浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

八正道と作善止悪

「御垂訓」

2021-11-20 00:34:22 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご著書「思いの中に生きる」より


            思いの中に生きる

先の続き・・・

そりゃもう、顔を見たら、演歌を絶唱中の森進一さんと
同じ顔をされています。
「この世の中の悲しみを私が一人背負っています」と
いう顔をしてね。
もう笑っても泣かれますね。
ああいう人はもう顔がそうなってしまうのです。
毎日毎日泣いてましたからね。
私の二番目の弟は小さい時泣き虫でした。
で、渾名も「泣き」でした。「泣き、泣き」と言われ、
これは中学へ行くまで泣き虫だったのです。

中学に行くと同時に心の中に転換が起きたのです。
急にパッと明るく切り替ってしまいましたけれど、
よく両親が言ってました。
「こいつは笑うてても泣き顔しとるなあ」。
顔が泣き顔になってしまうんです。
毎日毎日泣いていましたからね。
で、この人もまさにその通りでして、
ものを言ったら泣いておられます。

その方に、その人の悲しい辛いその悲しみを一通り聞かせてもらって―――
「まあ、苦しんでもそれは当然です。
あなたがそのような悲しみ苦しみの毎日を過ごしておられるのも、
これも一つの現実の生き方です。しかし、まあ考えてみなさい。
この五体の中で、こんな小さい目玉にロープが突き刺さるというのは、
これは奇跡です。
全身の面積がものすごく広いのにこんなところに。

じゃあ、もう十センチ程伸びたら、これは両眼とも見えなくなるところでした。
今、片目見えていますから、恰好が悪いとか、
ちょっと不便だという嘆きですけれど、
両眼とも見えなかったら大変です。それを一回思ってみなさい。
そして悲しい辛いと思ったら、どうぞ手を合わせて、
神さまに『ありがとうございました』と言って感謝しなさい」と最初言ったら、
「こんな悲しいのにどうして感謝しなければなりませんか」と泣かれるのです。
それで、「もし両目潰れていたら、それこそ全面的な失明になってもうどうにも
できません。しかし、無事にのこった片目だけでもちゃんと見えます。だから、
『あの時よくこっちの目を助けてくれました。

もし両目潰れていたら今のような不自由さではないのに、
この片方をよく助けてくれました』と言って、神様に感謝して下さい。
こっちの潰れた方にばっかりとらわれて嘆き、悲しい毎日を送るのも、
これも人生。
しかし、今現実に見える目に感謝の心を向けるのも一つの現実の生き方です。
選ぶのはご自身です」と言いましたら、その方は頭のいい方ですから、
「よくわかりました。
今までは私はとんでもない間違った生き方をしておりました」と
納得してくださったのです。

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