寒風の中、吉祥寺に出て歩き回りくたびれて、帰りはコミュニティーバスのムーバスに乗った。
向かいの席に若い夫婦が座っていて、2歳位の男の子が父親の膝の上に座っていた。頭を叩くと、目玉が飛び出しそうな大きな目に、「床屋で刈って来いよ」と言いたくなるほど長くカールしたまつ毛だった。男の子は気むずかしく眉毛を寄せ、迫力ある大きな目をぎょろっとさせてバスの中を眺めていた。まるで海老蔵か、無声映画の目玉の松ちゃんが見得を切るように。
隣に座っていたおばさんが父親に「次降りますから坊やにボタン押させてください」とでも言ったのだろう、父親は礼を言った。男の子を膝の上に立ち上がらせて、傍のボタンを指さした。男の子は振り返って父親の顔を見て確認してから、指を伸ばし、そしてちょっとためらってからボタンを押した。車内に停車ブザーが響き、男の子は、顔を一気にクシャクシャして笑った。母親も、父親もニコニコ、ニコニコ。乗客もニコニコ、ニコニコ。北風の中を走るムーバス車内はいっぺんにホカホカになった。