政府の過ちを正せるのは市民だけだ(チュムスキー氏 中日新聞2014年3月8日)

2014-03-12 22:19:31 | 日記
政府は「心配ない」とウソをつく

 「無防備な子どもたちが、放射線の危険にさらされている。恐ろしいことだ」。上智大での講演会で来日したのを機に東京都内のホテルで四日、福島の親子ら三人と面会したチョムスキー氏は嘆いた。

 三人は、福島市に住む武藤恵さん(40)と長女で小学三年生の玲未(りみ)ちゃん(9つ)、福島県郡山市から静岡県富士宮市に自主避難した長谷川克己さん(47)。長谷川さんは妻、小学二年生の長男(8つ)、長女(2つ)の四人暮らしだ。

 武藤さんの自宅は福島第一原発から約六十キロ。「政府は換気扇を閉めて、外出する時はマスクを着けるように、ということしか教えてくれなかった」と当時の混乱を振り返った。

 山形県に週末だけ自主避難していた時期もあったが、経済的な問題もあり、やめた。「事故後、子どもの体調が良くない」という。国は緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による放射能汚染の情報を公表しなかった。にもかかわらず「『安全宣言』をした。周りは事故前と変わらない日常に戻ったように見えるが、そうではない」と、放射能の恐怖にさらされている現実を訴えた。

 長谷川さんは、郡山市で介護事業を営んでいたが、事故の五カ月後に自主避難した。「将来、健康被害が出たら、お金で償われても元には戻れない。子どもを守ろうという思いだけだった」。避難先の静岡での生活については「工事現場の日雇い作業員をして食いつないだこともある。経済的に安定せず、心もとないです」と切々と語った。

 自主避難者は十分な補償が受けられない。東電からの補償金も避難区域内に住んでいた避難者に比べて乏しく、経済的な負担が重くのしかかる。

「子どもらがどんなに不安でも、政府というのは心配するなとウソで言い含めようとするものなのです」。チョムスキー氏は、米国とソ連の緊張が核戦争の寸前まで高まった一九六二年のキューバ危機のころのことをとつとつと語った。「私の娘の友達の中には、戦争になれば生き残れないと不安そうな子もいた。米政府は『米ソの緊張関係は危なくない』と宣伝した。私の娘は学校の先生から『核戦争が起きても机の下に隠れれば大丈夫』と言われたんですよ」

 緊張した面持ちでチョムスキー氏の顔を黙って見つめていた玲未ちゃんは、周囲に促されて「武藤玲未です」と自己紹介。チョムスキー氏も、この時ばかりは柔和な表情を見せ、「日本に五十年ぐらい前にも来たことがある。私の娘がちょうどお嬢ちゃんと同じくらいだった」と懐かしがった。

◆子どもを見よ

 チョムスキー氏は、福島第一原発事故の後、二〇一一年九月に東京都内で開かれた脱原発集会の際、支持を表明する連帯メッセージを寄せた。福島の親子らと面会したのは、福島の子どもたちの「集団疎開裁判」を支援してきた縁からだ。一二年一月、「最も弱い立場の子どもらがどう扱われるかで社会の健全さが測られる。私たち世界の人々にとって裁判は失敗が許されない試練だ」と集団疎開裁判を支持するメッセージを寄せている。

 集団疎開裁判では、郡山市に住む児童と生徒十四人が、空間放射線量が年間一ミリシーベルト未満の地域に疎開して教育を受ける措置を市に求め、仮処分を申し立てた。

 司法の判断はつれなかった。福島地裁郡山支部は一一年十二月、申し立てを却下。仙台高裁も一三年四月「福島原発周辺の児童・生徒の健康に由々しい事態の進行が懸念される」と指摘しながら抗告を却下した。

 福島の親子らは四月にも、約十人の子どもを原告として、地元の自治体を相手に集団疎開を求める行政訴訟を起こす予定だ。

 チョムスキー氏は、親子らに「政府に対する外圧を上手に使うことだ」とアドバイスした。「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)などの権威ある国際的な団体と健康被害の調査について連携し、放射線の被害を広く訴えることもできる。日本政府に被害を隠すことは恥ずかしいと思い知らせられればよい」

 「日本は広島、長崎の原爆を経験し、放射線の怖さを知っているはず。それなのに、政府が被災者の不安に寄り添わないとは。言葉にならない」と日本政府の対応を厳しく批判した。
◆市民運動が道

 チョムスキー氏は、本紙のインタビューに対し、安倍政権についての懸念も口にした。「日本の超国家主義者は平和憲法をなくそうとしている。安倍晋三首相らが靖国神社に参拝し、従軍慰安婦を否定しようとするのは、日本を帝国の時代に戻そうという狙いがあるのではないか。ヒトラーが権力を掌握していく過程を思い起こさせる」

 集団的自衛権の行使容認についても「集団的自衛権と言えば聞こえは良いが、実態は侵略戦争だ。米政府も戦争を国防と言い換えるが、それに似ている。だまされてはならない」と指摘。自民党の石破茂幹事長が特定秘密保護法の抗議活動に対し、「テロ行為と本質は変わらない」と言い放ったことに触れ、「政府は市民の反発を恐れている。テロリストというのは、権力側が反対する市民にレッテルを貼っているだけだ。強制や弾圧を正当化する言い訳にすぎない」と話した。

 「政府の過ちを正せるのは市民だけだ。困難だろうが、福島や日本全体で、政府が無視できない運動をつくり出してほしい。地域の市民のつながりを強化してほしい。それこそが状況を改善していく道だ」

 (林啓太)

 <ノーム・チョムスキー> 言語学者、哲学者。1928年、米国フィラデルフィア生まれ。ペンシルベニア大を卒業し61年からマサチューセッツ工科大(MIT)教授。50年代に言語学における革命的な理論を発表し「現代言語学の父」と呼ばれる。

 一方で、ベトナム反戦運動に携わり、人権や平和に関して積極的に発言。今年1月には、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設について、「沖縄の軍事植民地状態を深化、拡大させる」と反対する声明を他の有識者とともに発表している。

 著書に「統辞構造論」「メディアとプロパガンダ」「秘密と嘘と民主主義」など。