサッサと築いて行きましょう(^^♪

 「政治に無関心な人民は愚かな政治家に支配される」
             (古代ギリシャの格言)

日本で元々遅れている救急医療体制が整備されれば、今回の新型コロナもワクチン頼みではなく、それほど過度に恐れるようなものではないことがわかると思います。
 
といっても、オリンピックは早く止める決断すべきと思ってますが(^_^;)
 
慌ただしく無理にまとめまてしまいましたが、
どうぞ皆さま、良い年をお迎えください。
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人は図らずも正しいことをするようにできてる 〜性善説と性悪説〜

2020年02月10日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

こんなことを言っても、今どき信じてもらえないでしょうが、

人は、図らずも、正しいことをするようにできている。

 

これは、性善説ということではなく、人間に限らない自然界の根本法則です。

 

水は、考えることなく

岩に当たれば砕け散り、

大きな石があれば、迂回するものです。

 

その水は、やがて大地に染み込み、

大海に溶け込みます。

 

大地に染み込んだ水は、地下水となり、

海に溶け込んだ水は、水蒸気となって雲になり、

循環していきます。

 

また障害となった固い岩は、砕け、

長い時をへて砂となります。

 

つまり、万物は流動するときに、

絶えず変化をしながら、「安定」へと向かっていきます。

 

これが有機的自然、無機的自然を問わず、

自然科学、社会科学を問わず、

万物に共通する自然法則です。

 

この自然法則のが貫かれるので、

人は図らずも正しいことをするようにできてるのです。

 

これが、行われない時というのは、

動くべきところで動かず、

流れる時に流れないときです。

 

障害があれば水は迂回します。

長く抵抗し続ければ、岩でもやがては砕けます。

ものごとを短期的にぶつかる瞬間だけを見れば、

悲観論や性悪説になりますが、

長期的に見れば自ずと楽観論や性善説となります。

 

そこに能力の有るなしとか、

経済力があるからとか、

時間があるかどうかも関係ありません。

価値観の問題でもありません。

ただ、自然界の道理なだけです。

 

そんなことをこの本は教えてくれます。

 

エイドリアン・べジャン『流れとかたち』紀伊国屋書店 2013年 定価 本体2,300円+税

エイドリアン・べジャン『流れといのち』紀伊国屋書店 2019年 定価 本体2,200円+

 

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「インビクタス」の詩の表現

2019年08月28日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

I am the master of my fate:  
私が我が運命の支配者

I am the captain of my soul.  
私が我が魂の指揮官なのだ

映画「インビクタス」で知った詩の一節です。


 これはなにも獄中で戦い抜いたマンデラや世界一のラグビーチームを率いた強い意志を有する者、特別な「私」だけの言葉ではなく、普通の人びとが持てる言葉と理解したいので、訳も少しだけ変えたほうがいい気がします。
意訳ということになりますが、

 

我こそが我が運命の支配者

我こそが我が魂の指揮官だ

 

 

  • INVICTUS

    by William Ernest Henley

    Out of the night that covers me,

    Black as the pit from pole to pole,

    I thank whatever gods may be

    For my unconquerable soul.

     

    In the fell clutch of circumstance
    I have not winced nor cried aloud.
    Under the bludgeonings of chance
    My head is bloody, but unbowed.

     

    Beyond this place of wrath and tears
    Looms but the Horror of the shade,
    And yet the menace of the years
    Finds and shall find me unafraid.

     

    It matters not how strait the gate,
    How charged with punishments the scroll,
    I am the master of my fate,
    I am the captain of my soul.

     

    私を覆う夜の闇、
    地中深くに掘られた穴のように暗い闇の中で
    私はどんな神だろうが感謝する
    この屈服せざる魂を私に与え給うたことに

     

    恐ろしい危機的状況の中でも
    私はたじろぎも泣き喚きもしない
    運命のこん棒に殴られ続け
    頭は血まみれでも、その頭は下げない

     

    たとえ怒りと悲しみの果てに
    死の恐怖が迫っているだけだとしても
    何年もの脅しに晒されようと
    私は恐れていないし、これからも恐れない

     

    いかに狭き門だろうが、
    いかなる裁きの法が待っていようが関係ない
    私は自らの運命の支配者であり
    私は自らの魂の指揮官である

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結局、大人が問題(加筆転載版)

2019年08月20日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

 

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大事なおススメ本でありながら、しばらく版元品切れで入手できなかった本が
ようやく重版され入荷ました。
 

 

 
 
結局、こどもの問題の大半は、
 
大人が問題で、
 
しかも、大人の問題です。
 
 
 
子ともの現場で起きている問題と同じ問題が、
ほんとうは大人の現場でも起きており、
大人の問題と子どもの問題は同時並行で世の中では進行しています。
 
大人の問題に向き合えず、解決できていない問題が、
そのまま子どもの社会でも起こり、
それに答えられない大人、
向き合おうとしない大人がいます。
 
そんな現実にまた新しい始点から問いかける素晴らしい1冊が刊行されたので、
フェアとしてまとめてみました。
 
 
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その1冊とは、
です。
 
こちらの本も、売りたい本でありながら、
なかなか十分な数を仕入れることが出来なかった1冊です。
 
 
イメージ 2
 
この2冊を通じて見えてくるのは、
 
教師であれ、親であれ、友だちであれ、
問題に直面している子どもたちが求めているのは、
問題に対する「答え」ではないということです。
 
また親であれ、教師であれ、
課題に直面している子どもに対して、
常にその答えを持っているとは限らないということです。
 
そこをつい親や教師はごまかしてしまいます。
 
そこをごまかすことなく、子どもと一緒になって考えるというのは、
とても難しいことだからです。
 
その難しいことから逃げて
社会の枠、学校の枠に押し込めてしまう大人たち
 

早世の画家・石田徹也(1973~2005)の作品「囚人」より(部分)
 
 
もう一度考えてみてください。
 
子どもたちに「いじめ」はいけないと教えている大人たちが、
その大人たちの職場や地域で
自分の隣人が「いじめ」や「差別」に直面した現場に居合わせたら、
 
子どもとは違うどのような行動が取れるでしょうか。
 
 
大人自身が容易には解決できない問題が
「親」や「教師」という立場になった途端に
問題に向き合うことを避けたまま
単純な答えを押し付けて誤魔化してはいないでしょうか。
 
たしかに目の前のそうした問題に対処することは
とても難しくやっかいなことばかりです。
でもそれらの課題に向き合うことこそが
教科書で多くのものを学ぶよりもずっと大切なことです。
 
 
すぐに答えは見えなくても
子どもと一緒になって考える力が何よりも必要なことではないかと
これらの本を見ると気付かされます。
 
私たち大人に求められていることは何なのか
そんなことを考えることができたらと思い
このフェアを企画してみました。
 

 

以上、ブログ「正林堂 本の気休め」掲載文を加筆転載しました。 

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企画・イベントより、まず競争力のある商品とサービス

2018年12月04日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

毎度、どこに書いたか見つからなくなったテーマです。

最近、繰り返しこのことの重要性を感じる場面に直面しているので、
もう10年近く前ですが、mixi全盛期のコミュで行ったやり取りをここに転載することにします。 

何人かの方々とのやり取りですが、相手の方々の了承を取るのが難しくなってしまったので、
自分の部分のみ書き写すことにしました。 



**** 以下、引用 ****


はじめまして。 
実態を見れば見るほど。日本中の商店街の多くが絶望的現実に直面しているのを見て、こうしたコミュニティにとても期待をしております。 

全国各地で地域活性化、商店街復活のさまざまな取り組みがされていながら、どうしてこれほどまで長年、ほとんどの地域で衰退に歯止めがかからない実態があるのでしょうか。 

私は、問題の立て方の多くが、街や商店街に人が集まる最大の理由は、「そこに魅力のある商品やサービスがあること」が第一であるはずなのに、そのことを本気で取り組まずにイベントや行政依存の企画に終始してしまう場合があまりにも多いのではないかと思ってます。 

今、伸びている業態、郊外店やショッピングセンターに人が入っているのは、ただ単に大きいから、便利だから、駐車場が広いから、安いからというだけではなく、確実にそこに魅力のある商品やサービスがあることが第一であり、どこもそのための努力を必死に続けているものです。 
巨大ショッピングセンターですら、その競争に負けたら10年も経たずに巨大ゴーストタウンになってしまう現実が、アメリカではすでに始まっています。 

膨大なお金と労力を投下して幹部の多くが夜中まで競争にしのぎを削ってしる業界に対して、商店街のお店の多くは、満足な掃除もせず、商品の入れ替えもせず、あまりにも他人のせいにしたまま、「考えている」といいながら、会議や企画、視察研修などにあけくれてはいないでしょうか。 


でも、個々の意識の問題だけにしてしまったら、問題解決の糸口は遠のいてしまいます。 
現実には個々の成功例をいかに広げ普及していくか、ということになってしまいますが、もう少し視野を広げてみれば、誰もが「いかに食べていくか」という、根本的視野にたって仕事というものをとらえ直す作業も大事であるかと思います。 
「どこになら参加できるか」といった仕事観から、自分が「何をすることができるのか」をはっきりととらえられる仕事観に切り替えていくプロセスが求められます。 

私自身、まだ十分整理しきれていない問題なのですが、 
下記のサイトで関連する雑文スケッチを書いています。 

「起業力・創業力(イノベーション)の時代」 
http://kamituke.hp.infoseek.co.jp/page174.html 
「アワニー原則、サスティナブル・コミュニティのこと」 
http://kamituke.hp.infoseek.co.jp/page178.html 
「議論・分析ばかりしてないで攻めてみよ」 
http://kamituke.hp.infoseek.co.jp/page153.html 

問題の整理に助言をいただけたら幸いです。




かみつけ岩坊

みなさん、貴重なご意見、反応ありがとうございます。 
mixiに参加してほんとによかったと思います。 

最初のBさんの整理、「二つの主体」という整理をうけると、もう少し、強調しておきたいことがあります。 

実は今年、6月に長浜の黒壁の街を奈良へ行くついでに見てきたのですが、すばらしい街並みをつくられてとても関心させられたのですが、あそこの成功は、商店街としての成功ではなく、観光地化としての成功であると感じたことです。 
すばらしい街並み、おしゃれな店が立ち並んで平日にもかかわらず、結構人が入っていましたが、商店街のなかに、地元の人たちが繰り返して日常の買い物をするような衣料品や八百屋や魚屋などの食品関係の繁盛店はあまり含まれていない、と感じました。 
全国で求められている商店街の復活とは、まず、そこで生活している人々の日常の欲求が満たされるところであると思います。 

この点がSさんの指摘されるような、たとえイベントで成功しても売上げにつながらない問題につながると思います。 

この日常ということに付け加えれば、よくおしゃれな店やこだわりのお店の成功例が、話題性のわりに長続きしていない現実があります。 
雑貨店などに多いのですが、よく努力して作ったこだわりの店ほど、いい品がありますね、と褒めてもらえながら、いつ行っても先月、先週来た時と同じものがならんでるので、褒めてあげても買うものがないという姿を目にします。 

私の本屋などでも、すぐそうなるのですが、お客さんは必ずポケットに千円二千円の金は持って、何かいいものがあれば買っていこうと思っているのに買うものがない、という実態がほとんどなのです。 

このことが、イベント・企画依存の発想と同じ問題をはらんでいます。 

その意味であくまでも、主人公は、お客さんでも、従業員でもなく、一番の主人公は商品なのだと思います。 
 商品が季節によって、時代のトレンドによって変わるから、人(お客や従業員)のシフトが変わるのではないかと。 
魅力のある商品があるから人が集まるのであり、また新しい別の商品が入っている期待があるこらこそ、また来ようという気になるのだと思います。 
 そこに個々の業種ごとに力を入れていくこと、最優先で手をかけていくを抜きにして、人が集まっても、やはりエネルギーーのそそぎ場所が違うのではないかと思います。 

地域活動やボランティアも大事ですが、まずその前に、その街を支えているそれぞれの仕事を通じて、その人ならではの関係を築いていくことが、街づくりなのだと思います。 
肉屋さんは、肉の販売を通じて街をささえることが大事、魚屋さんは「今日は旬のいい魚が入ったよ」と薦めてくれることでそこの人間関係が育てられるのだと思います。 
これが大事だということがわかっているから、伸びている大手ほど、その店独自の商品開発に力をいれるのだと思います。 

もう一度言わせてください。 
街づくりを考えるのであれば、あなたの扱っている商品に最大の関心を向けるべきではないかと。 


新鮮な野菜や旬の魚が手に入り、先月、先週来た時と違うものがお店にある

 

 

 

かみつけ岩坊

Bさん 
度重なる失礼、深くお詫びいたします。 
そればかりか、懲りずに丁寧な情報をいただきありがとうございます。 

Nさん、とても内容のある書き込みありがとうございます。 
(つい先ほど別なコミュではなさんという方から書き込みいただいたのですが、別な方ですね。また間違えないように気をつけます。) 

はじめにもう少し明確に言っておくべきだったかもしれませんが、私は企画・イベント自体に反対はしておりません。 
そればかりか、私のホームページをのぞいていただければ、利益につながらない催事でも積極的にやる方の人間であることも想像していただけるかと思います。 

どうしても、問題提起する側の立場から、多少、挑発的な出だしになってしまっていた面があったかと思います。 

こと企画・イベントに関しては、私は利益につながらなくても、それを実行する当事者が、それが面白いからやる、楽しいからやるという性格のものでなければ、人に訴える価値のあるものにはならないと考えてます。仕方なしに参加するひと、イヤイヤ参加する人の問題は二の次にして、「何々のため」よりも、まず自分たちが面白いと思うことをやるべきだと思います。 

それと商人であれば、また事業者であれば、出来ることであればなんでもやる、というのがまず基本。 


このことを前提にしたうえで再度、言わせてください。 
「企画・イベントよりも、まず、競争力のある商品!サービス!」と。 

商いとは、よく言われるように文字どおり「飽きない」です。 
それは、従業員にとっても、お客さんにとってもです。 
そして商売とは、ひとりひとりのお客さんとの信用の積み重ね、ひとつひとつの商品の信頼の積み重ねによって長い年月をかけて培われるものです。(これを私が言うのはとてもおこがましいことですが・・・) 

今、10年、20年という長い歴史で売り上げが落ちる、客数が減るという現実をかかえた商店街が、これから10年、20年とかけてお客さんとあらためて築いていかなければならない「信頼関係」とは何でしょうか? 


信頼を築くというのは、決してひとつのことでなせるものではありません。 
親しみのある接客やコミュニケーション、あるいは地域の話題性などが支えるものも不可分のものであると思います。 

しかし、繰り返しますが売り上げが落ちる、客数が減るという結果は、そこにお客さんが欲しい商品やサービスが無かったからであるという現実を、まずしっかりと受け止めるべきだと思います。 
いくら愛想がよくても八百屋に行って新鮮なものがならんでいなかったら、その八百屋のお客さんとのコミュニケーションは成り立ちません。私のいる本屋の業界であれば、本のこと聞いてわからない店から買う気にはならないのは当然だと思います。 

地域を支えるというのは、ボランティアやいろいろなの団体の活動も大切ですが、まず、そこにいるあなたの携わっている仕事、サービスを通じて地域に貢献することがなによりも基本でなければならないと思います。それが元気な商店街の基本ではないかと思うのですが。 
ただ人のよい「人間一般」が地域を支えているのではなく、なんらかの職業、仕事を通じてこそ、そのひとの社会的役割が担われ、地域が育っていくものだと思います。 

企画・イベントに意識が向かいすぎると、マスコミに取り上げられることで妙に喜んでしまう例もよく見ますが、それはあくまでも補助的な宣伝手段としてで、その地域のお客さんの間で先に話題になるようでなければ実質が伴ったとはいえないと思います。 

自分の店の商品とお客さんに対する関心を第一に考えないで、商店街の活動や企画・イベント、マスコミ戦略に一生懸命になっているひとがあまりにも周りに目立つので、こうした問いかけをせずにはいられませんでした。 

また寝不足になりそうなので、この辺までにしておきます。 

 

かみつけ岩坊

 昨日、地元の新聞記者が商店街の取材に来ました。 
 これまでの取材の話などを聞いていたら、どうもまだ自分の言っていることが強調し足りないのではと感じてしまいました。また、2,3のことを書かせてください。 


 まず今回は、どうして自分の店に魅力あるサービスや商品を生み出すことを優先して行えないのか?ということについて。 

 その実体をよく見てみると、自分の店でもそうなのですが、店の棚に商品が埋まってさえいれば、ついそれで売り上げがついてきて当然かのような錯覚に陥ってしまうということです。 

 客数が減る、売り上げが落ちる、ということは、どんなに競合店が出ようが、立地が悪くなろうが、そこに来たお客さんがそこに買うものがなかったという結果の積み重ねにすぎないのだと思います。立地が悪かろうが、駐車場が少なかろうが、そこにお客さんの欲しい商品や満足の出来るサービスがあれば、お客さんは必ず来てくれる時代だと思います。 

 そこに自分が踏み込むためには、まず、自分の店のなかのお客さんに支持されていない商品(売れていない商品)、実績のない商品を、店から無くすことを第一に考えなければならないと思います。 
 「返品できない売れない商品があるから、新しいものを入れられない・・・、」 
 これは商売の最悪のパターンです。 

 最近話題の健康哲学でもそうですが、栄養やカロリーをいかに取り入れるかを考えることよりも、まず、健康な排泄が出来ないと、入ったものも満足に吸収できないで終わってしまう。 

 ユニクロやセブンイレブンの成功例などを見ても、仕入れミスのリスクを自分が背負う覚悟のない仕事(返品できるからいい、廃棄処分はもったいないといった感覚)は、絶対に最終利益を生まないことがわかります。 
 仕入れの失敗の経験にほんとうに学ぼうとするならば、その失敗のコストは定価できちんと背負うべきなのです。 

 その意味でも、店のなかの「死に筋」といわれる商品は、火をつけて燃やしてでも、店から排除する覚悟が商人にはなによりも必要なのだと思います。 

 よく単純に死に筋を排除すると、回転の低い大事なものも無くなってしまうといわれますが、実際に実践しているお店はそうはなっていません。死に筋を排除していない店の多くは、売れ筋も死に筋も区別しない売り方をしているからです。 

 この死に筋を店から無くす、実績のない商品を店から排除するということが、個々のお店にとって最大の企画・イベントの前提条件になっているのだと思います。 

 繰り返しになりますが、お店の商品が、まず新鮮なものに入れ替わること、これこそお客さんのポケットのなかにある千円、二千円を出してもらえるかどうか、一番の決定打だと思います。 

 「老害」トピでななさんが言っていた「やる気のない前例踏襲主義」の問題にも共通しますが、 
売れない商品は、火をつけて燃やしてでも、店からまず無くす勇気と覚悟は、常に私たちに問われている問題だと思います。


かみつけ岩坊

ここのところ、仕事で少し滅入っていたところ 
ななさんのおかげで、ちょっと元気が戻りました。 

何度も繰り返しますが、 
商売やビジネスたるもの、出来ることはなんでもするのが原則ですが、 
最大の経営資源を投入するべきところは、 
なによりも競争力のある商品とサービスの開拓だと思います。 
そこに熱くなるものがなければ 
経理収支計算や企画イベントをいくらやってもダメ! 


ここで、もうひとつの視点で強調しておきたいのが 
コンサルタントとの上手なつきあい方です。 

コンサルタントも儲けることに対してはプロです。 
コンサルタントの儲かることと、自分が儲かることはよく見極めることが必要です。 
私も今、親しくおつきあいさせていただいているコンサルタントがいるので、言葉には気をつけたいのですが・・・。 

コンサルタント業務の習性として、 
どうしても「お金の取れる方」へ業務が流れる必然的傾向があります。 
現実に商店街が伸び悩んでいても、 
衰退しきっている個々のお店からお金を取ることは 
とても難しいのが現実だと思います。 
それよりは、商店街組合や行政についた方がはるかに 
お金の取れる提案ができると思います。 

実際には個々のお店の経営相談に 
多くのコンサルタントが熱心に応じてくれていますが、 
そこにお金の取れる関係はなかなかつくれないものです。 

個々のお店に競争力がつかなければ、商店街は 
いくら見かけをなおしても活性化されないことはわかっていても 
お金の取れる方から手をつけざるをえなくなってしまい、 
企画、イベントに話をもっていかれがちなのです。 
ときたま、企画イベントこそ特効薬かのように思っている 
私には理解できないコンサルタントもいますが・・。 

もし、一流のコンサルタントであれば 
「うちにはコンサル料払う余裕なんかないよ、 
でも必ずなんとかしてみたいと思っている」という事業者にたいして、 
事業者がコンサルを難題をふっかけて、いじめればいじめるほど 
次の手や知恵を提供して食い下がってくると思います。 

もし、二流のコンサルタントであれば 
あなたが自分の企画にのらないことが、いかにわかっていないかということばかりを 
懇々と説明してくれることと思います。 

金を払えば払っただけなんとかしてくれるはず 
なんて関係では、商人失格ではないでしょうか。 

なにごとも自分の必要なものは、自分で見つけてくる力がなければ 
いくら優秀なヒトを雇っても、いくら大金を払っても 
成功するわけがないと、いまどきの行政のお仕事を見ていると 
つくづく感じます。


   **** 引用、ここまで ****


といったようなやり取りでした。

小阪裕司さんに言わせれば、
導入するシステムやプロモーションのテクニックの問題ではなくて、
「高い提供価値を持つことが最重要」なのであって、それは

「探される力」なのです。 



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心強い1%のリアルな力(ダイジェスト)

2018年10月20日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

小さい頃から転校を繰り返してきた私は、自分の立場が常に少数派、マイノリティーであることには比較的慣れている方だと思っています。

それは少数派であるというよりも、むしろ100対1くらいの力関係の中で生きている感覚です。

ところが最近、ふと気づいいたのですが、同じ100対1という僅か1%の立場であっても、

分母を100ではなく1000にすると、分子は10になります。

自分と同じ立場の人間が10人もいると思うと、ちょっと気持ち悪くなるくらいです。
 

だいたいは、同じ考えの人間が2、3人もいれば十分なもので、

もしも「七人の侍」のように、それぞれ違う能力や芸のある仲間が7人も集まれば、

完璧とも言えるほど強力な集団になることと思います。

 

このことに気づくと、自分が常に少数派、マイノリティーの側であることは、

なんらハンディーや不利につながるようなことではなく、

もともと何かことを始めるときには、当たり前の立場であることに気づかされます。

多数派になれないから不利なのではないとうことです。

どんなことでも、二人目、三人目を探し出すことこそが大事な一歩であるはずです。

多数を形成するために必要なのは、この一人目、二人目の「覚悟」こそが大事で、

その覚悟を持った人の周りにこそ、多数の応援者やギャラリーがつくといった感覚です。

それを抜きにいきなり「皆んなで」とか「大勢」に多くを期待したり、

多数の側の「正義」を信じてしまうような勘違いは避けるべきでしょう。

 

時代が、行動する前に正しいかどうかを議論することよりも、

まず実践して試してみて検証しながら前に進むことの方が、

はるかに大事であるということがわかり出してきたような気がします。

そんな時代に、多数派でなければ始められない、勝てないといった論理は馴染みません。

 

細かく考えると、それにはいろいろな但し書きも必要になってきて、

それにこだわりだすと、また多数決型民主主義に戻ってしまうのですが、 

まずは、一刻でも早く

「やってしまえ」

あるいは、やることを「許容してもらう」ことが重視される社会になるべきで、

今、世の中は着実にその方向に向かい始めているのではないかと感じています。

 

どんな環境にあっても、自分が1%の存在であることは、決して心細いことではなく、

分母を1000にすれば、1%で十分な立場であることに気づかされました。


そもそも世の中というのは、たくさんの1%の積み重ねで成り立っているのですから。


 

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心強い1%のリアルな力(多数決型民主主義からの脱却)

2018年10月19日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

以前どこかに51人の考えを49人に押し付ける民主主義が正しいといえるのだろうか、といったようなことを書いた気がするのですが、毎度のことながらどこに書いたのか確認できません。

このことは政治の世界だけでなく、企業組織や地域づくりなど、いたるところで直面しているので、私にとっては考える機会も多いテーマで、この間いろいろ考えてきてたどり着いた視点があるので、またつらつら書いてみます。

 

まず第一のポイントは、どうも現代の多数決型民主主義の前提が、独立した個人の集合としての多数決よりも、集団(組織や派閥)相互の対立を前提にした性格が強いように思えてならないことです。

(日本の学校教育が、そうした独立した個人の集まりとしてみない集団管理型教育に留まっている後進性の問題も大きく関わっていますが、それはまた別の機会に書くことにします。)

そもそも過半数を取れば認められるという考え方、つまり51人の賛同が得られれば49人の意見は無効になるなどという論理は、極めて限定的な場合のみに適応されるべきことであって、それが通れば51人の立場は勝ったから当然かのような「正義」としてまかり通るなどというのは、絶対おかしな論理のはずです。

それがまかり通るという昨今の事例は、ほとんどが100人の個人のうちの51人の賛成と49人の反対という構図ではなくて、100人が所属している組織や派閥同士の争いを前提にしている場合が多く、組織相互の主導権争いの決着方法として機能しているにすぎないように思えてなりません。
極論すれば、初めから与党対野党の対立構図があり、与党の立場は初めから法案を何とか通す目的で臨む都合、妥協できる範囲の模索と十分審議は尽くされたというアリバイ確保のための審議であり、議論をしていたら立場や考えが180度変わるなどということは、初めからありえない構図で戦っているのです。

かりに立場が野党の立場であったとしても、そこは主導権を持っている側に対するアクションという意味で機能していることが多く、もしも、その100人を構成している個人が何の組織にも属さない独立した個人の集合として(現実にはそのような想定は難しいものですが、組織化されていない市民が一堂に会するような想定は徐々に現実味を帯びてきています)

こうした問題を一般論として語るのは無理があります。

 

しばしば地域で意見が真っ二つに割れる例として、ダム開発や基地問題があります。
どちらも巨大プロジェクトとなる事業を軸にしているため、地元でその利害(恩恵)に関わる人たちと、恩恵如何ではなく、安全や平和を求める人たちの間で、51:49の「正義」の攻防が繰り広げられます。

それが、ここ十年くらいの間に政治の世界では、小選挙区制と安倍内閣の登場とともに、どちらが51の側になるかに関わりなく、その51人の「正義」が絶対的力を持つかのようになってしまいました。

いつの時代でも国民の総数からすれば多数派であっても、議会で多数派になれない限り少数派に変わりはなく、弱者の側であり続けたわけですが、それでも少数派は生命が脅かされるような問題であれば、議会の多数決以外の様々な抵抗でその立場を守ることが、簡単ではありませんがしばしば可能であったと思います。


51人の多数派であっても、命に関わるような大事なことであれば、たとえ相手が49人はおろか仮に1人であっても、通常は蔑ろにはしにくいものです。
事実、わずか数人の少数派であったとしても、重要な問題であれば、世論に訴えたり、司法を頼ったり、デモなどの恣意行動をはかったり、様々な抵抗手段はあります。
また多数派の側も渋々かもしれませんが、そうした意見や抵抗がある限り、完全に無視することはできずに決定を見送ったり先延ばししたりすることもありました。

それがなぜか、長い議会制民主主義の歴史のなかでも安倍内閣に変わってから急に、49人の側の中身はいっさい問うこともなく、ただそこにあるのは、51人で多数派になったという主導権をとりさえ取れば、49人には構うことなく何でもありの世界になってしまいました。


近頃は、何かにつけて様々な活動で組織を相手にすると、物事を前に進めることが難しくなってしまい、結局は個人で自分の責任でするしかないのか、またはそうすることこそが正しいのか、と思うに至ることがとても多いのです。

異なる考えや立場の人同士が議論するときは、互いに積極的な意見を出し合っているにもかかわらず、議論のマナーやルールが未熟なばかりに意見が押しつぶされてしまったり、提案者自身が自らの意見を諦め投げ出してしまう場面を幾度となく目にします。

そもそも、民主主義というのは、最も効率が悪く手間のかかるやり方なわけですから、本来、相当な根気を持って臨まなければならないものですが、そうした訓練自体、大人になるまで現代日本ではほとんどされていません。

そんな民主主義の原点が、どこにあるのかさえも見えなくなってしまったかのようなこの国の姿がいまあります。

 

 

実践を優先する民主主義へ

そんな折に他方で、そうした難しい現実を突破している例もあることを知りました。

初めから組織を相手にして物事を進めようとすると、必ず意見が分かれて、妥協点を探ると内容が薄められてしまったり、目的そのものを諦めざるをえなくなったり、さらには説得し続けるうちにこちら側の心が折れてしまう、などの場合がとても多いのものです。

そこで「行動派民主主義」とでもいうような「論証」よりも「実践」を重視する活動の世界があります。

より早く一歩を踏み出すことによってこそ道が開ける活動なので、ことを起こす前の段階で、それが正しいかどうかを深く議論することにはあまり労力は割くべきではないという考え方です。

この行動前の不確実な要素が多い段階で、賛否の議論をすれば当然、未知の領域を不安視する意見が出て否決されてしまうのがオチです。ところが競争環境の激しい先進企業多くの現場では、そこを早く踏み出さない限り、良い結果を出せないのも目に見えています。

そこで役員会議で議論をした時に多数決を取れば、あえて少数意見の側を取り入れた方が、競合相手に真似をされにくく優位に立てると、あえて多数側の意見を排除したり、大勢の議論よりもトップダウンの決定を優先したりする方が良い結果を出せるというわけです。
もちろん、この選択は楽な道ではありません。
でも、そもそもより多くの付加価値を求めるならば、あるいはより強い競争力を求めるならば、当然の選択でもあります。

この「実践」や「行動」を優先する民主主義でより重要になってくるのは、結果の検証です。仮説で走り出すことを優先しながらも、その結果や経緯を見て絶えず検証と修正を行う力が求められます。

ここが行政と民間の最大の違いだと思うのですが、行政はほとんど企画書が通れば、あるいは予算が通れば9割の仕事は完了かのようにみなされます。
十分な結果が得られなくても誰も責任を取らず、危機感を持って修正されることはほとんどありません。 

ところが民間の場合は、企画が通ろうが予算が通ろうが、その商品やサービスが売れなければ何のゴールにもならないのです。

予算執行率ではなくて、目標(売上げや利益)の達成度こそが全てなのです。

本来、そこは行政であろうが民間であろうが同じことのはずなのですが、そこにオーナー(出資者、納税者)がいないばかりに、「行政」は結果に責任を取りません。クオリティーを上げる努力をしてこそ結果が伴うのに、予算執行率にしか関心が向かないのです。

多くの事業が、企画が通り予算を獲得してからは、民間などに丸投げされるだけで、監査を受ける内容は不正な支出がなされていないかをチェックするレベルに留まっています。 

いまだに予算を使い切ることこそが最大目標になってしまっているのです。

いくら経費がかかろうが時間がかかろうが、売れるかどうかこそが最大目標である民間企業とは、天地の開きがあるにもかかわらず、私たちの税金がそのような論理で今も大真面目に使われ続けているのです。

理論上の正しいかどうかや、その考えが多数に支持されているかどうかよりも、様々な現実の壁にぶつかり、必要な結果に至ることがいかに難しいことかを前提にして課題に取り組むことこそがどれほど大事であるかということを、これからの時代は十分認識しなければなりません。

 

 

1%がもつリアルな力

さらに、この現状への疑問に一層心強い後押しをしてくれたのが、現実の「1%のリアルな力」の姿です。

私は小さい頃から転校を経験してきたこともあり、もともとマイノリティー、アウトサイダーであることが「自然な?」立ち位置かのように育ってきました。
そんなせいか、いかなる組織でも100対1くらいのアウェイの環境であることに、好んでいるわけではありませんが、私の側にはそれほど強い抵抗はなく育ったような気がします。 

何事も1対1の関係こそが基本で、複数といえども2人目、3人目こそが大事であることに変わりがないと思っています。またどんなことでも、物事を始めるときというのは、「自分一人でもやる」という最初の覚悟が基本であることにも変わりがないからです。

にもかかわらず、確かに現実は自分が多数を背景にしていないことで、多くの壁にぶつかります。

 

そんな折、一見数字のトリックかとも思いましたが、現実的な大きな気づきがありました。

それは、先の100対1の関係でばかり、自分が不利な立場であると思っていましたが、分母を100から1,000に変えると分子は10になります。

分母を1,000に変えると仲間は10人もいるのです。

これは私には多すぎるくらいです。

分母が1,000人になったとしても私には7人もいれば完璧なくらいの数です。
たとえ分母が1,000人になったとしても、3人から5人もいれば十分なのです。 

「七人の侍」とは、よくできたもので、芸や技術、才能を持った人間が七人も集まれば、最強の集団になるのです。

つまり、1%を100分の1と見るのではなく、1000分の10と見ると、
そこには十分すぎる仲間がいることになるのです。 

何か新しいことを始める時は、だいたいは二人目、三人目のこころ強い仲間が見つかれば十分なものです。

この二人目、三人目を探し出すことを抜きにして、安直に「多数」でなければ始められないと考えてしまうのは、とんでもない勘違いと言えないでしょうか。

多数になればなるほど、「覚悟」や「責任」から遠ざかってしまいように思えてなりません。 

 

ところが現実には、この一人でもやる覚悟や少人数でまず試してみる行動優先型の多くは、その後の検証が甘くなりがちなのも事実で、残念ながらしばしば「独裁」への道にもなってしまうものです。 

この100人にひとりの行動や、1000人に3〜7人の行動が、その他残りの圧倒的多数の人びとから最低限の許容を得られるかどうかは、実践プロセスの公開性やその後の検証、他人の意見も聞きながら行えるか、などにかかっているのですが、そこでまたみんなの意見を聞いていたら、また多数決型民主主義に戻ってしまいます。


ここは、ざっくりとした結論で申しわけありませんが、 100対1というレベルの少数派とも言えないマイノリティは、決して弱者であったりマイノリティーだということなのではなく、そもそも民主主義の原点に返れば、その一人こそが民主主義の一番の出発点であるのだという「覚悟」が、基本であるということです。

その「覚悟」を持った一人に、もしも、同じ覚悟を持った二人目、三人目があらわれたならば、
こんなに幸せで心強いことはありません。 

万が一、それが七人でも集まろうものなら、映画ならずともそれは「出来すぎ」と言いたいほどです。

ものごとの道理からすれば、多数派を形成しなければ始められない、というのではなく、いかなる場合であっても、一人から始まり、一人ひとりによって構成されている「多数」なのだということです。

多数決型民主主義も大事であることに変わりありませんが、これからの時代はそれが全てではないということも理解していかなければならないと思います。

 

     なくてもともと

     一人か二人いたらば秀

     十人もいたらたっぷりすぎるくらいである

          茨木のり子「友人」『おんなのことば』(童話屋)

 

 

 

ちょっとうまくまとめきれないので、
ダイジェスト版を作りました。 

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「逆境の乗り越え方」いろいろ

2018年06月08日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

人が逆境に陥ったときどう対処するかといったようなことを、時々妻と車の中で話しています。

そんなとき多くの人は減速してその逆風を避けようとするものです。

私自身も、ものごとうまくいかないときは何をやってもダメなもので、
そんなときは無理をしないに限る、とただやり過ごすことが多い気がします。

ところが妻は、私と違ってとてもきっちりとした性格なので、
どんな苦境に陥っても、やるべきことはやり続けなければダメだと決めています。

どちらを選ぶにしても、自分の性格に合わないことを無理してやっても報われないだろうくらいに考えていたのですが、斎藤一人さんから、ちょっと別の見方を教えてもらいました。

 

人は向い風にさらされると、つい減速してしまうけれども、
物理的な原則からすれば、飛行機が向い風にぶつかったならば、
減速ではなくて加速をするべきであると。


向い風が吹いた時には加速することでこそ、機体はふわっと浮き上がることができる。
その時に減速してしまったならば、機体は墜落してしまう。

 

 

 

そうそう、大事なのはここだよとよく妻に話していたのですが、
つい最近、またこんな会話をしているときに、とんでもないことが思い浮かんでしまいました。

ものごと逆風が吹いたときにこそ加速するべきだ、ということ
これを別の言い方をすると、

 

傷口に塩を塗る ⁉️

 

ということなんじゃないのか?

 

これに気づいたときは、その意味のギャップに思わず笑ってしまいました。

 

でも、しばらくときがたつと、これは大事な言葉なので、

笑ってごまかすわけにはいかないなと思いました。

そこでちょっと冷静に考えるとじきに答えは見えてきました。

 

逆風が吹いたときにこと加速するべきだという考えは、
「自分自身」がすることです。

それに対して、
傷口に塩を塗る、という行為は
「他人」がすることです。 

ものごとを切り開く道は、自分の行いによってのみ切り開かれる
ということだけは確認することができました。

 

でも、この「逆風に出会ったときにこそ加速する」と類似の表現として

「傷口に塩を塗る」という表現の引き合いは、

今後もネタとして使わせていただきます(笑)

 

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パソコンを使うように自分の脳を使いたい

2016年07月20日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

いまや暮らしの隅々にまで浸透しているコンピュータ。

その進化の目覚ましさを見れば見るほどに、人間の脳の素晴らしさがあらためて浮き彫りになってくる面もあります。

また、AI技術が進歩するにしたがって人間とその境界も難しくなってきますが、これもそもそも「人間性」とは何かということが真剣に問われる良い機会にもなっています。

でも、これから量子コンピューターの時代にでもなれば、人間の脳との境目などはほとんど感じられないくらいになってしまうのではないでしょうか。

 

 

そんなことをふと考えていたら、普段、パソコンを使うように自分の脳も使いこなせないものだろうかと思いました。

 

残念ながら私の脳とパソコンの力の差は歴然としています。

自分の脳をパソコンのように使うといっても、そもそも私のCPUは、どうしようもないほどのろい。

ただ私の脳のレベルでも、メモリー容量だけは相当あること間違いないらしいが、悲しいかなコンピューターのメモリーと違って、記憶した瞬間からどんどん消えてしまう。

このCPUがとてつもなく鈍いことと、メモリー容量はあっても、すぐに大半は消えてしまうことが、私の脳がパソコンと違う決定的なとこ。

幸いなことにこの差がとてつもなく大きいことが、私のCPUが人並み以上にのろいことを誤差のうちに消し去ってくれる。

 

およそ比較になりそうにないこうした差がありながらも、この問題を考えるにはむしろここからがポイント。

肝心なプログラムソフトをどのようなものを使うかこそが、ただのすぐれた回路システムとの違い。

 

では、私の脳を動かすソフトは何だろうか?

それは、おそらく

これまでの自分の「体験」

他人の体験を取り込む「読書」

自分の想いをつなげるための「仲間」

大事なこと、価値あることにエネルギーを集中させる「情熱」

 

ん〜〜ん、やっぱり問題はそっちか!

 

とすると、思考のスピードや記憶力などの領域は、これからはパソコンにどんどんまかせて

「体験」「読書」「仲間」「情熱」などの領域に自分の意識を仕向けることが、

パソコンを使うように自分の脳を使うためのツボということになる。

はて、最初の問いは、いったい何を期待していたのだろうか。

 

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「情熱」よりも大切な「熱」がある

2016年04月01日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

前に「これをやればうまくいく」今どきそんな理屈はあてにならない http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/e66f1cc5282cdcd3bb09f8e0fbe84f8a

ということを書きました。

それは、まず努力し続ける情熱のようなものが根底になければ、
どんな優れた方法論があっても意味がなくなってしまう、
といったようなことを強調するものでした。 

確かに、仕事ではどんな技術や知識があっても、まず根底を貫く強い「情熱」が無ければ何事も成せません。

でも最近になって私は、どうやら「情熱」よりももっと大事なものがあるのではないかと感じています。

 

こんなことを意識するようになったのは、「月夜野百景」などの活動で、本来「太陽」と「月」が一対の世界観として日本人の心に根付いていたものが、いつの間にか「太陽」にばかり偏った世界観がどんどん広がってきてしまった弊害をいろいろと意識するようになったからでもあります。

「情熱」の意義を強調することは、へたをすると「太陽」や「アマテラス」ばかりを強調するのと同じ誤りを侵しているのではないでしょうか。

「太陽」が私たちに与えてくれる恩恵は、とてつもなく大きく強いものです。

にもかかわらず「太陽」の力というものは、

一方通行の強い力、光であるために強い「影」を生みます。

地球という奇跡のバランスの上にある空間を除くと、灼熱の地獄であたり、強烈な放射能にさらされる空間でもあります。

そうした実態を意識しだすと、まさに太陽の本質は「核」「核爆発」そのものです。
とうてい私たちのコントロールの及ぶものではありません。 

このとてもコントロールの及ぶはずのないエネルギーが、豊かな恵みとなり得ているのは、
絶妙の距離にある地球においてのみのことです。

またそれは大気があることによって、
あるいはオゾン層があることによって、
さらには大量の「水」があることによってなど
数々の奇跡によって支えられています。

 

私たちの日常において「情熱」は、何よりも豊かさをもたらす最大のエネルギーであると言って間違いはないと思うのですが、その「熱」の性格を「太陽」になぞらえると、どうも無条件にたたえてしまうことは、何か大事なことを見落としてしまっているように思えてならなかったのです。

そうしたことを「陰陽」の思想や「月」の存在意義を見直すことで、わたしに気づかせてくれました。

といってそれをまだきちんと説明することは出来ませんが、

それを「熱」という表現から想像すると「遠赤外線」のようなもののイメージです。

直線的に表面から焼き尽くす熱ではなく、深い所までじわりと温めることの出来る熱のことです。

さらには、無機的な物質の間で行われる熱交換ではなくて、「生命」の間でのみおこりうる「体温の温かさ」のようなもののことです。 

確かに強い「信念」や「情熱」は、岩おも貫くことができるので、現代においてその意義はどんなに強調しても強調しすぎることはないように思えます。

でも、その力を信じて成功しても、目に見えていない弊害に気づいていないことも多いのではないでしょうか。

右肩上がりの時代が終わったことで、なんとなくそんな側面にいろいろと私たちは気づきだしたように思えます。

どんなにガシガシと頑張って成功したとしても、なんとなくひとりのお婆ちゃんの優しいまなざしには勝てないような理屈が、何か世の中ではとてつもなく大事で、現実に大きな力を担っているのではないかといった感じです。

 

道元の『普勧坐禅儀』のなかの文言に次のようなものがあります。

回光返照の退歩を学ぶべし。自然に身心脱落して、本来の面目現前せん

「前ばまり向いて歩かずに、ときには立ち止まって後ずさりして、自然と同化し、仲良く自然と語り合う気持ちのゆとりを持ちなさい。そうすれば、身も心も抜け落ちたようになり、自然の持っている本来の実相までが見えてきますよ」(松本章男)

道元の和歌 - 春は花 夏ほととぎす (中公新書 (1807))
クリエーター情報なし
中央公論新社

 

またそれは母親の子どもに対する無条件の愛のようなものとも言えます。

それは確かに大切なことかもしれないが、直接の仕事には関係ないと言われるかもしれません。

でもビジネスの世界であったとしても持続的な成功をおさめている人をみると、「情熱」だけではなくて、このような「温かさ」のようなものをとても大切にしています。

広く世の中全体を見渡してみると、私たちに求められているのは、「情熱」といったような突破を目的とするエネルギーよりも、むしろ「生命の温かさ」のような包み込む「熱」の方がずっと大事であると感じます。

冷静に考えてみると、この温かさの方がビジネスにおいても、より大切なことなのではないかとさえ思えてきます。

成功の目的を、個別の事案にとどめることなく、持続的な生命の再生産と考えると、灼熱のエネルギーよりも「温かさ」といった性格の熱の方が大事であることが自然にわかるかと思います。

さらにこれは、一部の人に求められる「情熱」よりも、ずっと裾野が広く多くの人に幸せをもたらすものであるといえます。

 

 

強調したいのは、どちらが大事かということではなくて、「情熱」や「太陽」のようなエネルギーにばかり偏ってしまい、そうした力ではない別の「熱」「温かさ」のようなものの意義が見えなくなってしまっていることの危険性に気づくべきだということです。

近代の歴史で「太陽」「太陽暦」「アマテラス」などの優位が強調されるばかりに、一方で存在が忘れられてきた「月」や「陰暦」の再評価を考えるほど、わたしはこんなようなことを最近しきりに感じてます。

 

目指すは、

「太陽のような情熱にばかり偏ることなく、

回光返照の退歩を学ぶべし」といったところでしょうか。

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君子豹変の本来の意味は?

2016年03月23日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

「君子豹変」という言葉の日常での使われ方は、立派な人が機をみて態度や考えを安易に変える、あるいは、突然、本性を現して恐ろしい人物に一変する、という否定的な意味で使われることが多いようです。 

 

しかし、「君子豹変」を検索してみると、この言葉は「易経」かきているようで、そこでは「君子豹変、小人革面」とあり、「立派な人物は、自分が誤っていると分かれば、豹の皮の斑点が、黒と黄ではっきりしているように、心を入れ変え、行動の上でも変化がみられるようになる。反対に、つまらぬ人間の場合は、表面上は変えたように見えても、内容は全然変わっていない」と述べています。

この解釈は「過ちては改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」(『論語』)と相通じる。

多くの国語辞典はこの解釈をひいています。


ところが安岡正篤は『十八史略』の解説で、これも間違いであると言ってます。

「君子豹変」は「大人虎変」と対の表現であると。

夏から秋にかけて虎の毛皮が抜け変わる

そのぬけ変わったときに実に光彩を発揮する。

豹は虎ほど一気に抜け替わることはないが、気づかぬうちに抜け替わり

そのときの光彩は目をみはるものがある。

ほんとうの指導者というものは、いよいよという時にこそ光彩を増しその力を発揮する。

これが「君子豹変」の本来の意味だというのです。

なるほど。

十八史略(上) 激動に生きる 強さの活学 (PHP文庫)
安岡 正篤
PHP研究所

いずれも、豹の毛皮の解釈の違いということになります。


 


 


 

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カーナビ vs 官僚や医療

2015年12月09日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

私の使っているカーナビ、安物ながらとてもよく働いてくれており、 
いつもとても感謝しています。 

ところが、ひとつだけ、どうにも我慢ならないことがあります。 

利用している地図が古いとか、 
音声ガイドのタイミングが悪いとか、 
しばしば理解に苦しむコースを案内するとか、 
こここそ説明してほしいと思う判断の難しい交差点ではだんまりを決め込むとか、 
そういったことは、まあ技術の限界として理解できないこともないので、 
なんとか許せる。 

ところが、どうゆずっても許しがたいことは、 
ソフトの制約やちょっとしたGPSの判断ミスなどではなく、 
どんな間違い、ミスをおかしても、 
とぼけた顔して 
「リルートします」 
「リルートします」 
を繰り返すことです。 

おまえの能力に制約があることは、こっちは十分わかっている。 
そのことを私は責めない。 

だが、一度として、その制約からくるミスを 
「間違いました」 
と言うことも無く、 
「申しわけありませんでした」 
のひと言もなく、 
「リルートします」 
「リルートします」 
を繰り返すばかりではないか。 

一度として 
「間違えました」も 
「申しわけありません」も 
言うことは無い。 

この根性が、 
性能、スペック、能力の問題ではなく 
どう考えても許せない。 

一度でいいから、 

「リルートします」ではなく、 

「間違えました」 

と私のカーナビにきちんと言わせてみたい。 

 

今の官僚にこの言葉を言わせるのと、 
はたしてどっちのほうが難しいだろうか?

どんなに借金、赤字が膨らんでも
「間違えました」のひと言もなく
「財源が足りないので増税します」 


医療の現場でも同じで、
診断や処方のミスなど、一度として認めることなく
病院をたらい回しにしたり、大量の薬を次々に投与されたり、
どんなに失敗を重ねても費用はみな患者の負担。

裁判することなく、
前回は診断を間違えたので、費用は請求しませんとか、
せめて、申しわけないので半額はことらが負担します、
なんて話し聞いたことがありません。


リルートします。

リルートします。

リルートします。

リルートします。

リルートします。

リルートします。

 

 


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教師が「ジャッジ」しない、子どもとの「関係」づくりの教育のことをどう表現するか。

2015年06月28日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

指導をしない作文教育ですばらしい成果を出されている飯塚先生のことは、何度かこのブログで取り上げてますが、もう久しく前からその飯塚先生が毎週のようにお店に来てくれて、私といろいろ話をしていってくれるようになりました。

今日は、子どもが書いた文によせる先生のコメントのことを「評語」と言っているのですが、その「評語」といった表現でこの活動を言い表すことがどうも誤解をうみやすく、なにかしっくりこないといった話題になりました。

子どもがどんなボールを投げても、教師や親はそのボールを先にジャッジすることなく、まず必死に受け止めてあげられるかどうかが大事なのだということなのですが、その受け止める作業を先生は、「評語」=「コメントを返す」というプロセスで目覚ましい成果を生んでいます。

そのコメントを飯塚先生は、ずっと「評語」という言葉を使っているのですが、それがたまたま今回の企画のチラシで「評価」と誤って印刷されてしまったらしいのです。

ところが、そのことによって訂正を説明する際に、ややもすれば見過ごされがちな「評語」と「評価」の違いをあらためて意識してもらうよい機会にすることができたというのです。

にもかかわらず「評語」という表現は、私も感じていたのですが、先生もどうもしっくりこない感じがしていたとのことでした。 

確かに教師や親からの「評価」ではないということが大事なのですが、これでは教師側の視点の違いだけが協調されて、肝心な子どもとのその瞬間に築かれる「関係」の意味合いが欠けた表現になってしまう。 

「評価」することなく、こどものあらゆる行動や意識を評語=コメントをそえてその瞬間の固有の関係を築くことこそが真骨頂なのですが、
子どものどんな行動であっても、
それが理不尽なものであっても、
非道徳的な行動であっても、
学校内で通常はは許しがたいイタズラであっても、
ジャッジすることではなく、
それを「共感」するとは言えないかもしれませんが、率直な驚きの感情などとともに、そうした子どもたちのエネルギーにきちんと寄り添う。

こうした飯塚先生のスタンスは、やはり「評語」といった表現だけでは伝わりにくい。 

「関係」の作り方こそがミソであり、
そこに生まれる独自な関係こそが、
通常の教育現場とはまったく「異質な場」を生み出す。

そこに子どもたちは見事に反応し、
教科指導をしているわけでもないのに、
学力までも自然に向上していく。

これをいったいどんな表現で簡潔に言ったら良いのだろうか?

そんなことを今日は話したのですが、たまたま家に戻ってtwitterを見ていたら
M・エンデの言葉で以下のようなことが紹介されていました。

「私に言わせれば、ほとんどすべての芸術や文学の仕事は、
それまで名前をもっていなかった事柄に、名前をつける事なんですよ。
名前をつけられれば、人間はその事柄と関係をもてるようになるわけですからね。」
         『芸術と政治をめぐる対話』

 

なるほど、飯塚先生のやっている「評語」というのは、子どもと教師とのその瞬間の固有な関係、固有の時間に 「名前」をつけてあげる活動なんだ。

ひとつひとつの貴重な子どもの「体験」=「時間」に、決して点数をつけたり正しいかどうかジャッジすることではなく、「名前」をつけてあげることでそれが「いのち」輝く無二の時間であったことに気づく作業、それが飯塚先生の「評語」なのだと。

まだ「評語」に替わる表現がなんなのかが見えたわけではありませんが、このエンデの言葉によって意味の理解では大きく前に進めることができました。 

 

 

 

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三本の鬼の爪で鷲づかみにするような仕事。

2015年04月19日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

毎度おぼろな記憶で情けない。

棟方志功が、

五本の指でするような作業ではなく、三本の鬼の爪でつかむような仕事がしたい、

といったようなことを言っていました。

 

確かにすべての指で包みこむような「安全」、「安心」は、なにものにも替えがたい価値があります。

でも、現代人はあまりにも、そちらの方向一辺倒になりすぎています。

 

チームプレイが大事であることに異論はありませんが、現代ではあまりにも協調性ばかりが強調されすぎて、一人でも突き進む勇気や覚悟が忘れ去られてしまっています。


完成度を追求することや包括的であることよりも、もっと自分の視点でものごとを鷲掴みにするような強い意志が必要だ。

 

いつのまにか、仕事が進むにつれてどうしても、もともと自分に欠けている丁寧さや気くばりを意識しすぎて、本来の目標への強い意志が弱くなっていってしまう。

意思とは握力の強さに等しい。


読書も、正しい解釈よりも、たとえ間違ってでも、自分の視点でより深くつかむような読み方がいい。

 

現代では、かなりこれを強く意識をしていないと、丁寧さや包括性に流されて、この意志が忘れ去られてしまう。

 

もう一度、おぼろな記憶の表現を改めて書く。

 

五本の指でやさしく包み込むような作業ではなく、

三本の鬼の爪でつかむような仕事をしよう。

 

 

「構え、狙え、撃て!」ではなく

「構え、撃て、狙え!」です。

 

 

 

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