本谷有希子著『生きてるだけで、愛。』(新潮文庫、も35-1、2009年3月1日新潮社発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ。25歳の寧子は、津奈木と同棲して三年になる。鬱から来る過眠症で引きこもり気味の生活に割り込んできたのは、津奈木の元恋人。その女は寧子を追い出すため、執拗に自立を迫るが……。誰かに分かってほしい、そんな願いが届きにくい時代の、新しい“愛"の姿。芥川賞候補の表題作の他、その前日譚である短編「あの明け方の」を収録。
出だしはこうだ。
女子高生の頃、なんとなく学校生活がかったるいという理由で体中に生えてるあらゆる毛を剃ってみたことがある。髪の毛、眉毛、脇毛、陰毛。まつげと鼻毛はさすがに無理だった。
今、25歳の寧子(やすこ)は、32歳の津奈木景(つなき・けい)の家に転がり込み、メンヘル(メンタルヘルスでうつ病)で過眠症となり、ひきこもり中だ。常に寝過ぎてしまい、あげくに津奈木に無理難題をぶつけるが、彼は言われたことを受け入れたふりをして、体裁だけなのが見え見えだ。寧子はますますいらだつ。
荒れる一方の寧子と、スルーする津奈木のどうしようもない生活の中、津奈木の元カノ・安堂が登場し、寧子に自立を強要し、強引にヤンキー夫婦経営のアットホームなイタリアンレストランに就職させる。
前日譚の「あの明け方の」は、寧子と津奈木が喧嘩にならない喧嘩をして、寧子が家出する19ページほどの小品。一緒に見ていた録画TVを、彼が勝手に早送りしたことが原因だ。寧子は「あたしが松岡修造のことおもしろいと思って注目しているの、あんた知ってるでしょ?」「・・・あんたに松岡修造の何が分かんの?」と決めつける。
(こんなところで、実在の名前を出して良いの?)
私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)
いつも四つ星どまりなので、だいぶ無理して五つ星にした。「前日譚含めても135ページなのが良い」って何なの!その言い方。
いらだつ「味の濃い」寧子と、柳に風の「淡泊な」津奈木のやり取りが面白い。
「あたし、楽されると苛つくんだよ。あたしがこんだけあんたに感情ぶつけてるのに楽されるとね、元取れないなあって思っちゃうんだよね。あんたの選んでる言葉って結局あんたの気持ちじゃなくて、あたしを納得させるための言葉でしょ?」
・・・
「ごめん」・・・
「だからなんのごめんなの、それ。津奈木はさ、すごい誤解してると思うんだけど、あたしを怒らせない一番の方法はね、とりあえず頷いてやり過ごすことじゃないから。・・・同じくらい振り回されろってことなんだよね」
「あんたが別れたかったら別れてもいいけど、あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生」・・・
あたしはこんな自分に誰よりも疲れていることを津奈木に知ってもらいたくて、・・・最後の最後まで津奈木に一緒に疲れてほしいと願っている自分に嫌気がさしたけど、どうしてもそうせずにいられなかった。・・・津奈木は・・・。
フリー編集者の仲俣暁生氏の解説にはこうある。
これまでの恋愛小説は、当事者同士が「二者完結」した状態にあり、それ以外の世の中に対して「閉じて」いる。だが、現在は自己完結した人間が増大し、この小説でも、恋愛抜きで世界に対して「閉じる」ことができている。読者はこれって恋愛なんだろうかと疑問を持ちながら読み進めることになる。
閉じた者同士の恋愛があり得るのか? 題名の「生きてるだけで、愛。」とはこのことなのだろうか?
本谷有希子(もとや・ゆきこ)
1979(昭和54)年、石川県白山市生れ。2000(平成12)年「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。
2002年より小説家としても活動を開始。
2006年本作『生きてるだけで、愛。』が芥川賞候補。
2007年『遭難、』で鶴屋南北戯曲賞を最年少で受賞。
2009年『幸せ最高ありがとうマジで!』で岸田國士戯曲賞を受賞。
2011年『ぬるい毒』で野間文芸新人賞
2013年『嵐のピクニック』で大江健三郎賞受賞、シンガーソングライターで映画監督の御徒町凧と入籍。
2014年『自分を好きになる方法』で三島由紀夫賞受賞
2016年『異類婚姻譚』で芥川賞受賞
他の作品に、『江利子と絶対』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『生きてるだけで、愛。』『あの子の考えることは変』『自分を好きになる方法』などがある。