はんどろやノート

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京都の山羊 1930

2010年05月20日 | らくがき
 京都大学の物理学教室の二階の窓から、湯川秀樹は、山羊を見ていた。山羊は時々奇妙な声で鳴いた。


 〔 毎日毎日、無限大のエネルギーという、手におえない悪魔を相手にしている私には、山羊の鳴声までが悪魔のあざけりのように聞こえる。
 一日じゅう、自分で考え出したアイデアを、自分でつぶすことをくりかえす。夕方、鴨川を渡って家路をたどるころには、私の気持ちは絶望的であった。平生は、私をなぐさめてくれる京の山々までが、夕陽の中に物悲しげにかすんでいる。 〕
          (湯川秀樹『旅人』)


 そしてとうとう、湯川はこの問題に取り組むことをやめた。


 このとき、同室には朝永振一郎がいた。
 湯川秀樹は、考え始めると周囲にかまわず、ひとりごとを言い、部屋を歩き回った。そんなとき朝永振一郎は、たまらず、図書館に避難するしかなかった。
 湯川と朝永は同じ「量子力学」を専攻したのだが、京都大学にはこの新しい学問「量子力学」の先生がおらず、したがって彼らは独力でそれを身につけなければならなかった。  
 朝永振一郎は、大学時代をふりかえって、「楽しいこと、生きがいに感じたことなど、一つもなかった」(『わが師わが友』)と書いている。
 ドイツ語で書かれた新しい論文を読む。それは学生用のテキストではないから、その論文を理解するために、他のドイツ語や英語で書かれている古い論文も孫引きして読まねばならない。わからないことばかり…、途方に暮れてしまうが、それでもそれを読むしか外に道はないのだ…。
 朝永振一郎は、とぼとぼと歩いていた。湯川秀樹が“悪魔”と闘い、のたうちまわっていたその傍らで。

 (そして数年後、湯川秀樹は『中間子論』で飛躍を遂げる。)


 この「量子力学」の欠陥として表れた“無限大のエネルギーの悪魔”に、最初に取り組んだ男は、アメリカの理論物理学者ロバート・オッペンハイマーである。その解決法としての「リノマライゼーション(くりこみ)」とは彼の研究グループがつけた命名だという。
 多くのすぐれた物理学者の知恵の結晶であるこの量子電磁力学(QED)は、この“悪魔”のために、すべてが無駄になってしまうのか。しかし、捨ててしまうには、あまりにも惜しい。
 だれか、だれか、この“無限大の悪魔”を退治してくれ!! 量子電磁力学(QED)を救ってくれ!!

 
 オッペンハイマーが、そして湯川秀樹が1930年頃、挑戦して勝てなかった“無限大の悪魔”。

 10数年後、ついにそれを退治したのは、朝永振一郎であった。 『くりこみ理論』である。

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