
今日は加藤一二三(かとうひふみ)九段の話。いま、加藤九段は順位戦(B2)を闘っている。相手は中村八段だ。中村八段は四間飛車、もちろん加藤九段はとくいの棒銀だ。
僕は高校生のとき、加藤さんの『矢倉の闘い』をよく読んだ。ついでだが、本棚には『力戦振飛車』というこれも加藤さんの書いた本がある。今流行のゴキゲン中飛車の解説書で、ゴキゲン中飛車は指さない加藤九段だけれど、でも、こういうのも書いている。
まず、10年前1997年の僕の話から。
あの年、僕は「どん底」にいた。「たったひとつ、これだけはやり遂げよう」とがんばって手を掴んでいたことも、結局、手放すことになった。なさけない…。自分の人生は、なぜか、がんばればがんばるだけ、内側から逆向きのベクトルの力が生じて前にすすめなくなる。なぜだろう…。心と、身体がとにかく重くて、動けなかった。この状態は3、4年では解決しそうにないとも感じていた。
しかし…。
しかしだ、これが「どん底」であるなら、もうこれより下に落ちることはないわけだ。確かに、ひとの生活とくらべるとみじめなものだが、とりかえしのつかない事件を起こしたわけでもなく、人を一生恨むような痛手を負ったわけでもない。がんばっていたときには「落ちるのではないか」という不安がどこかにあったが、「どん底」ならばもう落ちる不安はない。(みじめさはあっても。) それ以上はもう落ちない、という感覚がたしかにあったのだ。
あれは、なにか目に見えないものに、それ以上は落ちないように支えられていたのかもしれないと思うのだ。
そして「どん底」というのは、たぶん、自分のこころの「いちばん深い場所」なのではないか。それならば、その「どん底」の闇の中を手で探ってみれば、自分の欲しかった宝のカケラがそこにあるのではないか。苦しいくるしいともがきながらも、そんなことを思った。
そんな頃のことだ。
1997年の夏、将棋界は、谷川浩司が名人・竜王に返り咲いていた。羽生善治は四冠だった。そしてA級には50代の加藤、中原、米長もいた。(20代は羽生、佐藤、森内)
A級順位戦3回戦で加藤と中原が対決した。加藤一二三が勝った。
▲8六飛!△8一香!▲8四金!!
その将棋を『週刊将棋』は「棋史に残る3手」と書いて、二人の名棋士の指先が放つ、輝きと興奮を伝えていた。
その記事を読んだからだろうか。その夏のある日、僕はこんな夢をみた。
ねずみたちが将棋を指している。僕はそれをこっそり見ている。ねずみたちのやりとりがおかしくて、僕は笑ってしまう。するとねずみが僕に気づいて、なんだこっそり見やがって、おまえもこっちに来て将棋を指せという。僕は指しながら、だんだんと気持ちがほぐれてきて、加藤一二三の話をしながらコマ音を響かせる。すると、ねずみが大喜び。おもしろい、もっと話を聞かせろという。それならと僕がしゃべれば、そのたびにねずみたちは笑いころげる。
まあ、そんな夢だ。(この夢のことは以前も書いたが。) それがあまりに鮮明で気分のいい夢だったので、ずっと心に残った。
加藤一二三の『矢倉の闘い』、中原誠の『中原の将棋教室』、内藤国雄『空中戦法』…
「おれ、将棋が好きだったよなあ… もう一度はじめてみようか…」
加藤一二三!
その人は、21世紀になっても、A級棋士だった。60歳を超えて。
数年前に、名人戦の解説会で、握手をしてもらった。それは僕にとって、とくべつな儀式だった。
その加藤さんが、このたび「偉大なる1000敗」を記録した、ということで各将棋雑誌は採り上げている。「さすが、加藤一二三!」と、僕は『将棋世界』最新号の加藤一二三インタビューを読んであらためて思ったので紹介したい。以下、その記事から。
「私は逆転負けが多く、棋士の中でもナンバーワンではないでしょうか。なにしろ長考しますからね。残り時間が少なくなると焦りも出ます。」
↑
「逆転負けが多い」のも「誇り」に転化だ!
「別のインタビューを受ける前に妻が言ったんですよ。『今1000敗というのはどうということはないけど、21連敗したときはどうしたらいか、わからなかったわよ』 … 21連敗は半端じゃない数字ですからね。私自身はそれほど気にしていなかったんですが。 … 盤の前に闘志を燃やして座るだけです。自分では手応えがありますから。」
↑
21連敗でも平気なのだ!
「42歳で名人になったときと今を比べても棋力は一緒。弱くなったからB2に落ちたとは思っていません。周りが強くなったのは認めますよ。だから落ちてきたんです。」 (加藤一二三九段は今A級より2つ下のクラスB2に属している)
↑
感動! 自分はまったく弱くなっていない、周りが強くなっただけなのさ!
そうそう、加藤一二三の「時間切れ反則」の話もしときましょう。僕は見ていないんですが、あれはTV将棋だったのです。加藤さんの指し手が遅れて時間がすぎていた、でもやっぱり記録係は「10」と読めない。そのまま将棋は続けられたのですが、TVだったものだから証拠がハッキリ残っている。視聴者から「あれはひどい!」と抗議が来て、処分が下されたというわけ。
でも、それくらいのことでメゲる加藤さんではないので~す!
◇王座戦 羽生善治 3-0 久保利明
スピード感ある攻めで、羽生、(やっぱり強いな)16連覇。
3局とも面白い将棋だった。
◇女流王位戦(5番勝負) 清水市代 0-1 石橋幸緒
◇新人王戦(3番勝負) 村山慈明 1-0 中村亮介
僕は高校生のとき、加藤さんの『矢倉の闘い』をよく読んだ。ついでだが、本棚には『力戦振飛車』というこれも加藤さんの書いた本がある。今流行のゴキゲン中飛車の解説書で、ゴキゲン中飛車は指さない加藤九段だけれど、でも、こういうのも書いている。
まず、10年前1997年の僕の話から。
あの年、僕は「どん底」にいた。「たったひとつ、これだけはやり遂げよう」とがんばって手を掴んでいたことも、結局、手放すことになった。なさけない…。自分の人生は、なぜか、がんばればがんばるだけ、内側から逆向きのベクトルの力が生じて前にすすめなくなる。なぜだろう…。心と、身体がとにかく重くて、動けなかった。この状態は3、4年では解決しそうにないとも感じていた。
しかし…。
しかしだ、これが「どん底」であるなら、もうこれより下に落ちることはないわけだ。確かに、ひとの生活とくらべるとみじめなものだが、とりかえしのつかない事件を起こしたわけでもなく、人を一生恨むような痛手を負ったわけでもない。がんばっていたときには「落ちるのではないか」という不安がどこかにあったが、「どん底」ならばもう落ちる不安はない。(みじめさはあっても。) それ以上はもう落ちない、という感覚がたしかにあったのだ。
あれは、なにか目に見えないものに、それ以上は落ちないように支えられていたのかもしれないと思うのだ。
そして「どん底」というのは、たぶん、自分のこころの「いちばん深い場所」なのではないか。それならば、その「どん底」の闇の中を手で探ってみれば、自分の欲しかった宝のカケラがそこにあるのではないか。苦しいくるしいともがきながらも、そんなことを思った。
そんな頃のことだ。
1997年の夏、将棋界は、谷川浩司が名人・竜王に返り咲いていた。羽生善治は四冠だった。そしてA級には50代の加藤、中原、米長もいた。(20代は羽生、佐藤、森内)
A級順位戦3回戦で加藤と中原が対決した。加藤一二三が勝った。
▲8六飛!△8一香!▲8四金!!
その将棋を『週刊将棋』は「棋史に残る3手」と書いて、二人の名棋士の指先が放つ、輝きと興奮を伝えていた。
その記事を読んだからだろうか。その夏のある日、僕はこんな夢をみた。
ねずみたちが将棋を指している。僕はそれをこっそり見ている。ねずみたちのやりとりがおかしくて、僕は笑ってしまう。するとねずみが僕に気づいて、なんだこっそり見やがって、おまえもこっちに来て将棋を指せという。僕は指しながら、だんだんと気持ちがほぐれてきて、加藤一二三の話をしながらコマ音を響かせる。すると、ねずみが大喜び。おもしろい、もっと話を聞かせろという。それならと僕がしゃべれば、そのたびにねずみたちは笑いころげる。
まあ、そんな夢だ。(この夢のことは以前も書いたが。) それがあまりに鮮明で気分のいい夢だったので、ずっと心に残った。
加藤一二三の『矢倉の闘い』、中原誠の『中原の将棋教室』、内藤国雄『空中戦法』…
「おれ、将棋が好きだったよなあ… もう一度はじめてみようか…」
加藤一二三!
その人は、21世紀になっても、A級棋士だった。60歳を超えて。
数年前に、名人戦の解説会で、握手をしてもらった。それは僕にとって、とくべつな儀式だった。
その加藤さんが、このたび「偉大なる1000敗」を記録した、ということで各将棋雑誌は採り上げている。「さすが、加藤一二三!」と、僕は『将棋世界』最新号の加藤一二三インタビューを読んであらためて思ったので紹介したい。以下、その記事から。
「私は逆転負けが多く、棋士の中でもナンバーワンではないでしょうか。なにしろ長考しますからね。残り時間が少なくなると焦りも出ます。」
↑
「逆転負けが多い」のも「誇り」に転化だ!
「別のインタビューを受ける前に妻が言ったんですよ。『今1000敗というのはどうということはないけど、21連敗したときはどうしたらいか、わからなかったわよ』 … 21連敗は半端じゃない数字ですからね。私自身はそれほど気にしていなかったんですが。 … 盤の前に闘志を燃やして座るだけです。自分では手応えがありますから。」
↑
21連敗でも平気なのだ!
「42歳で名人になったときと今を比べても棋力は一緒。弱くなったからB2に落ちたとは思っていません。周りが強くなったのは認めますよ。だから落ちてきたんです。」 (加藤一二三九段は今A級より2つ下のクラスB2に属している)
↑
感動! 自分はまったく弱くなっていない、周りが強くなっただけなのさ!
そうそう、加藤一二三の「時間切れ反則」の話もしときましょう。僕は見ていないんですが、あれはTV将棋だったのです。加藤さんの指し手が遅れて時間がすぎていた、でもやっぱり記録係は「10」と読めない。そのまま将棋は続けられたのですが、TVだったものだから証拠がハッキリ残っている。視聴者から「あれはひどい!」と抗議が来て、処分が下されたというわけ。
でも、それくらいのことでメゲる加藤さんではないので~す!
◇王座戦 羽生善治 3-0 久保利明
スピード感ある攻めで、羽生、(やっぱり強いな)16連覇。
3局とも面白い将棋だった。
◇女流王位戦(5番勝負) 清水市代 0-1 石橋幸緒
◇新人王戦(3番勝負) 村山慈明 1-0 中村亮介
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