はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

矢倉vs雁木 1  21世紀の雁木  羽生-中村戦

2014年07月29日 | しょうぎ
 この図面は、昨年9月の王座戦第2局の27手目までの局面。先手が羽生善治王座で、後手が挑戦者中村太地六段です。
 先手の羽生さんは「矢倉」ですが、後手の中村さんは「雁木」に囲っています。
 プロの現代定跡の解説書では、「雁木」はまずほとんど解説されません。なぜかといえば、「雁木」はプロの対局ではほとんど出てこないからです。(アマではわりと使う人がいます。)相手が使ってこなければ研究する必要もないですからね。
 ところが、最近、時々この「雁木」がプロの対局でも見られるようになりました。
 今月のA級順位戦の対局「広瀬章人-行方尚史戦」でもこの型「矢倉vs雁木」が現れたのです。

 そういうこともあって、ちょっと「雁木」についてあらためて考えてみたくなりました。


 ということで、本日は「羽生善治-中村太地」の王座戦第2局を鑑賞します。

 
第61期王座戦五番勝負 第2局   先手:羽生善治  後手:中村太地
対局日2013年9月18日   持ち時間:各5時間   場所:兵庫・中の坊瑞苑


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀 ▲5六歩 △5四歩
▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金 ▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩
▲6七金右 △5三銀右

図1
▲5七銀右
 最近の「相矢倉」の闘いは、ほとんどが「先手4六銀3七桂」戦法となります。90年代には「森下システム」や、「加藤流」もよく指されましたが、今では見ることが少なくなくなりました。この「先手4六銀3七桂」戦法に対して、後手の対応もかつてはいろいろと攻め合う手段も試されましたが、どうも先手の攻めが厳しいということで、後手は△6四角として先手の攻めを封じる方針で応じるしかない、ということになっています。
 以前は、「矢倉中飛車」とか、「米長流急戦矢倉」とか、後手も工夫して速い攻めの形をつくっていました。「右四間」もあります。しかし、どれも先手の最善の対応が発見されていき、指されなくなってきています。
 それらの後手急戦策の中で、この図の、「5三銀右戦法」のみは生き残り、今でも優秀ということでよく指されています。
 2008年に渡辺明竜王が、挑戦者に羽生善治を迎えて、3連敗から4連勝で逆転防衛を果たしたことがありました。その時に第6局、第7局で後手番になった渡辺さんが採用して勝ったのがこの「5三銀右戦法」です。
 この5三銀右のねらいは、次に、(8五歩、7七銀とした後)5五歩、同歩、同角と角交換をして、角を7三に移動させ、5四銀型をつくる ことです。

図2
△5二金 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七銀 △4四歩 ▲7九角 △4三銀 ▲2五歩
 後手の5三銀右には、2六歩が従来の先手の指し方です。
 ところが、先手の羽生王座はここで5七銀右としました。この手が、後手に「雁木囲い」を選択させたことになるのです。(ただし5七銀右は羽生さんの新手というわけではありません。)
 5七銀右に、後手が予定通りに、8五歩、7七銀、5五歩、同歩、同角と来れば、5六銀か、または6五歩(次に6六銀左)で先手が指しやすくなる。だから後手はここで5五歩とは行けない。 ――これが5七銀右の意味です。

 さあ、そこで後手がどうするか。
 その一つの答えとして、「雁木囲い」が出てきたのです。でも、なぜ「雁木」なのでしょう?

図3
△6四歩 ▲6八角 △3三角 ▲7九玉 △5一角
 もちろん、後手には3三銀と矢倉に組む選択肢もあります。以前はそう指されていたのですが、最近、この場合の「雁木」が見直されてきました。4三銀と雁木に組むと、角が使いやすいからです。

 及川拓馬著『すぐ勝てる!急戦矢倉』にはそのことが解説されています。

 この本の発売は昨年の2月ですから、この羽生-中村の王座戦よりも前のことになります。

参考図1

 上の「羽生-中村戦」の図3から、後手は角を3三~5一~8四と展開して、7三桂として、参考図1になったとします。これで攻撃態勢が整います。次に6五歩と攻める。
 対して先手の攻めのねらいは、4六銀として、次に3五歩です。3五歩、同歩、同銀となれば、後手の2筋は破れます。「雁木」の弱点は、1、2筋が弱いことです。「棒銀」と「端攻め」に弱いのです。

 ところがこの場合は、後手の6五歩の攻めのほうが速い。
 後手は8四角と、ここに角を移動させるのに“三手”かけています。しかし「矢倉」ならばこれが“四手”かかるのです。(だからこの角を「四手角」と呼ぶのですが。) 「雁木」なのでこの場合は“三手”で運べるのです。

 参考図1から、3五歩、6五歩となって――

参考図2
 後手は、先手の3五歩を取らない。
 そしてこの図で3四歩としても、後手は「矢倉」ではなく、「雁木」なので銀取りの“当たり”にならず、これも相手をする必要がない。だからここで6二飛とまわることができる。そこで先手は攻めるなら3五銀としたいが、6六歩、同銀、6五歩、7七銀、5七角成、同金、3九角、5八飛、6六歩と、後手の攻めが炸裂してしまう。
 このように後手は「雁木」の特徴をめいっぱい生かしている。
 要するに、後手の攻めの体勢が先に整って、先手の3五歩からの攻めは間に合わないという将棋になっているのです。
 「雁木」の駒組みの特徴である“角の使いやすさ”を生かした戦い方になっています。


図4
▲8八銀
 さて、「羽生-中村戦」。 おそらく中村さんの攻めのイメージも上の参考図のようなところにあったのでしょう。
 その参考図1とこの将棋との違いを見ていただきたい。羽生さんは2四歩からの歩交換のチャンスがあったのにそれを見送り、3六歩突きも保留、4六銀も出ない。この手を、6八角~7九玉に使います。
 つまり羽生さんは、上の参考図1のように組むと、相手の「雁木作戦」の術中にはまるとわかっているので、それで工夫をしたのです。ここで8八銀と指しました。「菊水矢倉(しゃがみ矢倉)」にシフトチェンジです。

図5
△3一玉 ▲3六歩 △7二飛 ▲1六歩 △1四歩 ▲5九角 △3三桂
 8八銀と早めに銀を引いて、後手のねらう8四角~7三桂~6五歩の攻めには、7七桂と応じるのが羽生王座の構想でした。ただし後手の「雁木作戦」に対してのこの8八銀という指し方は、羽生さんが最初に指したわけではなく、前例があります。すでに高橋道雄がA級順位戦リーグの対局で指しています。
 とにかく、ここで私たちが学ぶべきことは、この場合のように相手が「雁木」できたときに、参考図1、2のように素直に組むと不利になる、ということです。

 後手中村太地は、先手が8八銀としたのを見て、7二飛としました。
 羽生さんは1六歩。そこで後手が7五歩なら、7七銀、7六歩、同銀です。
 どうもこのあたり、羽生王座の対応が巧みで、挑戦者が苦労しているようです。

図6
▲7七銀 △7三角 ▲4六歩 △6二飛 ▲1五歩
 「雁木」は端が弱い。それなのに、中村挑戦者は3三桂と指しました。7五歩、同歩、同飛から、2五飛のようなねらいがあるが、どうも「ふつうにやっていると勝てない」ということのようです。
 羽生、7七銀。通常の「矢倉」に戻した。先手は5九角として、角が使えるようになったので、もう後手から7三桂~6五歩の攻めはこわくない。先手からは次に1五歩からの端攻めがある。

図7
△1五同歩 ▲同香 △1三歩 ▲1八飛 △2二金 ▲2六角 △3二玉
▲3七桂 △6一飛 ▲8八玉 △6二角 ▲1九飛 △4一飛 ▲4九飛 △4二銀
 やはり1五歩。
 これまでの“ながれ”を見ると、中村の「雁木作戦」失敗で、羽生快勝、という“ながれ”である。
 ところが、ここからの中村太地の踏ん張りがすごかった。

図8
▲6八金引 △9四歩 ▲9八香 △9五歩 ▲9九玉 △9三桂 ▲1九飛 △1二香
▲8八金 △1一飛 ▲7八金右
 中村さんは、苦心の駒組みで羽生王座の攻めをなんとか食い止めたのでした。
 この4二銀は60手目。 しかしこの将棋、実は200手超の長い戦いとなるのです。
 羽生王座、ここから攻めをいったん休止して、玉を「穴熊」に。 まさに21世紀ならではの展開です。

図9
△1四歩 ▲同香 △同香 ▲1五歩 △同香 ▲同角 △1二香 ▲1八香 △4五歩
 「雁木」も「矢倉」も、江戸時代初期からある古典的な「囲い」です。その「矢倉vs雁木」の戦型が、変形してこのような図に。江戸時代の将棋指しにこの図を見せたら、どんな感想を述べるのでしょうね。
 中村挑戦者は1二香から1一飛。そして、1四歩と逆に中村のほうから開戦。

図10
▲3三角成 △同銀 ▲1二香成 △同金 ▲4五桂 △4二銀 ▲3五歩 △同角
▲3八香 △7一角 ▲5五歩
 中村は4五歩と角筋を通す。次は1七歩がねらいだ。
 羽生、3三角成。

図11
△1八歩 ▲3九飛 △1七角成 ▲3四香 △2二玉
 羽生さんは最初3三歩、2二玉、1四飛が予定だったそうです。それが気が変わって5五歩。初めの予定通りに指すべきだったと局後の感想がある。
 残り時間は両者ともに10分くらい。

図12
▲3三香成 △1三玉 ▲4三成香 △同銀 ▲3三飛成 △1四玉 ▲2九桂 △2七馬
▲1三歩 △同金 ▲1七歩 △1九歩成 ▲1六銀
 中村、2二玉。これは1三玉からの入玉に勝負を賭けた手。
 羽生さんの3三飛成では、飛車を見捨てて1五歩とすれば後手玉は捕まっていたらしい。(しかしまあ3三飛成と指すよなあ。)

図13
△2六馬 ▲2四歩 △1五歩 ▲2三歩成 △同金 ▲2七歩 △3三金
▲2六歩 △2四金 ▲3三角 △3一飛
 1六銀は109手目。
 僕はこれをリアルタイムで追って観戦していましたが、結果の全く見えない将棋の終盤は、わくわくしてほんとうに面白い。

図14
▲5四歩 △1六歩 ▲5三歩成 △3三飛 ▲同桂成 △1七歩成 ▲1一飛 △1三歩
▲4三と △2九と ▲5二と △1五玉 ▲1三飛成 △1四銀 ▲3六銀 △2一香
 中村は1分将棋。羽生の持ち時間は5分。
 「入玉できそう」という評価が大きくなってきた。
 しかし2九とでは、1五玉とするところだった。これならおそらく入玉確定していただろう。

図15
▲1八歩 △2六玉 ▲4八銀 △3七歩 ▲2二歩 △2三香
 入玉さえすれば、中村の勝ち。

図16
▲2三同成桂 △3六玉 ▲2四龍 △2五銀打 ▲1七歩 △2七玉 ▲1三成桂 △2三歩
▲3五龍 △2六角
 この2三香は失着。この香打ちは無意味な手だった。2三同成桂に、同金なら、1四竜とされて、これを同金は3五銀打から詰んでしまう。
 だから2三香では、単に3六玉とすべきだった。「香車」を羽生にプレゼントしてしまった。

図17
▲2六同龍 △同銀 ▲6三角 △3八玉 ▲1八角成 △4八玉 ▲2九馬 △3八銀 ▲5九金
 ギリギリの攻防が続く。 図の2六角は152手目。

図18
△5九同玉 ▲6八銀 △5八玉 ▲4九香
 羽生は5九金と金を一枚捨てる。同玉に6八銀。5八玉に、4九香。

図19
△4八歩 ▲5九金 △4七玉 ▲4八金 △3六玉 ▲3八金 △同歩成
▲4七銀 △2五玉 ▲3八馬 △1五銀上 ▲2一歩成 △3七金 ▲2九香 △2七桂
 さっきタダで渡した「香車」がここに使われた。1分将棋でよくこんな手が浮かぶものだ。なるほど、4九同銀成なら、6七銀として詰む。

図20
▲3七馬 △同銀成 ▲3八歩 △4七成銀 ▲同香 △3六銀 ▲3七銀 △同銀成
▲同歩 △3六銀 ▲同歩 △3七金
 中村玉は中段まで押し返された。
 羽生、2一の香車も取って、2九香。

図21
▲1八銀 △4九角 ▲2八銀 △同金 ▲同香 △2六銀打 ▲4八金 △3六玉
▲4九金 △1九桂成 ▲2七銀
 中村はまだ頑張るが、どうやら勝負のゆくえは決着した。
 後手の持駒が「飛飛角角」というのが、ちょっとめずらしい。

投了図
まで203手で先手羽生善治の勝ち



 結局、王座戦5番勝負は3-2(羽生さんからみて●○●○○)で羽生王座が防衛しました。
 この第2局と、それから第4局は、中村さんに勝ちのある将棋でした。そのどちらかを勝っていれば…。

 しかし観戦者にとっては、とても見ごたえのある五番勝負でした。
コメント (2)
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