玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

長期入院と幻覚(1)

2016年10月10日 | 日記

 ブログを3か月以上更新出来なかった。腸閉塞で手術を行い、3か月の入院生活を余儀なくされたからだ。まだ生きている。
 入院期間中もこの「玄文社主人の書斎」を読んでくださる方が、一日50人以上はいた。ご愛読に感謝申し上げたいと思う。
 6月26日に入院して10月1日に退院した。季節は初夏から秋へと移りすぎていったが、毎日空調完備の病室に寝起きしていた者にとって、季節というものは存在しなかった。手術直後の期間は自分でも何をしているのかまるで分からず、その後は極めて退屈な期間を過ごすことになった。病室にパソコンを持ち込んでブログを続けるほどのマニアではなかった。
 退院後失われた3か月を取り戻したいと言ったら、「闘病記を書け」という人がいたが、たかが3か月では「闘病」にも値しないし、腸閉塞ではあまりイメージの良い病気とは言えず、感動的な「闘病記」など書けそうもない。極めて散文的な3か月を過ごしたわけだが、最初の10日くらいだけは違った。多分モルヒネが効いていたのだろう、のべつ幕なしに幻覚に襲われることになった。
 私としてはこの時見た幻覚が極めて印象的で、そのほとんどをはっきりと覚えている。そのうちの一部は睡眠時の夢であったのかも知れない。しかし、その幻覚の源泉が、病室の壁紙と天井板の模様から来ていたところを見ると、睡眠時の夢でさえ昼間の幻覚の延長であったことは確かと思われる。
 一週間の間に手術を3回施された。後で聞けば、かなり危機的な場面もあったようだが、そのおかげで幻覚の10日間を経験することが出来たのかも知れない。最初の幻覚は病室の壁紙がめくれあがるというものであった。だからこれは意識のある状態での経験であり、睡眠時の夢ではあり得ない。

 壁紙の模様は写真のような「青海波」を基調としたもので、これがベッドで寝ている私に向かってめくれ上がってくるのだ。別に恐怖は感じなかったが、壁紙の裏に何があるのか? という興味をどこまでもそそるのである。私はしかし、結局壁紙の裏側を見ることは出来なかったが、なぜ病室の壁紙が動くのか? それは何を意味しているのか? というような疑問を何度も感じたことを覚えている。
 だから同じような幻覚を何度も見ていたのだと思う。壁紙がめくれ上がるいくつかのパターンを今でも思い出すことが出来る。横にめくれてベッドまで壁紙のはしが押し寄せてくるようなときもあったし、上方の安全なところでめくれ上がっていることもあった。壁紙の青海波の模様を源泉とする夢も見ることになる。
 しかし私の幻覚と夢を大きく左右したのは、壁紙よりも天井板の模様である。その模様は写真のようなもので、結構ありふれているように思う。病人は上向きに寝ているから(横向きだと手術の痕が痛い)、壁紙よりも天井を見ることの方が多かったためと思われる。
 何の変哲もない模様が意味を持ち始める。何回も何回も模様を見ているうちに、それが意味を持った記号の連続のように見えてくる。あるいは意識の方がそこに意味の連続を求めようとすると言った方がいいのかも知れない。それが文字としての意味であったり、画像としての意味であったりするわけで、そのたびに私は違った幻覚に襲われるようになっていく。

 


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