矢野(五味)晴美の感染症ワールド・ブログ

五味晴美の感染症ワールドのブログ版
医学生、研修医、医療従事者を中心に感染症診療と教育に関する情報還元をしています。

日経メディカル summer 臨時増刊の耐性菌関連の記事に異議あり!

2011-07-25 22:02:49 | 感染症関連
先週、ダイレクトメールとして無料で送られてきた日経メディカルの臨時増刊号があります。

ふだんはほとんど目を通すこともありませんが震災関係の記事もあったので目次をさらっと見ていました。

耐性菌に関する記事があり、斜め読みしかしなかったので詳細は存じませんでしたが、
本日、知人らから内容に事実誤認があるようだとの知らせで、自宅に戻り雑誌を引っ張り出して読んでみました。

非医療者の取材記事ですが、かなり情報に事実誤認があります。

主要新聞でも、医療に関する記事はこれまでにも情報の中立性、学術的妥当性が担保されていないものも多い状況です。


特に医療に関しては、日本のメディアの状況を反映し、感情論に偏った”変な報道”も多々見受けられてきました。

それにしても、今回の日経メディカル「滞る抗菌薬開発、適正使用がカギ、広域抗菌薬の一律制限に疑問の声も」という記事は、事実誤認があきらかにあります。

事実誤認
1)日本は耐性菌が少ない国である
これはとんでもない事実誤認です。

「培養を出していないので、耐性菌も見つかっていない」のかもしれませんね。

世界の耐性菌で、「日本発(=世界初)かつ日本初」の耐性菌は枚挙にいとまがありません。

1990年代初頭に、世界初のCarbapenemaseが”日本から”報告されています。
1997年に、世界初のVISA, VRSA バンコマイシン耐性MRSAが報告されています。
2000年台後半に、世界的にも驚きのペニシリン耐性、ニューキノロン耐性のB群連鎖球菌が報告されています。

肺炎球菌の耐性菌は、国内の疫学データで50%を越えています。(髄膜炎のブレイクポイントで)

肺炎球菌の国内でのマクロライド耐性は目を覆いたいほどの高率です。(臨床的には使用不可のレベル)

大腸菌のニューキノロン耐性も高率です。

国内でのMRSAの比率は、分母を何にするか、どういう患者を対象としたサーベイランスなのかによりますが、通常の日本の一般病院でのMRSAの比率は50%以上でしょう。
JANISのデータで、MRSAが10%???と報告されているそうですが、何を分母にしたのか?疑問です。

VRE バンコマイシン耐性腸球菌は、日本は”奇跡的に?”少ない状況ですが、感染対策が十分できなければ瞬く間に広がる菌です。

多剤耐性の緑膿菌やアシネトバクターも見受けられます。アウトブレイクが報道されています。

2)PK/PDによる抗菌薬投与に疑問?
とのコメントですが、PK/PD理論は、1980年代以降に世界的に確立してきた概念です。
この確立してきた概念に反論するなら、学術的に納得いく説明が必要です。

少なくとも、腎機能が正常で、半減期1時間のベータラクタム系においては、
「ベータラクタム系抗菌薬を朝夕2回点滴」を支持する科学的データはきわめて少ない現状です。

「患者はそれでもよくなった」との反論もありますが、それに対しては、

1)感染症の診断は確かだったのか?
2)そもそも抗菌薬の適応はなかったのではないか
3)再発率、治療不良率、再入院率などを適切に評価しているか

などの疑問は残ります。


PK/PD理論の好例では、日本が開発したレボフロキサシン。開発後、欧米などではPK/PD理論に基づき、1回500 mgを1日1回投与で臨床試験、FDAそのほかでも承認され、世界の100カ国以上で、1回500 mgを1日1回投与されていました。1回100 mgを1日3回投与という
少量頻回投与(濃度依存性の抗菌薬にはそぐわない投与法)で使用していたのは日本と中国のみで、中国はFDAの承認量にすぐに投与量を変更していました。

2009年になってようやく1回500 mg 1日1回投与、2011年にようやく静脈注射承認となり
世界の潮流に追いつきました。

また世界のカルバペネムの売り上げ高の半分以上が日本という驚異的なデータもあるようです。決して名誉なものではないことは周知の通りです。

今回の記事は、取材の偏りがあり報道内容が結果として事実誤認につながったのではないかと感じます。

医療のプロフェッショナルは情報の受け手として、非医療者の取材記事レベルの情報ではなく、peer-reviewed された学術的に信頼性の高い情報を選択的に集めることが必要です。さらにそれをも批判的吟味するスキルが必須です。決して「鵜呑み」にしない姿勢がプロフェッショナルとして不可欠です。

世界の大半の医療従事者が目を通す情報源として、内科系なら、

米国系雑誌NEJM, JAMA, Annals of Internal Medicineなど、

英国系雑誌のLancet, BMJなどからの情報、知見、見解を参考にすべき状況でしょう。

逆に、日本からの情報発信もこうした雑誌、これに準じた専門雑誌にしていかなければ世界の人の目には触れないため認識されません。日本国内だけのお話にしないで情報発信も常にグローバルな視点が不可欠です。

グローバルな情報発信は、著作権、特許にも深く関係しています。