hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

多和田葉子「溶ける街 透ける路」を読む

2010年03月03日 | 読書2

多和田葉子著「溶ける街 透ける路」2007年5月日本経済新聞出版社発行を読んだ。

2005年春から2006年末まで多和田葉子が実際に行った街のエッセイ集だ。ヨーロッパが中心だがアメリカ、カナダ、中東も少々。ドイツに住んで30年近く、小説や詩をドイツ語でも書く彼女が、見知らぬ街へ行き、皮膚感覚で感じ、人と触れ、そして自作を朗読し、読者と話す。日本では情報が少ない東欧の話に興味がわく。

初出は、日経新聞朝刊(土曜日)に、2006年1月から12月。

例によってどんな話か、いくつか書き出そう。( )は私が追加。

ブダペストで、
(体制が変わった直後は)
啓蒙主義、アバンギャルド、社会主義など、これまでいろいろなアイディアがあったのに、結局キリスト教ひとつに戻っていってしまうのかと思うと寂しい気がして、・・・。(案内の人も言う。)「・・・自分にとって一番大切なのは家族、次は神、なんて言う子がたくさんいて驚かされる。時代は逆流していくのだろうか。」


仏・トゥールーズで、
私をこの町に招待してくれたのは、「白い影」という地元では有名な本屋だった。ここでは毎日、講演や朗読や討論が行われ、本屋というだけではなく、町の大切な文化施設としての役割も果たしている。

(本屋さんが町の文化施設とはすばらしい。日本では図書館がその役目を果たそうとしているが、作家の方も、もっと読者と触れた方が良いと思う。もっとも、サイン会で握手や、一緒の写真を求めるだけの読者では仕方ないか。)

仏・ボルドーで、
海のあるところは光が違う、銀色の膜をかぶったまぶしい空には、人の心をそわそわさせるものがある。海の広さが共鳴空間を桁はずれに広げてしまうせいか、砂浜で遊ぶ人たちの声が昔見た夢のように遠い。

(光景が浮かび、空気が感じられる。さすが詩人。)

スイスは安全な国だが、腕のいいすりがいる。多額の現金を持った人間が道をあるいている国なので、各国から腕利きのすりが集まってくるのだと、・・・

(私も、スイスや、パリで同じことを注意された。とくに観光シーズンにはすり団が集結するらしい)

プラハとタリン(エストニア)の建築の違いはどこにあるかをくわしく説明してくれる。普段「ヨーロッパの古い家並み」という曖昧な捉え方しかしていないわたしには・・・。こんなに若い人が自分の国や隣国の建築について外国語でくわしく説明できるというのは東欧では普通なのかもしれないが、やはり驚いてしまう。日本の学生で、日本のお寺の建築様式を中国や韓国のそれと比べながら英語でうまく説明できる人がどれくらいいるだろうか。




私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

さまざまな国の50を超える町を訪れる。聞いたことない町も多く、それが国、大陸を超えて(時系列に)並んでいるのでわかりにくい。しかし、その町に入っていくときに感じる空気に関する記述は、鋭い感性、表現力を持つ多和田さんならでの見事さだ。

多和田さんの物の見方、姿勢は常に一貫している。また案内してくれる人や、ふれあう人も文学関連の文化人が多く、桁はずれの体験はない。名所旧跡の見学もないが、各国の文化事情は垣間見られる。

多和田さんは、自分でもあとがきで「妙な小説を書く」人と言っているが、私の多和田評は、日本人なのにドイツ語で小説や詩を書き、その内容は、跳んでいてわけの分からないというものだった。しかし、この本を読むと、考え方、行動はごく普通の、まっとうな人で、ただ感性が鋭く、自分の生き方を貫いている人のようだ。

多和田さんは、大学で第二外国語を学ぶことが、英語学習のマイナスではなくプラスになるし、多様さを失ってはならないと言っている。他のところでも常に多様性の確保を主張している。語学については、英語もままならない私は語る資格がないが、日頃から均一なものに収斂していく日本人、とくにマスコミにはウンザリしているので、多様性の尊重には大賛成だ。



多和田 葉子
1960年東京生まれ。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。入社後の研修で行ったドイツに惚れ込み、ハンブルク大学修士へ進み、移住。1991年「かかとを失くして」で群像新人文学賞、1993年「犬婿入り」で芥川賞、2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花文学賞、2002年『球形時間』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2003年『容疑者の夜行列車』で伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞、2009年早稲田大学坪内逍遥大賞を受賞。他の作品に『海に落とした名前』『アメリカ 非道の大陸』、詩集『傘の死体とわたしの妻』など多数。ベルリン在住。



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