かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

パソコンを使うように自分の脳を使いたい

2016年07月20日 | 議論、分析ばかりしてないで攻めてみろ!

いまや暮らしの隅々にまで浸透しているコンピュータ。

その進化の目覚ましさを見れば見るほどに、人間の脳の素晴らしさがあらためて浮き彫りになってくる面もあります。

また、AI技術が進歩するにしたがって人間とその境界も難しくなってきますが、これもそもそも「人間性」とは何かということが真剣に問われる良い機会にもなっています。

でも、これから量子コンピューターの時代にでもなれば、人間の脳との境目などはほとんど感じられないくらいになってしまうのではないでしょうか。

 

 

そんなことをふと考えていたら、普段、パソコンを使うように自分の脳も使いこなせないものだろうかと思いました。

 

残念ながら私の脳とパソコンの力の差は歴然としています。

自分の脳をパソコンのように使うといっても、そもそも私のCPUは、どうしようもないほどのろい。

ただ私の脳のレベルでも、メモリー容量だけは相当あること間違いないらしいが、悲しいかなコンピューターのメモリーと違って、記憶した瞬間からどんどん消えてしまう。

このCPUがとてつもなく鈍いことと、メモリー容量はあっても、すぐに大半は消えてしまうことが、私の脳がパソコンと違う決定的なとこ。

幸いなことにこの差がとてつもなく大きいことが、私のCPUが人並み以上にのろいことを誤差のうちに消し去ってくれる。

 

およそ比較になりそうにないこうした差がありながらも、この問題を考えるにはむしろここからがポイント。

肝心なプログラムソフトをどのようなものを使うかこそが、ただのすぐれた回路システムとの違い。

 

では、私の脳を動かすソフトは何だろうか?

それは、おそらく

これまでの自分の「体験」

他人の体験を取り込む「読書」

自分の想いをつなげるための「仲間」

大事なこと、価値あることにエネルギーを集中させる「情熱」

 

ん〜〜ん、やっぱり問題はそっちか!

 

とすると、思考のスピードや記憶力などの領域は、これからはパソコンにどんどんまかせて

「体験」「読書」「仲間」「情熱」などの領域に自分の意識を仕向けることが、

パソコンを使うように自分の脳を使うためのツボということになる。

はて、最初の問いは、いったい何を期待していたのだろうか。

 

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オレの仕事は俺一代

2016年07月18日 | これからの働き方・生業(なりわい)

先日、近所の古書店Y書房さんに久々にお邪魔して、ご主人と本のことや働き方のことなど、たっぷりお話しすることができました。

そのときの盛り上がった話題のひとつが、これまで時代を築いてきた地域の郷土史家が相次いで亡くなると、どこの家でもその貴重な蔵書の処分に困っている例が最近とても多いという話でした。 

本来であれば、このときまず第一に考えるのは、図書館への寄贈です。第二に、古書店への売却、そして第三に、同業者など同じ分野の人への譲渡などが考えられますが、このところこのどれもが、なかなかスムーズにはおこないえない傾向にあります。

第一の図書館への寄贈ですが、残念ながら多くの公共図書館が単純には寄贈図書を歓迎しない傾向があります。タダで寄贈されるものであっても、その登録・管理の手間を考えると、本来はそんなことが理由になるはずもない価値あるものであっても、必ずしも喜んでは受け入れてもらえないのです。

公共図書館が、地域固有の情報センターとしての役割を発揮する方向に、行政機構のなかの位置づけができていない例が現状ではとても多いのです。

第二の古書店への売却ですが、これも同様に古書店もその土地固有の古書を力を入れて扱える店が激減してきています。残念ながら、チリ紙交換同様の処分しか出来ない場合が多くなっているのです。

ローカルな情報は、その土地を離れてしまうと、どんなに価値あるものでも結局市場価値はなくなってしまうからです。

第三の場合は、私的贈与や売却の問題になるのですが、ある郷土史家は、個人的に譲り受けてしまうと、あとで遺族との間で問題が発生することがあるので、絶対に受けないようにしていると言っていました。その理由は、邪魔になっているときは無料でも引き取ってもらいたいものですが、あとになって価値がわかったりしたものが出ると、遺族との間で大きなトラブルに発展してしまうことがあるからです。

ここでこれらの個々の問題に深入りはしませんが、いづれにしても価値ある個人蔵書をその本人以外が価値を認めて引き継ぐことは、極めて多くの困難がともなうということです。

この厳しい現実をよくみると、これは特殊な蔵書家に限った問題ではなくて、元をたどると本という情報のもつ性格そのものが、情報の価値としては本来、公共性の高い資産であるはずなのですが、現実の価値となると結局はその本の所有者個人の固有の文脈でこそ価値があるもので、その所有者の視点を離れても普遍的価値をもつ情報などというものは、そうあるものではないということです。

いや、すぐれた本であれば決してそんなことはないとも言われそうですが、つきつめるとこれは、蔵書というまとまりでなく1冊の本の価値で考えた場合にもこれは言えると思います。

 

かつて私は、職場でこの本は必要だから会社のお金で買って共有してはどうかと、何度か予算をもらって必要図書を購入したことがありました。

ところが、その後の実態は、その本の価値がわかる人は、たいてい自分の金で買う、あるいは自分で選ぶ。また、価値のわからないひとは、無料であっても読まない。

だからこそ、そこを橋渡しする媒介者の仕事が確かに大事なのですが、上記の基本は変わりません。

 

ここで気づいたのです。

 

機会を増やすために、より多くの蔵書をもち、また図書館などで共有できる環境づくりは不可欠で重要であることに異論はありませんが、より重要で力を入れなければならないのは、与えられる環境を使いこなし使い倒すような個人の側の問題意識や課題に対する個人の情熱のようなものこそ大事に育てられないと、どんなに豊な環境が与えられてもそこに生命が吹き込まれることはないとうことです。

その生命の本質を見ればみるほど、それは「公共」的価値よりも、まず「パーソナル」なものでなければならないということです。

かつての工業化社会を突き進む大量生産、大量消費の時代では、このパーソナルな価値は邪魔もの扱いにされることの方が圧倒的に多く、より均質なものでのレベルアップこそが求められていました。

でも、そうした時代はもう過去のものになりだしています。

総じて効率の悪い職人的仕事は、時代の流れについていけない過去のものとして見捨てられるのが常ですが、いま、ほんとうの価値の実現が問われる時代になりはじめると、製品の品質を高めることは不可欠ですが、その先にさらにパーソナルな体験や価値が積み重ならないと、ほんとうの価値実現には至り得ないことがみえてきたのです。

この意味で、さきの個人蔵書の処分という問題も、蔵書のもつ普遍的価値を保持するための図書館への寄贈や市場への売却、あるいは特定個人への譲渡も可能であれば必要と認めながらも、本筋では他人へは容易に伝え難いそのひと固有の文脈をともなってこそ、その本(蔵書)の価値は貫徹することができるのではないかということです。

ここから私は、

かつてはアウトサイダーであることの表明にしか聞こえなかった「オレの仕事は俺一代」という言葉が、アウトサイダー側の言葉ではなく、人の仕事を貫徹するならば、むしろ普遍的に求められる言葉なのではないかと思うようになりました。

一代限りで終わるような仕事は、成功者とはいえないようなイメージもありますが、ほんとうにそうでしょうか。

考えてみれば、よく商売は3代もつことは少ない、3代目がつぶすなどと言われますが、これは商売に限らずどんな分野でも共通していえることです。

3代以上にわたって安定した継続をはたせている例は、ごく一部の老舗企業や名家以外では、そもそも徳川家と天皇家くらいのものといっても過言ではないほど、例は少なく現実にはマレなことです。

だからこそ、安易な継承に期待することよりも、そもそも良い仕事や生き方をすればするほど、その仕事はそのひと一代であるべきだとはじめから覚悟すべきなのではないでしょうか。

2代目、3代目がつぶす以前に、創業者の破綻や失敗の数は富士山の裾野の広がりどころか、圧倒的な量の屍を累々と積み重ねているものです。

また、仮に末永く事業を継承することを考えた場合でも、それぞれの環境や時流にあった活動をその時代を生きる者として一代限りの覚悟と努力をすることこそが重要なのではないかと思うのです。

もはや時代は、一代限りの仕事や生き方を追求するほうが、付加価値も増し、結果的に事業継承だけに依存しない生命の継続がはかれる社会になりはじめているのだと私は思います。

 

自分の蔵書のゆくえ、自分の仕事の遠い将来のゆくえを考えると、なんとも儚い想いにもかられますが、先に「オレの仕事はオレ一代」と腹をくくると、自信ををもって自らの人生をより深く掘り下げていける気がします。

 

 

上記写真『俺の仕事は俺一代』は、藤原集落で暮す人々の生きざまをまとめた素晴らしい本で、私のお気に入りの1冊(絶版)ですが、このような視点で振りかえってみると、あらためてこれからの時代にも通用する評価ができる大事な本にみえてきました。

 

 

 

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クマが泳いでいた理由(わけ)

2016年07月06日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜

先週、ダムに沈んだ幻の湯ノ花温泉の痕跡を探しにカヌー探索に行ってきましたが、その際、私たちは気づきませんでしたが、後方でクマが泳いでいるのを子ども達が目撃していました。

このことはその後、このニュースでも映像が流されていたようです。

今までは、湖をクマが泳いでいる珍しさにばかり気をとられていましたが、こうした珍しい姿がみれるもの、考えたらいろいろな悲しい条件が重なることで起きていたように思えます。

 

記録的な渇水ならではの条件で、湖底に沈んだ湯ノ花温泉の痕跡が見れるのではないかとの期待で奥利根湖へ行った私たちですが、記録的な渇水ゆえに、当初、湖面へ降りること自体難しいのではないかと心配していました。

ところが、ちょうど最近、水位の下がった湖面にまでの道が整備されなおされたばかりで、運良くカヌーを漕ぎ出すことは出来たのですが、その次に気がついたのは、休憩をとるためにカヌーを寄せられるような沢筋の淵がなかなかないという現実でした。

水位が記録的に下がってしまったために、水面と岸との間はどこも、急な砂の固まった斜面ばかりです。

その斜面は、水面から10m〜30m近くもあるほどの急斜面で、ほとんどが取りつく岩も木もない砂礫だけが固まったような斜面です。

私たちは1時間ほど漕いでようやく、カヌーを寄せられるような浅瀬をみつけることが出来ました。

こうした特殊な今のダム湖の地形を思い出したら、湖を泳いでいたクマのことが、ただ珍しい姿としてしか感じていなかった自分がなんか情けなく思えてきました。

どこも20mはあろうかという湖面からの砂の斜面。

あれでは、クマは一度足を踏み込んだら、ズルズル滑り落ちるばかりか、一度、湖面に落ちてしまったなら爪をかける岩も木もなく、這い上がれる場所を探すのは容易ではありません。

クマが泳げることは、他のシカやイノシシも泳ぐことなどから決して不思議なことではありませんが、自らすすんで水の中に入って泳ぐなどということが、どれだけありうるでしょうか。

対岸に向かうために近道として泳ぐことを選択するなど、通常は考えられません。

また水の中の魚を求めて飛び込むなどということは、北海道のヒグマが魚影の濃い鮭の群れに飛び込むような場合以外に、そうあるものでもないと思います。

 

とすると、あの泳いでいたクマは、ダム湖の淵から滑り落ちたクマであり、そこから這い上がろうと思っても、取りつく岩も木もなく、ただ宛ても無くどこか這い上がれる場所を探して泳いでした姿である可能性が限りなく高いのです。

 

春先になると、山の道路の除雪を観光のためにより早く行ない、雪の回廊などを楽しむ姿もありますが、そうした雪の絶壁は周辺の動物たちには予想外の危険をもたらします。

それと同じような地形が、異常渇水のダム湖にいまあらわれています。

泳いでいたクマは、見方によっては、ただのドジなクマだったのかもしれません。

(6月8日にも、ここで泳ぐクマが目撃されたニュースがあったので、もしかしたら泳ぎを覚えた同じクマかもしれません。)

でも、私たちが1時間以上カヌーで漕いだ距離を思うと、はたしてクマは無事に這い上がれるような場所を見つけることはできただろうかと、心配に思わずにはいられません。

おそらく、いままで経験のない情況に追い込まれただ必死で泳いでいたのが、あのクマの実体であったと思います。

もしかしたら現実には、繁殖期にメスを探して行動エリアを拡大していた姿であったり、新しい餌場を求めて移動しているとこであったり、他のクマから縄張りから追い出されただけの姿であったのかもしれませんけどね。

その辺のクマ側の詳しい事情については「人里に出没するクマ側の事情を息子ヨコチンが取材してきた」に書きました。

 

もちろん、生きるためには、何度失敗してでも這い上がれる場所を見つけなければならないわけですから、きっと彼は最後はどこかにたどりついていることと思います。

運良く、這い上がれる岸にたどり着いたならば、「オレこんなに泳いだことはなかったぜ」くらいの気持ちで良い経験として記憶に残ったかもしれませんが、なかなか上がれる場所にたどりつけず、ヘトヘトになり朦朧となっていたかもしれません。

厳しい自然界で生き残るには、いついかなるときでも、猟師に撃たれるのも、ドングリの不作の年に飢えて死ぬのも、紙一重の世界です。

 

しかし、湖を泳ぐクマを目撃できて無邪気に喜ぶ子ども達の姿と、

それを見損ねたというだけの私たちのその直後の感覚と、

予期せぬ情況に追い込まれて無心に泳いでいたクマの気持ちをいま並べて思うと、

なにも文句も愚痴も言わずに、ただ自分たちの生息域が侵され破壊され続けている彼らの世界に対する

人間界の無神経さを、いまさらながらにただ申し訳なく思うばかりです。

 

あとになって妻から聞いて知ったのですが、泳いでいるクマをみつけた子どもはそのことを一生懸命先生に伝えていたのに、その先生はどれどれと見るわけでもなくさあさあ時間だからとその次の予定の行動を促していたそうです。

時間を守ることに気をとられて、クマに興味を示さない教師、子どもの声にも耳を傾けない教師の姿。

話しを聞いただけでその様子が目に浮かびます。

せっかくこのすばらしい大自然のなかにつれてきていながら、いったい何を見せようとしていたのでしょうか。

 

奥利根湖は、数多くあるダム湖のなかでも、標高が高く利根川最深部にまでたどるダム湖であるだけに、その残雪期にみられる景観はまるでカナダや北海道のような自然を堪能することができるので私にとっては大好きな場所でした。

 ところが、この渇水時の姿をみると、首都圏の深刻な水不足問題の原因をみる一時的な視点ではなく、これほどまでに山奥の純粋な自然を大規模に破壊していたのかという私たちの罪の大きさを思わずにいられません。

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