英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

どうか安全運転をしてほしい、命はひとつだ      最近見た交通事故2件に思う

2018年07月20日 09時55分37秒 | 時事問題
 間もなく古希を迎える。70年間も人生を送ってくると色々なことに出くわす。約1カ月前、軽乗用車と小型トラックが衝突し、軽乗用車が大破して転倒しているのを見た。また約3週間前、庭先で庭の手入れをしていると、近くで乗用車と幼稚園の送迎小型バスが衝突し、小型バスが屋根付きの駐車場に突っ込み、家の側壁にぶち当たって止まった。
 またか、という思いだ。栃木県の運転手の”初心者”とも思える運転を批判し、このブログでたびたび取り上げている。2015年3月31日付の「栃木県人の運転マナーは最悪」、2017年8月5日付の「なぜなのか、栃木県の運転マナーの悪さ」、2017年11月2日「運転マナーの最悪の県はどこ」だ。
交通事故で亡くなることくらい馬鹿げたことはない。人生は一度限りなのに交通事故で亡くなるほど悲しいことはない。今から半世紀前の高校時代、同級生がオートバイの事故で亡くなり、それが私の脳裏のなかにある。
 約一カ月前の昼下がり、母のいる老人ホームから遠回りして帰宅途中、広い農道で栃木県警のパトカーが止まり、4~5人の警官が現場検証していた。横転し大破した軽乗用車と小型トラックが道脇に無造作に置かれていた。農道の交差路に設置されたガードレールがくの字に曲がっていた。相当の衝撃だったのだろう。多分、軽乗用車と小型トラックが猛烈なスピードで衝突し、その勢いで軽乗用車がガードレールに衝突、それを乗り越えて横転したとみられる。運転手はいなかった。すでに救急車で搬送されていたのだと思う。私は徐行しながら現場を過ぎ去った。
 それから数日後、たまたま現場を通ったとき、喪服を着た4~5人の人々がいるのを見かけた。車が一台、現場近くで駐車していた。このため、そのうちの一人が私に頭を下げ、徐行を促した。わたしも徐行し、頭を下げて過ぎ去った。どちらかの運転手、多分軽乗用車の運転手が亡くなり、その遺族が現場を訪れたのだろうと推察した。
 この事故から1週間後、庭先で庭の手入れをしているとドカーンと大きな音がした。交通事故だと直感したが、庭の手入れを続けた。5~6分後、2軒先の小学生が飛んできて「おじいさん、車が家に衝突したよ」と伝えてくれた。
 私が少年と行ってみると、自宅の反対側の家(私の家と後ろ隣りの家)に面した片道1車線の道路の交差点で事故が起こった。幼稚園の送迎バスが交差路の角の家の側壁にぶち当たり、駐車場の屋根を支える鉄柱をへし曲げていた。乗用車は道路脇で止まっていた。間もなく警察車両と救急車が到着。幸い幼稚園児の送迎後で、彼らが乗っていなかった。運転手2人も、見た目には元気だった。この事故もスピードの出し過ぎと前方不注意だとみられる。小道から出てきた乗用車が一旦停止せずに道路に出てきて、道路上を走っていた送迎車の運転手がスピードを出していたのだろう。住宅街の道路をスピードを出して走行するのは非常識だ。幸い歩行者がいなかった。巻き込まれなくて良かった。少年はすぐ近くの公園で遊んでいたという。
 この2件の交通事故は栃木県の典型的な事故例だと思う。人と自動車が数え切れないほど多い東京や横浜の大都会ではあまりない。大都会ではスピードを出そうにも車と人が多くて出せないし、大都会の運転手は厳しい運転状況で先を読む目が養われている。これに対して、栃木県のように、人が少なくて車が多い社会では、横道から車や人が出てくるかもしれないと推測しなくてもよい。その訓練をする機会もない。
 ここの運転手はスピードを出す。ルームミラーに後続車が映る。60~70メートルは離れていても必死になって追いつこうとする車が多い。規制時速50キロの道路を55キロぐらいで走っているとみるみる追いついてくる。時速65~70キロは出している。
 横断歩道に人が立っていると、私は後続車がいない場合は、必ず止まる。歩行者は頭を上げて渡る。歩行者が頭を下げるのも栃木県の特徴だ。後続車がいる場合は、歩行者には申し訳ないが、この県の慣行に従い、歩行者を無視して横断歩道を通り過ぎる。後続車からの追突が心配だからだ。
 20年以上前にこの地に移り住んできた当初、交差点で信号が青になると、右折車優先が日常茶飯事だった。つまり直進車が交差点を渡る前に、右折車が曲がって先に行こうとしていた。現在、こんな無茶苦茶な交通慣行はたまにしか見られなくなった。良いことだと思う。
 私は栃木県人、特に根っからこの地に住んでいる人々に恨みがあるかのように、栃木県の交通マナーを何度も取り上げてきた。決してそんな気持ちはない。最初はあまりにも東京での運転マナーや状況と違っていたのに驚き怒ったが、今では栃木県の運転手に安全運転を心掛けてほしいと切に願う。特に奥様ドライバーにお願いしたい。

 【追伸】このブログを書いた20日午後6時、珍しく道路は渋滞していた。信号機が青になり、私は交差点を右折しようとしたが、しばらくできなかった。対抗車2台が道をふさいでいた。反対車線の車は、交差点の手前で停車するのが道路法規で習った規則ではなかろうか。法規を無視した車を運転していた女性ドライバーに目をやったが、何事もないかのような顔をしていた。めったに渋滞がないからの運転マナーだ。

 

地球は確実に温暖化の道をたどっている   熱中症で亡くなった愛知県・豊田市の小1男子生徒の冥福を祈る

2018年07月18日 10時55分17秒 | 地球環境・人口問題
  17日正午前、愛知県豊田市の市立梅坪小学校の校外学習から帰った1年男子児童(6)が意識をなくし、救急搬送されたが熱射病で亡くなる事故があった。
ご両親の嘆きと怒りはいかばかりであろうか。学校側が環境の変化に気づかず、従来の慣行にしばられたことが原因だ。学校側には重大な落ち度があったが、非難だけでなく貴重な教訓を全国の小学校に伝え、各市の教育委員会はこの児童の犠牲を教訓にすべきだ。
  市教育委員会と学校によると、午前10時ごろ、1年生4クラスの112人が校外学習の一環で約1キロ離れた和合公園へ歩いて出発。虫捕りや遊具を使った遊びをした後、11時半ごろに学校へ戻った。11時50分ごろ、担任の女性教諭が男子児童の唇の色の異変に気づき、児童は間もなく意識を失ったという。
  児童に持病はなく、出発前の健康確認では異常を訴えていなかった。だが、公園に向かっている途中から「疲れた」と話し、ほかの児童からも遅れ気味になっていて、教諭が手を引いて歩いたという。
  豊田市内は午前9時に気温が30度を超え、11時には33・4度、正午には34・8度を観測。児童たちは水筒持参で、こまめに飲むよう指示していたという。教室にはエアコンはないが扇風機が設置されており、戻った際も動かしていた。
  今回の校外学習では、ほかにも3人の女子児童が体調不良を訴え、1人は保護者と一緒に早退したという。
  17日夕、男児が亡くなった市立梅坪小の籔下隆校長と鈴木直樹・市教育委員会学校教育課長が記者会見で「水分は補給するよう声はかけていた」「健康は異常がないか事前に確認した」と釈明したが、「学校教育の場で尊い命が失われた。深くおわび申し上げます」と陳謝した。
  籔下校長は校外学習の目的が「虫捕り」であり、夏に実施した点は「問題はない」としつつ、「こういう結果になったことは判断が甘かったと痛感している」と声をつまらせた。
  熱中症に詳しい兵庫医科大特別招聘(しょうへい)教授の服部益治さんは「過去に熱中症が起きなかったから大丈夫という考えは、捨てないといけない」と訴える。「命は他のなにものにも代えられない。高温注意情報が出たときは原則、炎天下の外に出ず、野外活動は中止すべきだ」
  本当に悲惨な結果になった。服部さんの訴えに耳を傾けるべきだ。チャーチルが生前、強調していたことにひとつに「変化」がある。明らかに環境が変化している。それも重大な変化だ。
  私が20代の頃、夏に35度を超えることはほとんどなかった。30代後半の1980年代、名古屋に赴任した。当時「名古屋は暑いよ」と聞かされて赴任した。確かに暑かったが、それでも35度を超えることはなかった。
  日中暑くても夜半に熱帯夜になることは7,8月を通して10~20日ぐらいだった。現在はほぼ毎日熱帯夜だ。また夜中、エアコンをつけて寝ることはなかった。夜明けは涼しかった。現在、専門家は、夜中、エアコンをつけ、26~27度ぐらいして寝なさいと勧告している。 朝のワイドショウで暑さ対策をこれほどまで長時間にわたって放送しているのが今年の特徴だ。
  明らかに地球温暖化現象が表面に現れてきた証拠だ。取り返しのつかない分岐点に差し掛かっているのかもしれない。船で言えば、45度傾いていて、これ以上傾けば復元できないところまできているのかもしれない。
それなのに人間という動物は二酸化炭素を排出し続けている。中国やインドはどの中進国は先進国に追いつこうとして二酸化炭素の排出におかまいなしだ。このままでは21世紀末にはどうなるのだろうか。
  中国の人々の暮らしが豊かになることを否定しないが、中国やインドなどの中進国や開発途上国と先進国とが協調して真剣に地球温暖化防止対策を施さなければ、地球は滅びるだろう。暑さに耐えられなくなったときは、農業は壊滅寸前で食糧不足におちいり、食料戦争が起こるにちがいない。そして干ばつで地球が干上がり、人類が滅亡する前に、食料戦争で原子爆弾により滅亡するのは目に見えている。
  わたしはこのブログで「人間ほど愚かな動物はいない」と申し上げたが、私の独言を否定するためにも世界中の人々が地球温暖化の防止に今こそ立ち上がらなければならないと思う。この温暖化をもたらしたわれわれの世代や前の世代がこの問題を解決する義務を子孫のために負っている。

 写真:男児死亡について記者会見で説明する愛知県豊田市教委の鈴木直樹・学校教育課長(左)と籔下隆・市立梅坪小校長

セルジオ越後氏は日本サッカーが嫌いなのか     W杯の日本代表への「辛口批評」に思う

2018年07月01日 13時52分23秒 | スポーツ
 「テレビ東京・SPORTSウォッチャー」に昨日出演したサッカー評論家のセルジオ越後さんがW杯ロシア大会の日本代表チームに「辛口批評」をした。日本人ファンから批判が殺到しているのではないかと心配になった。事実、そのようだ。
  W杯ロシア大会前、彼はテレビ番組でコロンビア、セネガル、ポーランドの格上対戦を分析し、日本代表がグループリーグ突破の可能性は「1~2%」と予想した。これに反して日本代表は見事にグループリーグを突破した。
司会者が「外れたので、謝罪しますか」と質問した。しかし越後さんはたたみ掛けるように「1~2%と予想しましたから、謝罪する必要はありません。しかしトーナメント初戦のベルギー戦の勝利はゼロです。これが外れたら謝ります。ゼロですから」「日本は予選(1次リーグ)を突破しただけで喜んでいる」と公言した。
 この批評に対し、日本人ファンは「一度セルジオ越後さんに代表監督やって欲しいんだけどね(笑)」「セルジオ越後氏はなぜ嫌われるかというと、日本代表に対する愛が微塵もないからだと思います」「こんな奴が日本代表の解説すんなよ」「日本から出て行って下さい。応援しなくて結構です」などと批判した。
 私はどんな意図でセルジオ越後氏が発言しているのかは明確には理解できないが、発言していることはきわめて現実的だ。彼の血は日本人の血が混じっているが、育ちはブラジル。ブラジルの国民性はまったく分からないが、日本人の国民性よりも個人的な感情の起伏は大きくても、目の前の出来事には現実的なのかもしれない。そして多分にサッカー最強国のブラジル人の目から見ているのだろう。
 ブラジルの元プロサッカー選手の目から見れば、日本サッカーの成長段階はまだまだだということだ。それなのに「現実を直視せず、期待値ばかりが前面に出ている。これでは将来的には害あって益なしだ」と批評している、と私は推察する。
太平洋戦争の指導者も「米国と戦っても敗北するが、1~2年なら戦える。その間にドイツが何とかしてくれる。一撃を与えれば、戦意を消失するにちがいない米国人が政府に圧力を加えて、日本との和平に応じる」と期待した。
 日本人の国民性は、必敗の相手でも、「もしこうなれば」と予測して期待する。ましてや日本チームは幸運にもグループ突破した。日本人がますます大きな期待を掛けるのは無理もない。セルジオ越後氏は日本人の国民性を理解していないのかもしれない。
 日系ブラジル人2世のセルジオ越後氏の「辛口批評」に同意する点が多い。ただ日本人には、もう少し婉曲に言うべきだ。日本人は一面強いようで繊細。あまりにも厳しい現実を単刀直入に言われると反ばくする傾向がある。そこを彼は理解していない。
 私は若い頃、7年間ばかり英国に滞在し、英国人から嫌と言うほど「現実を直視せよ。現実から解決口が見つかる。根拠のない期待は決してしてはいけない」と教わった。それ以降、夢見る私は冷厳な現実主義者になった。
 ベルギー戦の勝算はゼロ、とセルジオ越後氏は公言する。これに対して、日本人評論家は「2-1」「3-2」と日本勝利を期待値で予測する。
セルジオ越後氏の厳しい批評は現実を直視してこそ、そこから発展があるのだとの日本人への温かい励ましだ。私もベルギー戦の勝機は99.9%ないと思う。日本人だから、セルジオ越後氏と違って、わずかな期待をこめて0.1%あると言っておきたい。
 もっとも大切なことは、皆で日本代表の勝利の可能性を論じる楽しさではないだろうか。太平洋戦争と違って、サッカーW杯で日本代表が敗北したところで、国は滅びない。国民が塗炭の苦しみに投げ込まれない。W杯はお祭りなのだ。楽しくいこう。セルジオ氏は日本人の心を理解して日本サッカーの将来のために貢献してほしいと願う。