かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

群馬の熊捕り名人の話

2010年03月21日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜

マタギに関する本は数々出ていますが、本書はそうしたマタギ関連書とは一線を画した格別の価値ある本だと思います。
検索しても書評が出てこないのが残念です。

群馬藤原郷と最後の熊捕り名人狩野 順司文芸社このアイテムの詳細を見る


   
本書で紹介されている熊捕り名人、吉野秀市さんのことを私は、古書で偶然見つけた松葉豊著『俺の仕事は俺一代』のなかで紹介された藤原郷の様々な職人達のひとりとして知りました。
そこで紹介された個性あふれる人々のなかでも、特に印象深い吉野さんのことについて1冊にまとめられた本が出たことは、私にとってもとても嬉しいことでした。

吉野秀市さんは、マタギなどの集団による巻狩りとは違って、ほとんど単独で猟をしてきた方です。
主に積雪期に穴にこもっている穴から熊を追い出して銃で仕留める方法です。

本書のタイトルにマタギという表現が使われていないことには好感が持てますが、一般に熊捕り猟一般をマタギと言ってしまうことにわたしたちは慣れてしまっています。
集団的な狩りの独自な手法を持った狩猟集団以外もすべてマタギと称することには、やはり無理があるのではないかと感じているのですが、かといって正しい正しくないといった議論するようなものではなく、広義のマタギと狭義のマタギの使い分けがされなくなっている程度のことであると思っています。

藤原郷で一般的に行われていた猟は、二人一組で数匹の猟犬を連れて穴熊を探し当てるものと、6、7人で行う囲いこみ猟だそうです。
もちろん、吉野さんも頑なに一人でばかり行動しえちたわけではなく、そうした人々と一緒に猟をすることもあったと思われます。

しかし、単独を原則としていた吉野さんが、1シーズンに32頭も捕った実績をもち、
さらにその生涯では300頭もの熊を捕った。

しかも大きな怪我をすることもなく、それだけの実績をのこしたということは、
吉野さんが射撃の名手であったからではありません。
もちろん、その銃の腕は、一度も撃ち損じたことはないというほどのものでした。
しかし、いかなる射撃の名手であったとしても、射撃の腕だけでそれだけの熊を射止めることは決してできません。

それは、まず何よりも熊の棲息する上州武尊から至仏山に至る山域の自然を吉野さんが熟知していたことと、
そこで生活する熊の生態を知りつくしていたことにこそあるといえます。

それは、マタギをはじめとした猟をする人々誰もが目指していたことであるにもかかわらず、吉野さんほどそれを成し遂げた人はなかなかいませんでした。

そうした魅力を本書は、吉野さんとその周辺の藤原という地域の自然環境と歴史、また家族や村の人々を丹念に取材することで、わたしたちに実に生き生きと伝えてくれています。
それは新潟や福島などと比べて、マタギの間でも山が大きいといわれる群馬の恵まれた自然あってこその物語なのかもしれません。
藤原郷の山域というものが、ひと際熊の棲息にも適した場所であったことにもよるのでしょう。

しかし、その恵まれた自然とは、とりもなおさず厳しい自然ということです。
その冬の3月頃までの間に、単独で山に入り熊を追うということは、いかなる名人といえども、数々の危機を体験することなしになにごともなしえるものではなりません。

万が一の事態に備える周到さがあっても、それは決して十分な保障にはなりえません。
そのひとつひとつの体験に、私たちは強くひきこまれるのです。

厳しい自然を生き抜いてきた経緯は、決して命を懸けるなどという冒険談ではありません。
それはなによりも生活を懸けることが大前提であったからこそ、家族の待っているところに生きて帰ることこそが最大の目標であったのだと思います。

人の少ない山奥の村だからなのかもしれませんが、ひとりひとりの力、家族の支えや同業者や先達からの教え、宝川温泉をはじめとする地域をつくっていった人々とのつながりのひとつひとつが、とても輝いたものとして語りかけてきます。

熊捕りは、林業が衰退するのと同時に毛皮や熊の胆の値段も下がり、職業としては成り立たなくなりました。
残念ながらそうした大きな変化が日本中で起きてしまいましたが、その変化とは、つい最近のことです。

私は、上野村のことや、どう考えても群馬といえる足尾町のことをみてきたのと同じ限りない魅力を、吉野秀市さんらが生きてきた藤原郷に感じるのですが、今ある群馬の自然を知るためにも、
是非、みなさんに読んでいただきたい1冊です。

群馬出身の著者は、現在神奈川在住のようですが、出来ることなら一度お会いしてみたい方です。

       以上、「正林堂店長の雑記帖」より転載・加筆

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食糧自給率のウソ

2010年03月19日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜
日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社+α新書)
浅川 芳裕
講談社

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浅川芳裕著 『日本は世界5位の農業大国』 講談社+α新書 
ネット上のランキングなどでも好調な出だしをみせており、わたしの店でも力を入れている本です。

このタイミングでこそ出版されてしかるべき本です。

日本農業復活のためばかりでなく、日本経済再生のためにもとても大事な視点を提供してくれている本なので、書評としてではなく、著者への応援と、こうした指摘が広く普及することを願って、一部はネタばらしになるかもしれませんが、本書に出てくる具体的数字は出来るだけ紹介しながら書かせていただきます。

この本のタイトルだけでも、かなり人を惹きつける力があるとは思いますが、以下の三つのポイントで紹介させていただきます。



まず第一は、通常いわれる食料自給率とい数字がカロリーベースでの計算によるもので、生産額ベースによる統計に直しただけで、その数字は大きく変わってくるということ。

またそればかりか、自給率というものを国の輸出入の比率で考える限り、いかなる豊かな国であっても、あるいは貧しい国であっても
輸入が途絶えただけでどこの国でも自動的に自給率は100%になるということ。


そもそもカロリーベースではなく、生産額ベースで食料自給率を国別比較をしたならば、日本は66%になり、主要先進国のなかでは3位である。

「生産額ベース自給率1位の米国、2位のフランスは100%を上回っているが、その理由は単純だ。輸入額も多いが、それを輸出額が上回っているからである。
反対に4位のドイツと5位の英国は輸出も多いが、輸入がそれを上回っている。
ドイツと英国より日本のパーセンテージが高いのは、国内生産額より輸入額がずっと低いからである。
つまり、ドイツや英国より消費金額に対する国産比率が高いわけだ。」

日本が世界最大の食料輸入国であるともよく言われますが、
国民一人当たりの輸入量では、
ドイツ660キログラム
フランス548キログラム
日本427キログラムと
米国の177キログラムに次いで少ない。

こうしたこれまでの根拠の薄い数字で政治が動かされている背景には、農水省のある意図が見え隠れしていることを著者は指摘しています。



第二の問題は、減り続ける農家人口とともに衰退し続ける日本農業を救わなければならないという図式です。

確かに農業人口は、世界的にみても一貫して減り続けています。
日本の基幹的農業者数は、1960年に1200万人近くいたものが、2005年には200万人を切るほどにまでなっている。
過去10年間の農家の減少率を比べると
日本 22%
EU(15カ国) 21%
ドイツ 32%
オランダ 29%
フランス 23%
イタリア 21%
決して日本だけが突出しているわけではない。

他方、農業者一人あたりの生産量は、
1960年が3.9トンであったのに対して、2006年には25トン超。
過去40年あまりで6.4倍にも生産性があがっている。

これは先進国の間では製造業においてもおきていることです。
1960年から1999年の間に、アメリカの製造業のGNP及び雇用に占める割合がいずれも15%へと半減した。
ところがこの同じ40年間に製造業の生産量は倍増どころか3倍近くに達した。


「実態からすると農家数の激減は事実だが、生産性の低い農民が減り、生産性の高い農業経営者が増えたというのが正確である」


「生産性の向上は、経営耕作面積(借地含む)の拡大からも説明できる
都府県で1950年には815戸だった5ヘクタール以上の農家数が、現在5万戸を超えている。
一方、1ヘクタール未満の農家数は同期比で5分の1に減少した。
つまり広い農地を使い、ビジネスとして農業に取り組んでいるプロの農家が増えたため、生産性も上がったのである。」

「こうした事実に反して、長年にわたって伝播され、日本農業の弱さを示す象徴になっている「平均農地1ヘクタール」というイカサマ神話がいまだにまかり通っている。(略)欧米の数十分の位置一、数百分の一だから競争力がない」という、何の説明責任も展望もない分析ばかり。肝心なのは、一人当たりの生産性がどれだけ伸びたかなのだ。」

「約200万戸の販売農家のうち、売上げ1000万円以上の農家はわずか7パーセントの14万戸。
しかし、彼らが何と全農業生産額8兆円のうち6割を産出しているのだ。
しかも、過去5年間の売上げ成長率は130%である。」


これらの実態を、生産の寡占・独占化とみるかどうかは、また別の議論を要しますが、
少なくとも日本が自給率が低く、生産性も劣る国とはいいがたいことはよくわかると思います。

こうした実態とかけ離れたところで世間に広がっている不利な日本農業の印象、
それを救済する口実で行われている農業政策や農水省のしくみが、
いかに日本農業を育てるどころか、健全な農業の首を絞めるものばかりであるかということが
第3の問題です。



日本農業の生産額  約8兆円
(外食産業の市場規模 約24兆円)

コメ         約1兆8000億円
小麦         約290億円
大豆      約240億円
(三穀物あわせても2兆円に満たない)
この自給率の低い小麦や大豆を作付けすると、農家には転作奨励金(累計7兆円にものぼる)という補助金が支給される。
小麦や大豆を作るだけで収入が得られるため、単収(単位面積あたりの収穫量)や品質の向上に真剣に取り組まない農家が増加している。

対する赤字補償されない野菜、果樹、花卉などの生産額
野菜  約2兆3000億円
果樹  約7600億円
花卉  約4000億円
その他とあわせて農業市場の約半分、4兆円を超える成長市場

「縮小している2兆円弱の国産穀物市場に、所得補償1兆4000億円をぶち込めば、野菜などの成長市場に大きな歪みを与える。
ゲタを履かされた疑似農家による、野菜価格のダンピングに拍車がかかるからだ。
コメ、麦、大豆生産で得た収入があれば、野菜専業で補助金なしで黒字経営している農家より作った野菜を安く売っても、元がとれるのである。
疑似農家の赤字補償をすることにより、黒字農家まで赤字に陥るのだ。」

長年、日本農業を守るためと称して3兆円規模の税金が投入されてきていますが、やる気のある農家を育てて競争力をつけさせるための予算付けは
ほとんどされてこなかった。
その最たるものが、民主党政権がかかげる2011年実施予定の農家に対する所得補償である。
農業救済の名のもとに、先にあげたようなビジネスとして成長する条件のある農業の発展を阻み、
現状維持中心で農業生産の拡大、技術向上を真剣には考えていない兼業農家への所得補償政策。

これはどう考えても選挙対策のばらまき予算である。
政治の色目を変えてくれた民主党には、まだまだいろいろ頑張ってもらいたいものだが、この政策はどう考えてもいただけない。

浅川芳裕氏は、現実的に日本農業を強くする方法として
「日本農業成長八策」を本書のなかで提言しています。

880円程度の安価な本なので、是非、日本農業を真剣に考える方はもとより、
日本経済の活性化のひとつの切り札として、役人天下り行政廃止の目玉として、
安全な食を得るための方法として、多くの人に読んでもらいたい本です。


          以上、「正林堂店長の雑記帖」より転載
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戦略以前 ―― 生き残るお店の大前提

2010年03月12日 | 書店業界(薄利多売は悪くない)
お店のブログに、抜井諒一さんによる『群馬伝統 銭湯大全』の紹介を書きました。

この銭湯に限らず今、街から姿が消えかけている業種というものは実にたくさんあります。

そればかりか、小売に限らず農林漁業をはじめ、ありとあらゆる既存業種が、不況の影響というだけでなく衰退し続けている現実があります。

こうした現実に直面した多くの人々は、新しい商品の開発や新規事業の試み、経営戦略の見直しなどを考えていますが、私には、消えゆく銭湯の取材を重ねた抜井さんのつぶやいた一言がとても印象に残っています。

「まず清掃が行き届いていなければダメなんですよ」

銭湯が衛生管理をきちんとしていなければならないことは当然でしょうが、銭湯に限らず、人がなんらかのサービスを受ける空間である限り、小売に限らず、どんな業種でもまずきれいで清潔感があることが大前提なのです。

このように何がなくともまずこれだけはしっかりしていなければならないということが、他に3つあります。

第2は、そこで受けるサービスや商品が「適切な」価格であること。
なにごとも安ければよいものではない。
高すぎるものが受け入れられないのは当然ですが、それは単純に金額の問題ではなく、価格相応の付加価値がともなってこそ、受け手は満足できるものです。

この問題は、要点のみにさせていただいて、さらに大事な問題があと二つあります。

それは、本屋の仕事をしていてつくづく感じることなのですが、商品が「絶えず入れ替わる」ということ、「新鮮な情報にあふれている」ということです。
時代が厳しくなればなるほど、普通のやり方では通用しないのではないかと思い、ついこだわりの商品というものをどんな業種でも持ちたがります。
それは、とても良いことで必要なことです。

しかし、飲食店でも雑貨屋さんでも本屋でも、そのこだわりの商品の市場規模を適切に判断することなく、こだわりのものを置き続けることにこそ意味があると思ってしまいがちなものです。
ところが、多くのお客さんは、そのこだわりの商品は褒めてはくれますが、多くのものは毎回買うようなものではないのです。

私自身、最もよく利用する店とは古本屋なのですが、自分にとってどこが一番利用する店かと考えてみると、必ずしも良い本がたくさん棚においてある店というわけではなく、絶えず商品が入れ替わっている店こそが、良く通う店であり、また良く買う店なのです。

話題の店などの噂を聞くと、できるだけ足を運ぶようにしていますが、趣味のいい店で品揃えのすばらしい店だとは思いながらも、2,3カ月後にまた行ってみると、前に来た時と同じものしかおいていないので、趣味の良さを褒めることはするのですが、自分が買うものはなにもない、という結果に終わってしまうのです。

よく利用するかどうかということでは、新刊本屋であるか古本屋であるかに限らず、図書館や博物館のような場合であっても、そこに期待する新鮮な情報や、こちらが驚くような新しい情報がなければ、2回目3回目はありません。



そして最後にあげる第4の問題は、その職場の従業員のやる気、働きがいのもてる環境を大事にしているということです。
よく顧客満足、お客さまが第一という考えかたが言われますが、最近になってようやく、坂本光司先生の『日本でいちばん大切にしたい会社』がベストセラーになったことなどもあり、顧客満足よりも従業員満足の方が優先するという考えが認知されだしてきました。

どんなにお客さまが大切といっても、そこで働く従業員がやる気を出す職場環境が整っていなければお客様を大切にする心は持つこと持続することができない。
この職場環境が整っているということは、必ずしも昔の労働組合が要求する労働条件や福利厚生設備の充実のことではありません。
仕事そのもににやりがいを感じられるような環境を経営側が提起できるということです。

それが、同時に会社の活力・持続力にとっても経営そのものにとっても最も重要な部分であることにようやく多くの職場で気づき始めました。


これからさらに経営環境は厳しさを増す時代だと思います。
いかなる業種でも、なんとかしなければと様々な戦略を考えて経営革新をはかろうとすることと思いますが、どんな立派な戦略をたてようが、まずこの4つがきちんとしていない事業が長続きすることはありえないのではないかと思うのです。


時代にのっているはずの立派なポリシーのある自然食品の店などには、とくにこの傾向を感じます。
無農薬でからだにいい食品であることはわかります。
でもちょっと価格が高い。
それもわかります。
安全な食品、健康に良い食品です。
でもスーパーにならぶ安くてそこそこに新鮮な食品とくらべてどれだけ美味いのか?
理念だけでなく、どこかで決定的な強みを持ち合わせていないと、
お客さんはなかなかファンにはなってくれません。
増してや明るく清潔な店舗でなければ、その掲げる理想の信用というものも、相当な個性でも打ち出していない限り支持され続けるものではありません。
期待されながらも、なかなか長く続く店がないのは当然のことと思えます。

不況だデフレだ、政府の政策が悪い、業界の体質が悪いなどと嘆くまえに、
まずこの4つの原則の徹底こそが、いかなる業種でも前進し続けるための大前提なのだと感じます。


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風と土と汗と涙の大地 その4

2010年03月10日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜
函館戦争で敗れた榎本武揚が獄中にいる間の事、護送されていた囚人約300人が移送中の船を乗っ取り、厚岸におりた。
彼らは北海道の内陸部へと落ちのび、密かに自らの共和国を作り上げた。

しかし新政府は、その事実を知りながらもそれを黙殺した。
なぜならば、追撃の軍を派遣してもその行先を捕捉することは難しいだけでなく、
そのまま放置しても、現政府にはなんら悪影響は及ばないと判断したからだという。

またある説では、彼らは北海道の内陸部へ逃げたのではなく、厚岸の町の人びとに完全に同化したのだという。
小さな町に規律のとれた300人が組織的に入れば、町を完全に制圧することも決して不可能なことではない。
そのようなことがあっても、決しておかしくはない。

この本当だか嘘だかわからない事実。
これこそは、榎本武揚が描いていた共和国像を現実に実現したものといえる。
ほぼ負けは決定した徳川方の大勢の武士たちにとって、薩長と闘ってまだ勝つことを考えていたものは極僅かしかいない。
負けた側の大勢の武士を如何に生き延びさせるか、これこそが榎本艦隊が函館に向かった最大の目的であった。

300人の行動は、はたして榎本武揚と連動した動きであったのだろうか。

真実は今となってはどうとも断定はできない。
しかし、それを裏付けるような資料が、ある男からみつかる・・・



以上、安部公房の『榎本武揚』からのおぼろな記憶です。


この度、北海道に行ってみて、北海道の人たちというのはなんと穏やかな人が多いのだろうという印象を改めて強く持った。

上州人のようなガツガツしたところが、ほとんどない。
考えてみると学生時代から出会った北海道出身の友人は、皆そのような印象が確かにある。

アイヌの文化と開拓民として入植した人びと、
どちらも厳しい自然のなかで闘ってきたには違いないが、
なんとなく新潟などの豪雪地帯で深い雪に埋もれて我慢してきた人びとの印象とは違う。

かといって、必ずしも「青年よ大志を抱け」などと声高らかに開拓してきた人びとが中心というわけでもない。
どちらかというと、厳しい自然と必死に「折り合い」をつけるすべを身につけることで生き延びてきた人たちのように見える。

そんな折り合いをつける人びとの印象と、この300人の脱走囚人の行方と行動、さらには榎本武揚の目指したものこそが、
私には北海道の印象として最もふさわしく思える。

魅力的に感じられた函館や小樽の街並みや札幌市街。
その街のもつ魅力を感じる一方で、どこに行っても厳しい経済状況や失業問題のニュースが飛び交っていた。

しかし、北海道は日本国内では食料自給率200%を誇る唯一の地域。
経済統計上は厳しくても、強いて慌てる理由はない。
もちろん、そんな余裕があるわけではないのはわかる。

でもあの穏やかな人柄というのは、そんな土壌から生まれているものだと思えてならい。

産業構造をみても、どちらかというと基幹産業は必ずしも意欲的に全国に打って出るわけでもない。
かといって、日本中を席巻しているナショナルチェーンが、ここにもどっと押し寄せてきている印象は少ない。

どうも、そこに住んでいる人びとの間だけで、なんとなく折り合いをつけているような雰囲気がしてならない。

沖縄のように基地問題と本土との差別と闘い続けてきた辺境の地ではなく、
今ある自然のなかで、そこにいる人びととの間だけで
汗をかき
涙を流して
折り合いをつけながら
大地を掘り起こして築いてきたところ

私には、北海道という土地が、そんなところであるように思えてならない。
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