玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

34歳の戦争体験記研究者

2006年05月24日 | 日記
 旧満州柏崎村などを訪れる「中国東北部友好・慰霊の旅」一行が旅立つ前日の十三日、奇しくもある戦争体験記研究者の話を聞いていた。その研究者は、昭和四十六年生まれというから、まだ三十四歳。弘文堂から『戦争体験の社会学・「兵士」という文体』という本を上梓したばかりの気鋭の学者だ。現在筑波大学大学院助教授をつとめている。
 野上元さんというその助教授は、まだあどけなさの残る童顔で、中年男や八十歳すぎの元兵士達を前にして、戦争体験記の意義について話すのだった。野上さんは文献による研究だけでなく、長野県栄村で、戦争体験者から聴き取り取材も行っている。
 野上さんのテーマは、日本で戦争体験記が大量に書き残されたことの社会学的な分析にある。“総力戦”ということと、“書くこと”の大衆化の表れをそこに見てとる。日本兵の識字率は他の国の兵士に比べて圧倒的に高く、多くの日本兵は戦場で克明な日記をつける習慣を持っていた。
 日本軍が兵士に日記を書くことを禁じなかったことは、アメリカ軍に非常に有利に働いた。死んだ兵士からはもちろん、生きた兵士からも、拷問などすることなしに、その日記から貴重な軍事情報を得ることができたからだ。また、そのことが生きて帰った日本の兵士に戦後膨大な量の「戦争体験記」を書かせる要因となったことも疑いがない。
 野上さんは、戦争体験を直接語ることのできる世代が消えつつある今、戦争体験記のデータベース化など、何らかの行動の必要性を訴える。しかし、あまりにも膨大な量の“紙の山”を前に、呆然自失のありさまだという。
 旧満州柏崎村開拓団の小熊啓太郎団長も克明な日記を残している。しかし、その記録の解読すら戦後六十一年たった今もなされていない。
 講演後野上さんから、現在大学では戦争体験をテーマに研究する若者が増えているという意外な事実を知らされた。少し希望の光が差すのを感じた。

越後タイムス5月19日「週末点描」より)


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