hiyamizu's blog

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福岡伸一「生物と無生物のあいだ」を読む

2010年08月03日 | 読書2

福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」講談社現代新書1891、2007年5月、講談社発行を読んだ。

講談社のHPで本書について、かの茂木さんはこう言っている。

「福岡伸一さんほど生物のことを熟知し、文章がうまい人は希有である。サイエンスと詩的な感性の幸福な結びつきが、生命の奇跡を照らし出す。」――茂木健一郎氏


生物とは自己複製するシステムだとよく言われる。ウイルス自体は無機的で単独ではなにもできないが、細胞にとりつくことにより自己複製できる。しかし、著者はウイルスを生物とは考えない。生物とは、自己複製するシステムというだけでなく、“動的平衡にある流れである”と主張する。

ウイルス、DNAの発見など分子生物学の黎明期から米国の最先端研究現場の日常、そしてノーベル賞を逃した地味な研究者の業績・人物像、さらに米国東部での研究生活がすばらしい文章で語られる。エピローグには、昆虫少年だった著者の生命というものとの出会いが語られるが、これがまた見事なできばえだ。

科学の新発見にはドラマがある。時代を画す新発見ほどあざやかなドラマがあり、優れた学者ほど意外性のあるドラマチックな発見をするように感じる。イワノフスキーによる顕微鏡では見えないウイルスの発見、エイブリーのDNA発見、シュレーディンガーの生命に関する予言などだ。これらが生き生きと語られる。

以下、ポイントの「動的平衡」についてだけ触れる。

シェーンハイマーの実験が、生物が動的平衡にある流れであることに導いた。ネズミに重質素で標識されたアミノ酸を含む餌を与える。このアミノ酸の約30%だけが排出され、半分以上が体の中の蛋白質に取り込まれた。ネズミの体重は変わらないので、取り込まれたのと同量の古いタンパク質が排出されたのだ。つまり、ネズミを構成していたタンパク質はたった3日のうちに、食べたアミノ酸の半数で置き換わった。脂肪組織でさえ、食べた脂肪は蓄積され、蓄えていた脂肪が消費される。貯蔵物と考えられていた脂肪でさえ流れの中にあるのだ。

「秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない」
エントロピー増大の法則は生体を構成する成分にも降りかかる。これに抗する唯一の方法はシステムの耐久性と構造を強化することではなく、あえて先回りして自らを分解し、常に再構築して流れの中に置くことだ。“生命とは動的平衡にある流れである”
「生命形態の情報だけはDNAという形で正確に引渡しつづけ、生体物質自体は絶えず作り直す、それが生命維持の仕組みだ」と、私は単純に理解した。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

生物、無生物についての深い分析がなされるわけではない。DNAなど知らない人にも、複雑な話を分かりやすく説明している。具体的分子生物学の実験方法も語られて、最新研究現場の臨場感もある。著者の身近にいた科学者の逸話も多く、文章が上手いのでワクワクしながら読んでしまう。

米国での生活風景の描写も見事だ。ボストンに比べてニューヨークの何が違うか。それは、振動だというところなど、科学者というより文学者だ。この本は、ベストセラーになっただけに、科学解説書であり、文学書なのだ。



福岡伸一は、1959年東京生まれ。
1982年京都大学農学部食品工学科卒。
1988年ロックフェラー大学ポストドク(ポストドクトラル・フェロー)
1989年ハーバード大学医学部ポストドク
1991年京都大学講師、
1994年京都大学助教授
2004年青山学院大学理工学部化学・生命科学教授。
2006年科学ジャーナリスト賞受賞。『プリオン説はほんとうか?』で講談社出版文化賞科学出版賞受賞
2007年本書は65万部を超えるベストセラーとなりサントリー学芸賞<社会・風俗部門>受賞。
2009年『動的平衡



目次
第1章 ヨークアベニュー、66丁目、ニューヨーク
第2章 アンサング・ヒーロー
第3章 フォー・レター・ワード
第4章 シャルガフのパズル
第5章 サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ
第6章 ダークサイド・オブ・DNA
第7章 チャンスは、準備された心に降り立つ
第8章 原子が秩序を生み出すとき
第9章 動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か
第10章 タンパク質のかすかな口づけ
第11章 内部の内部は外部である
第12章 細胞膜のダイナミズム

初出:「本」2005年7月号、2006年3月号―2007年6月号



以下、私のメモ。

ワトソンとクリックがDNAの構造を明らかにしてノーベル賞を受賞したことは有名だが、DNAが遺伝子だと明らかにしたのは縁の下の力持ち “an unsung hero” ともいえるオズワルド・エイブリーだ。肺炎双球菌に強い病原性を持つS型ともたないR型がある。死んでいるS型菌と生きているR型菌を混ぜて実験動物に注射すると、肺炎が起こり、動物の体内からは生きているS型菌が発見された。彼はR型菌をS型菌に変化させた物質が核酸、つまりDNAであることを明らかにした。DNAが当時考えられていた複雑なタンパク質でなく、単純な核酸であるという発見があってはじめてワトソンとクリックのノーベル賞受賞があったのだ。

DNAをわずか2時間足らずで10億倍に複製させるPCRマシンは遺伝子研究の強力な装置だ。この機械をドライブデート中にひらめき、発明したのが、ポスドクを渡り歩くキャリー・B・マリスだ。マリスはサーファーであり、あらゆる職場で女性問題を起こし辞め、PCRの発明でノーベル賞を受賞した科学界随一の一発屋だ。

量子力学の波動方程式で有名なシュレーディンガーの書いた『生命とは何か』という本の中で「なぜ原子はそんなに小さいか?」と言う疑問を提示している。彼の答えは、生物体の大きさが原子に比べて充分大きくないと、原子の無秩序な熱運動に翻弄されてしまうためだと推測している。


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