陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

スコット・フィッツジェラルド「生意気な少年」その9.

2010-12-11 23:31:35 | 翻訳
IV

ベイジルが苦しい立場に置かれ、ひどく惨めな心境でいるにちがいないと感じたドクター・ベイコンは、結局、ニューヨークに行かせる方向で段取りを組んだ。ベイジルの引率はフットボールのコーチであり、歴史の先生でもあるルーニー先生に任せた。ルーニー先生は、二十歳のときに警察に入るか、奨学金をもらってニューイングランドの小さなカレッジへ行くか、ずいぶん迷った人物である。実際のところ、彼はなかなか厄介な人物で、ドクター・ベイコンもクリスマスまでには彼を学校から厄介払いすることを考えていた。ルーニー先生は、今年のフットボール・シーズンの終盤、競技場でベイジルがあやふやで頼りないプレーをしたことが原因で、ベイジルを軽蔑していた。ニューヨークへの引率を引き受けたのには、個人的な思惑があったのだ。

 ベイジルは汽車の中ではおとなしく坐って、ルーニー先生の大きな体越しに入江やウェストチェスター郡の休耕地などをちらちらと眺めていた。ルーニー先生は新聞を読み終えてたたむと、むっつりと黙り込んでしまった。量の多い朝食を取ったあと、急にこんな仕事が回ってきて、消化を促進する運動をしようにも、その時間が取れなかったのである。先生はベイジルが生意気な少年で、そろそろ何か生意気なことをしでかして、叱る必要があるにちがいない、と考えていた。ところがベイジルが咎めるようなこともせず、おとなしくしているものだから、先生はいいかげん飽き飽きしていた。

「リー」不意に先生は口先だけの親しげで興味があるふうを装って尋ねた。「どうして君は賢くなろうとしないんだね」

「なんですって、先生?」ベイジルは今朝から続いていた興奮の酔いから、急に引き戻された。

「どうしてもっと賢くなろうとしないのか、と言ったんだ」ルーニー先生はいくぶん厳しい口調でそう言った。「それとも学校での嘲笑の的でありたいのかね?」

「そんなことはありません」ベイジルは寒気がしてきた。どうしてほんの一日だけでもこうした話題を放っておいてもらえないのだろうか。

「何も君はそんなふうに、四六時中、生意気なまねをしなくてもいいんじゃないのかな。歴史の授業中、何度か君の首をへし折ってやりたくなったこともあったんだよ」

ベイジルはどう答えていいか、まったく見当がつかなかった。

「それからフットボールをやっているときも」とルーニー先生は続けた。「君はてんで度胸がないんだからな。ポンフレット校の二軍とやったときにもわかったように、その気になりさえすればほかの連中よりもうまくできるのに、度胸がない」

「ぼく、二軍なんかとやるべきじゃなかったんです」とベイジルは言った。「ぼくは体重が軽すぎるんです、三軍にいたらよかったんだ」

「臆病なんだよ。君の問題はそれだけだ。自分の欠点を理解しなくては。授業中ときたら、いつもほかのことを考えているじゃないか。勉強しなけりゃ、大学には絶対に行けないぞ」




(この項つづく)