最終一番勝負94手目
[Life, what is it but a dream?]
いつまでも ながれをただよいくだり――
こんじきのひかりのうちを たゆたう――
いのちとは 夢 でなくてどうする? Life, what is it but a dream?
(『鏡の国のアリス』巻末の詩から ルイス・キャロル著 矢川澄子訳 新潮文庫 )
<戦後研究:何が勝負を分けたのか(5)>

この、94手目△5三同馬が「敗着」だったかもしれない―――というのは、もしも「5三同歩」としていたら、後手良しだったからである。そのことは 前回の譜 で示した。
【後手の失敗 その5】 ここで5三同歩を逃したこと
後手としては、5三馬で「8六」に利かす手が有効と見たのである。
この後の実戦の進行を確認すると、この図(5三同馬図)から、▲7六金と進む(次の図)

▲7六金(図)と受けるのは当然の一手。
ここで後手はいろいろな手が考えられるところだが、実戦で後手が選んだ手は、△7五香。
対して先手は、▲5四歩(次の図)

△5四同馬、▲6五金打と進み―――(次の図)

99手目6五金打(図)としたところでは、「先手良し」がはっきりしている。ここから先、後手にチャンスはなかった。
すなわち、94手目△5三同馬から99手目▲6五金打のあいだに、後手の勝てそうな――あるいは互角にでも戦えそうな手段があるのかどうか。
それをこれから調べていく。
[調査研究:7六金図」
後手に勝てる可能性が残っているとしたら、この「7六金図」である。

この図を調査する。考えられる後手の候補手は、次の通り。
〔い〕7五歩
〔ろ〕7五香 = 実戦の指し手
〔は〕9五金
〔に〕9七歩成
〔ほ〕6四銀
〔へ〕8六桂
〔と〕7七歩
〔ち〕4三馬
なお、この図の最新ソフト「水匠2/やねうら王」評価は 「互角」(評価値 +11 最善手7五香)
後手がその前に「△5三同馬」の手を選択したのは、この図での〔い〕7五歩、または〔ろ〕7五香に期待していたからだと思われる。
〔い〕7五歩 は、実際に指した手〔ろ〕7五香 と同じくらいの評価値を示す有力手である。
まずはその〔い〕7五歩 の手から。

〔い〕7五歩(図)に、【X】6五金 と【Y】5四歩 が有力手となる。
【Y】5四歩 は、同馬、6五金打、4三馬、7五金直、同金、同馬、6四金という展開が予想され、形勢不明(厳密には先手良しになりそう)
【X】6五金 以下を本筋として解説していく(次の図)

【X】6五金(図)に、後手の候補手はいろいろある。
(カ)7六歩、(キ)9五金、(ク)8六桂、(ケ)6四銀、(コ)6二香、など。
最有力手は(カ)7六歩 で、まずこの手から解説する。
これは以下、7五歩、8六桂、「5四銀」と進む(次の図)

「5四銀」に代えて5四歩も有力だが、この場合3一馬で後手ペースになる。後手から7八桂成、同金のあと、8五金や8五銀とされたとき、8六に打つ歩がないので困るのである。
「5四銀」(図)と打って、歩を温存するのが正解となる。
ここで後手は、<1>3一馬 、<2>4二馬、<3>7八桂成、<4>8五香、<5>8五金 がある(次の図)

<1>3一馬(図)には、5一竜の手がある(次の図)

ここで後手が何を指すか。
(a)6二香には、4二金で先手良し。以下7八桂成、同金、8五金には8六と打って先手が勝てる。
他に、(b)8五香、(c)8五金が考えられる。
(b)8五香は、7六玉、7八桂成と進む(次の図)

7八同金、8九香成、4三桂(次の図)

先手良し。

(c)8五金の変化。
これには4三歩と垂らしておく。9五香なら4二歩成で先手が勝てる。
後手6四銀がある。これに対して4二歩成は6五銀の瞬間、先手玉に9七金以下の “詰めろ” が掛かっていて後手が勝つ。
6四銀には6六金と引いておくのが正しい手。
そこで9二香(次の図)

9二同馬なら7五銀として後手良しになる。
したがって、ここは7六金として、9三香に、8五金、7八桂成、同玉と進む。
そこで6六歩には、5七金と受けて―――(次の図)

これで先手良し。
図以下6七銀、同金、同歩成、同玉、5五銀と進めば、4二歩成で先手が勝ちに近づく。

<2>4二馬(図)と引く手には、8六玉と桂を取る手が成立する(次の図)

以下8五香に、7六玉、8九香成、4三歩(次の図)

ここで4三歩があるのが4二馬の弱点になっている。
先手は飛車を取られたが、先手玉が7六玉型となり容易には詰まされない位置にいるのが大きい。
4三同銀は、同銀成、同馬、4一竜、4二銀、5四桂と進むと先手勝勢である。
また3一馬なら8九金としておいて次に4二金をねらう。これも後手に勝ち目のない戦いである。
<2>4二馬 には8六玉が鋭い判断となった。

それでは、<3>7八桂成(図)はどうか。これは同金と取る(同玉は6四銀で後手良し)
そこで4二馬と引いておく。以下4三歩、同銀、同銀成のときに、8五金とする手がある(次の図)

先手玉は後手8六香から詰むので受けなければいけない。しかし歩はもう攻めに使ってしまった。
ここは8六金と受ける。以下4三馬、8五金とし、すると6五馬、4一竜、3一金、5二竜、3二銀と進む(次の図)

後手3二銀と打つ手に代えて3二香だと4三桂という手があった。
ここで3四歩と打って、どうやら先手良しの形勢である。対して7七歩成なら9六玉と逃げて、7八と、3三歩成、同玉、6三竜、4三馬、3五桂で先手勝勢となる。
3四同歩なら2六桂(次の図)

先手優勢。4三銀や4三馬でまだ粘る手はあるが、先手優勢はまちがいない。

次は、「5四銀」に馬を逃げずに、<4>8五香(図)の変化。
以下7六玉、7八桂成、5三銀成、同歩、4二金(次の図)

3一銀、同金、同玉、8四馬、同歩、4三歩、同銀、4二歩(次の図)

先手優勢。4二同玉は5一角以下 “寄り”

<5> 8五金(図)は、先手に7六玉と逃げさせないという手。
5三銀成、同歩の後、9四馬とする。以下8四銀に、8二竜がある(次の図)

これで先手優勢。
なお、8四銀に代えて8四香なら、4二金と打って、これも先手が良い。
以上の調査から、(カ)7六歩 は 先手良しになると、結論が出た。

「6五金図」に戻って、ここで(カ)7六歩 以外の手の可能性を確かめていく。
すなわち、(キ)9五金、(ク)8六桂、(ケ)6四銀、(コ)6二香、である。

(キ)9五金(図)の変化。
対して7七銀は8四香で後手ペースの戦いになる(形勢不明)
ここは7七玉が良い。右辺に逃げ出す構え。
以下〔m〕8六金 と〔n〕6三香 を見ていく。
〔m〕8六金 には同飛もあるところ(以下同金、同桂、同玉、8四銀、同馬は互角)だが、、6七玉と逃げるほうが優る。
これには、6三香(次の図)

ここは5五金打と受ける手もなくはないが、金は取らせて5八玉のほうが優る。
5八玉、6五香、4三歩、同馬、4八玉、9七歩成、7一竜と進むのが進行の一例。
先手玉は3八まで逃げておくのが理想。もしも後手が1四歩のような手なら、先手も3八玉としておく。
しかしこの手順のように9七歩成のような攻めの手を見せてきたら、先手も7一竜と攻めを急ぐ(次の図)

8四銀、8二馬、8七と、6四馬(次の図)

先手優勢。

先手7七玉のところまで戻り、〔m〕8六金 に代えて、〔n〕6三香(図)の変化。
これは先手玉を右辺に逃がさないという意味で、それでも右辺に逃げる6七玉は、6五香、5八玉、9七歩成、同歩、9六歩で、これは「互角」の闘いだ。
またこの図で7五金は、8六金、同飛、同桂、同玉、8四飛で、後手優勢になる。
ここは7五馬の手がありこれが最善手。6五香なら、5三馬、同歩、9五竜で先手良し。
よって、7五馬には、同馬と応じ、同金で次の図となる。

ここで8六金は、同飛、同桂、4二銀で先手優勢。
「4二」を防ぎつつ金取りに打つ3一角には9五竜がある。
ここは、6六角と打ってどうかということになる。6六角に7六玉。
そこで9九角成(同飛なら8六金で先手玉詰み)、9五竜、6六馬、8七玉の変化は、先手優勢。
だから、後手は7五角と金を取る。
先手は9五竜(次の図)

ここで後手が “4二角” と引くか、“3一角” と引くかで先手は対応を変える必要がある。
“3一角” なら先手は5四角と打つ。以下8四馬に、5五竜(または9二竜)の手が、3二角成以下後手玉への “詰めろ” になっているので主導権を握れる。
“4二角” なら、今度は5四角は不発になるので、その場合は5四金のほうが良い。
“4二角”、5四金、8四銀に、4三銀(次の図)

4三銀と打って、後手玉は “詰めろ” になっている。先手良し。
3一金なら、4二銀不成、同金、8四竜、同歩、5一角、3一銀、6三金で、先手勝勢となる。

(ク)8六桂(図)はどうだろう。
8六桂を同玉と取るのは8五香で先手悪い。
ここは5四銀が正解手。対して3一馬なら4三歩で先手良し。
よって後手は4二馬とする。
そこで8六玉としてどうか(次の図)

8六玉(図)と桂馬を取った。
これには8五香があり当然そう打ってくる。以下7七玉、8九香成、同金(次の図)

ここで後手に手を渡ることになるのが不安要素だが、飛車だけでは早い攻めはない。先手は4三歩が楽しみだ。
7六歩、6七玉、4七飛、5七歩、1四歩、3七香、4八飛成、4三歩(次の図)

後手は4八飛成で先手玉を包囲してプレッシャーをかけてきたが、ここでついに4三歩(図)を決行。
ここで6六歩が返し技。同玉と取ると、4三銀、同銀成、同馬、4一竜のときに、6五馬で先手玉が先に詰まされてしまう。
なので6六同金と取り、すると後手は6四馬。以下6五銀に4六馬(8六馬なら5一竜とする)
これには5八金と受ける(次の図)

5八金(図)と受けて、これで先手勝勢。
5八竜、同玉、4七金の攻めは大丈夫(後手玉の攻略は4二歩成~3一飛の攻めがある)
4九竜のような手なら、4二歩成とし、その後は、3二と、同玉、5一竜と攻めて行けばよい。

(ケ)6四銀(図)も後手としては考えてみたい手。
先手は5四歩と打つ(次の図)

こうして馬の引場所を問う。
この場合は、4二馬だと5一銀がある(3一馬に4二金)
したがって、3一馬と引いて、先手は7四金、同金、5一竜と後手陣に迫る。
以下6五銀に、9五歩(次の図)

後手の6五銀は、7六銀、9六玉、9五歩、同玉、8四金打の狙いがあるので、先手はそれを受けなければいけなかった。7七歩もあるが、9五香と打たれるのが気になるので、9五歩(図)として工夫して受けたのがこの図である。9六玉となったときに8九飛が受けに利いてくるという構想だ。
6四馬、4二金、3一香、5二竜、7六銀、9六玉、9四歩、4三桂、1四歩(次の図)

1四歩で、後手玉はすぐには詰まなくなった。
だからここで3一桂成とすると、9五歩、同玉、8四金打、9六玉に、1九角成が先手玉が先に “詰めろ” になって、先手まずい。
だからここでの先手の最善手は7七歩となる。6五銀とバックするなら、3一桂成で先手が勝ちになる。
先ほどの9五歩、同玉、8四金打、9六玉、1九角成は、7六歩で大丈夫だ。以下9五香、8七玉、6五金は詰めろではないので、3五銀と後手玉に先に“詰めろ”を掛けて先手勝ち。
先手7七歩に、後手は、9五歩、同玉、9八歩と玄妙な技を繰り出してくる(次の図)

9八歩の意味は同香、9七歩、同香とすれば、7三馬から先手玉が詰んでしまうということだ。
というわけで、先手は7六歩と銀を取る、以下9九歩成に、3二金、同香、3一銀、1三玉、2五銀(次の図)

先手勝ちが決まった。

(コ)6二香(図)はどうなるか。
この手には5四歩とする(次の図)

3一馬なら5一竜として6五香に4二銀で先手良しになる。
また4三馬は、7五金がある。
よって4二馬と逃げるが、5一銀がある。以下3一馬、4二金(次の図)

6五香、3一金、同玉、8四馬、同銀、4二金、2二玉、3一角、1一玉、7七歩、5八角(7六金以下詰めろ)、9六竜(次の図)

先手勝ち。
以上の調査から、〔い〕7五歩 は 先手良し、と結論する。

〔ろ〕7五香(図)は、実戦で後手の≪ぬし≫が指した手。
いまの〔い〕7五歩との違いは、「6五金には7八香成がある」ということである。以下7八同玉、7六銀、6一竜の変化は形勢不明=互角(その変化については 第91譜 で示してある)
しかし、〔ろ〕7五香には、(6五金ではなく)▲5四歩で先手が勝てたのであった。
(これについては第92譜以降で解説している)

次に、〔に〕9七歩成(図)
「9七歩成、同玉」を利かすことでどういう違いが出るかが注目点である。
9七同香、7五歩、6五金、7六歩、7五歩、8六桂と進んで―――(次の図)

ここで “違い” が出る。
5四銀と打つと、同馬、同金、8五金、4二金に、9八銀の手がある。後手が「9七歩成、同香」を入れた意味はここにあった。
なのでここは5四歩と打つ。9筋で歩をもらったので今度は歩切れにならないということで、ここは5四歩が正解になるのである。
以下3一馬(4二馬は6七銀、6四銀に5一銀が有効手になる)、5一竜(次の図)

5一竜として4二銀をねらう。後手は6四銀が指したい手なのだが、先手4二銀があるのでそれを指せない。
というわけで後手は、7八桂成、同金、8五金と先手玉に迫ってくる。
そこでこの変化は、「一歩」を持っているので8六歩と打てる(ここが重要ポイントである)
以下7七香に、4二銀と打つ(次の図)

これで先手良し。以下手順の一例を示す。
4二同馬、同竜、3一銀、同竜、同玉。
そこで5一角、4二銀、7三角成でも先手良しであるが、この変化は勝ち切るまでまだたいへん。
ここは、5一銀、4二銀、同銀成、5一銀という手段がある。以下5一同玉に、3一角と打つ(次の図)

後手に7八香成の余裕を与えずに迫ってこの図になった。後手玉は、6三桂以下の “詰めろ” である。“詰めろ” が継続すれば先手勝ちとなる。
8二銀打なら、6三桂、6二玉、7四歩で先手勝ち。
6三飛と打って抵抗する手がある。
これには8三馬(6一金、同飛、7三馬以下詰めろ)として、8二銀打、4二金、6二玉、7四桂(次の図)

7四同銀に、8二馬として、その手は7三銀、同飛、同馬、同玉、7四金以下“詰めろ”になっている。そして先手玉には詰みはない。
先手の勝ち。
〔に〕9七歩成 は 先手良し。

〔い〕7五歩 → 先手良し
〔ろ〕7五香 = 実戦の指し手
〔は〕9五金
〔に〕9七歩成 → 先手良し
〔ほ〕6四銀
〔へ〕8六桂
〔と〕7七歩
〔ち〕4三馬
残りの候補手については、次回に。
次譜[戦後研究:何が勝負を分けたのか(6)]につづく