経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

売るための、伝えるための、デフレ時代の知財戦略

2011-11-30 | 企業経営と知的財産
 本日は、前回紹介したある中小企業へのアンケート結果に関連して、もう少し考えてみたいと思います。注目した部分についてもう一度。

■ 経営課題 = 「売上の伸び悩み・減少」が約50%
■ 知財権取得の目的 = 「模倣品排除・参入障壁形成」が70%以上


 さて、知財権の取得も含めた知財活動に取り組む理由は、言うまでもなく経営課題に何らかの成果を上げるためです。この原則を、「ここがポイント~知財戦略コンサルティング」や「経営に効く7つの知財力」では、

 経営課題 → 知財活動 → (経営課題に対する)成果

というシンプルなフレームワークで示しました。
 では、「経営課題」の部分に中小企業の最も典型的な「売れない」という課題を当てはめてみましょう。そして次にくる「知財活動」を、多くの中小企業がイメージしているように「模倣品排除・参入障壁形成」という目的で推進したとしましょう。これで期待していた「(経営課題に対する)成果」は得られるでしょうか?
 答えは、ある場合にはYesであり、ある場合にはNoとなるはずです。
 つまり、「売れない」理由が何であるかによって、期待していた成果を得られるかどうかは異なってくるはずです。
 「売れない」理由には、大きく分けて次の3通りが考えられます。

(a) そもそも商品に何かが足りない。
(b) 商品の良さが伝わっていない。
(c) 模倣品(類似品)に市場を食われている。


 このうち、「売れない」理由が(c)であるならば、「模倣品排除・参入障壁形成」という目的で適切に知財活動を継続すれば、何らかの効果を期待できるはずです。しかしながら、(a)や(b)が理由である場合には、「模倣品排除・参入障壁形成」に囚われていては、「経営課題」と「知財活動」の間に断絶が生じてしまい、「(経営課題に対する)成果」を期待できるはずがありません。参入障壁を作ったからといって、商品そのものが良くなったり、商品の良さが伝わりやすくなったりするわけではないからです(場合によっては閉鎖的になって、より良さが伝わらなくなってしまうおそれもあるかもしれません)。そして、これはあくまで推測で数値の裏付けがあるわけではありませんが、「売れない」という悩みの原因は、おそらく後者にあることのほうがはるかに多いのではないかと思います。
 では、(a)や(b)のケースにおいて、知財活動が役に立つことはないのでしょうか。ここで拙著「経営に効く7つの知財力」で解説している、知財活動に期待できる7パターンの働き(=7つの知財力)について考えてみましょう。7つの知財力の概略は、次のとおりです。

(1) 無形資産を‘見える化’する
 特許出願などの過程で自社の知的財産を他と比較し、その特徴を客観的に理解する助けになる、という働きです。
(2) 無形資産を‘財産化’する
 技術開発などの活動の成果物を企業の権利=企業の財産にする、という働きです。
(3) 創意工夫の促進し、社内を活性化する
 成果を見える化して情報を共有したり、社員からの提案に表彰制度や報奨制度をかませたりすることによって、やる気を引き出し社内を活性化する、という働きです。
(4) 競合者間における競争力を強化する
 知的財産権の排他的効力を活かして競合を抑える、という働きです。
(5) 取引者間における主導権を確保する
 取引のコアになる部分に関連する権利を抑えることによって、価格交渉等のイニシアチブを握る、という働きです。
(6) 自社の強みを外部に伝える
 知財権の存在を根拠にして、自社のオリジナリティを客観性をもってPRする、という働きです。
(7) 協力関係をつなぐ
 知財権を確保しておくことにより自社の権限が明らかになるので、パートナーと連携しやすくなる、という働きです。

では、これらの知財力が、(a)、(b)、(c)の理由にそれぞれ働き得るかを考えてみましょう。

(a) そもそも商品に競争力がない。 ← (1)、(3)、(7) が効く可能性あり。
  まず、(1)によって、自社にどんな知財があり、何を強みにしていくかを理解すること。あわせて、(3)によって競争力を高めるためのネタ出しを活性化すること。そして、(7)により弱点を補い得るようなパートナーとの提携を進めること。
(b) 商品の良さが伝わっていない。  ← (1)、(6)、(7) が効く可能性あり。
  まず、(1)によって、他との違いであり、自社の強みに結びつく知財を客観的に把握し、(6)によって、その強みを顧客や販売代理店などにわかりやすく、根拠をもって説明すること。そして、自社の営業力(説明力)が十分でなければ、(7)によって販売パートナーとの提携を進めること。
(c) 模倣品(類似品)に市場を食われている。  ← (4)、(5)、(6) が効く可能性あり。
 (4)によって、直接的に模倣品の排除に努めるほか、(6)によって、「本家本元・元祖」であることを顧客に訴えていくことも考えられます。(5)でしっかり原価をコントロールして、コスト競争力を強化するという考え方もあるでしょう。

 このように、「売れない」理由にあわせて、知財の力をどのように効かせていくかをよく考え、そこから知財活動を推進していかないと、先に説明したような「経営課題」と「知財活動」の間の断絶が生じてしまいかねません。
 また、上のような整理や、多くの中小企業にとっては(a)や(b)が深刻な課題であることを考えると、実は知財の典型的なイメージである(4)以上に、(1)、(6)、(7)といった働きのもつ意味が大きくなってくることを理解できるかと思います。その背景には、時代の、そして経済環境の変化が大きく影響しているのではないでしょうか。

 高度経済成長期のように需要が旺盛な時代には、しっかりとモノ作りを続けていれば「売れる」ことは期待できるので、その中でどうやって自分のシェアを確保していくか、(4)の持つ意味が大きくなってくるはずです。これに対して、今のようなデフレ経済の下では、需要を喚起することが強く求められるので、他社排除に熱心になるより、どうやって皆で市場を盛り上げていくかといった観点から、他社との協力関係や顧客への説明能力が重要になってくるはずです。また、各々の企業には一層の効率化が求められるため、得意分野への集中が促され、その結果、苦手な部分は他社との提携が必要になるという背景もあります。
 すなわち、至極当たり前のことではありますが、デフレ経済下において、知財活動についても、高度経済成長期と同じ発想で考えていてよいはずがない。古典的な知財の成功イメージに囚われてはいけない、ということです。
 特に、経営資源の限られている中小企業では、ここが重要なポイントになるはずです。需要喚起につながるような、売るための、伝えるための、デフレ時代の知財戦略。新しい時代を作る経営者と新しい時代を支える知財人で、これを作っていこうではありませんか。