YNWC的な日常

街の中でも季節を感じて暮らしたい。生き物や自然のの話を中心に美味しい食べ物、散歩のことなど綴っていきます

20 Let's 国際交流

2012-08-17 14:36:01 | プレ世界一周2012
こんにちは、うにまるです( ´ ▽ ` )ノ

メコン川を下ってベトナムに入国しました。

今回は、その前に多国籍な午後を楽しんだ昨日のお話。



昨日の午後はまるまるフリータイム。ちょっと困っていたら、ビクトリアが一緒にランチに行こうって、みんなに声をかけてくれました。

日本でも、単独行動が多いうにまるの人生に、多国籍な方々とプライベートでランチを食べる日が来るなんて考えてもいませんでした。

なんか、一人だけ完全に浮いてますけどね(^^;;



オープンテラスで食事をしていたんですが、途中でスコールに見舞われました。

あまりに激しいので室内に避難。





ビリヤードなんか、やっちゃいましたよ(^з^)-☆
教えてもらいながらですけどね。



雨が小降りになったので、レインコートを着て、王宮を見学!スコールが多いカンボジアでは1$レインコートが至る所で売っています。





王宮はいたるところが、ゴージャス
(≧∇≦)







庭も手入れされています。
ハスの花がアジアっぽくて素敵です。

シルバーバコダには、2000個のダイヤで飾られた仏像もありました。銀を敷き詰めた広間とかね。



そして、再び、リバーサイドのレストランへ。最上階の3階はオープンルーフになっていて、ながめも最高。

英会話に疲れたうにまるは、途中で戦線離脱。1時間ちょっと、フットマッサージをしてきました。

1時間のフットマッサージに15分のハンドマッサージをおまけしてもらい、支払いは9$。みんながハマる気持ちが分かりました
(#^.^#)

気持ちもリラックスできたので、再び、ツアーメイトに合流。いつのまにかほかの2人も合流していて、6人で11時近くまで飲んでいました。

こういう旅を選ぶからでしょうか、みんなとにかく親切。うにまるに話をふるときはゆっくり話してくれます。

しかも、うにまるに理解できそうな話題を一生懸命探してくれるんですよね。ほんと、ありがたいです。

日本の映画とか、漫画の話から、飼っているペットの話、今まで行ったことのある国や、日本での暮らしとか…。

小学校に掃除の時間があることを話したら、あり得ないって盛り上がってくれましたよ。

いろんな国の人が集まると、生活習慣がちょっとずつ異なるので、おもしろいです。

イギリスでは、「えんがちょ」のポーズは、晴れて欲しいおまじないなんだそうです。ちり紙で「てるてる坊主」を作ったらこれまたウケました。みんなゴーストだって…(^^;;

最後はみんな程よく酔っ払って、話がかみ合わなくても問題なくなっていたし…(笑)

国際合流が深まった夜になりました。うん、なかなか頑張りました。

さて次回はメコン川をスピードボートで下ったお話。お楽しみに( ´ ▽ ` )ノ





19 言葉がでない

2012-08-17 07:00:41 | プレ世界一周2012
おはようございます、うにまるです
( ´ ▽ ` )ノ

一昨日は、終戦記念日。



日本では、戦後67年が過ぎ、少しずつ風化しつつある記憶が、ここ、カンボジアでは、まだまだ生々しく残っています。写真は、二宮にある「ガラスのうさぎ」の記念碑。

軽々しく書ける内容ではないことは承知しながらも、今回の話題は、カンボジアの悲しい歴史についてのお話です。



内戦が続いていたカンボジアが、国連の力を借りて統一されたのは、1993年。まだ、20年に満たない、つい、最近のことです。うにまるはそのとき、すでに就職している年齢でしたし…。

それを思うと、今、目にしているカンボジアの発展には、底しれないパワーを感じます。

日本の戦後に置き換えて考えるとちょうどこれから、産まれてくる、子どもたちが、うにまるたちの世代になるのかな?

あれ?…ってことは、日本の復興も目覚ましかったってことですよね。そう理解はしていましたが、改めて実感。




さて、そんなカンボジアで、戦争の爪痕を知ることができる3つの博物館に行ってきました。

こちらは、アンコール遺跡群の郊外にある「地雷博物館」。内戦の後もカンボジアを苦しめた恐ろしい兵器です。

この博物館は、ポル・ポト時代に両親をなくし、現在は地雷除去のボランティアを続けるアキー・ラー氏が設立したということです。



館内にはアキーラ氏自身が除去したという地雷や武器、そして、地雷でハンディキャップを追った人々の写真など、たくさんの展示が並んでいました。

また、博物館と併設して、地雷のために家族で暮らせなくなった子どもたちの養護施設があります。



続いて、昨日プノンペンで訪れたのが、トゥール・スレン虐殺博物館。

ここは、もともと高校だったのですが、ポル・ポト時代に刑務所として使われました。罪なき人々が受けた拷問の様子や、その道具などが生々しく展示してあります。

血のあととかもそのまま残っている建物の中は、あまりにも生々しくて、そこで、じっと英語の説明を聞いていなきゃいけないことは、とても苦痛でした。

話、分からないから、余計に想像が膨らんでしまって…。

広島、長崎、沖縄、そして、タイのカンナチャプリなど、これまでにも戦争に関する博物館をみてきました。

狂気とも言える人間の所業には、気が滅入ります。スイッチが入ってしまうと、もうどんどんエスカレートしていくんですね。

この夏、日本では、いじめの話題が大きく取り上げられましたが、そこには似た感情が感じられます。

「やらなければやられる」

残虐性を爆発させるのは、むしろ、強い人間より、弱い人間なのかもしれません。



一見、のどかな公園に見えるこの場所は、カンボジアに、多数残るキリング・フィールドの一つ、チュンエク大量虐殺センター。



写真の慰霊塔には、トゥール・スレンから移送され、ここで処刑された9000人の頭蓋骨が安置されてます。その悲劇を後世に残す意味があるのでしょう、慰霊塔は、ガラス張りで、近づくと、びつしりと積まれた頭蓋骨を目の当たりにすることができます。

遺骨を掘り起こした無数の穴がそのまま残り、足元には、回収しきれない、細かな骨の一部が無数に地面から、顔を覗かせています。

そんな場所をまわりながら、当時どのように、処刑が行われたのかということを展示や解説で知ることになります。



のどかな景観を作っているこのヤシの樹も当時は戦争の道具としてつかわれました。葉の付け根の硬く鋭利な鋸歯で、人々の首を順番に切り裂いたんだそうです。ヤシは無数に手に入りますから、使い捨てできる便利な道具だったことでしょう。

狂気に支配された人間が繰り広げた、あまりにも残虐な所業には、目を覆いたくなります。

こうした負の歴史をきちんと受け止めることは、今を生きる私たちに与えられた責務なのだと思う反面、こうした悲劇が今なお繰り返されていることに無力感を感じてしまいます。

ツアーメイトたちはどんなことを感じたのかな。午後のフリータイムを一緒に過ごすなかで、そんな話題にもなったのですが、語り合う英語力がなくて、残念でした。わずかな単語じゃ語れるわけないですよね(^^;;

世界各国を旅しているというアンドリューとスチュアートは、アウシュビッツにも行ったって話してました。

いろんなことが頭を渦巻きまとまらないです。やっぱりこのお話は、うにまるには難しすぎるテーマでした。読んでくださっている皆さんが、内容を補っていただけたらありがたいです。

次回は、ツアーメイトと過ごしたフリータイムのお話。

旅も終盤。ツアーメイトとの交流もぎこちないながら深まってきましたよ
(*^_^*)