クラシック 名盤探訪

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高野山・熊野三山・伊勢神宮を巡る

2011年07月02日 | 歴史・旅(国内)
コース順路:コース満足度★★★★ 5月22日~24日
高野山→熊野本宮大社→瀞峡→熊野那智大社→青岸渡寺→那智の滝→熊野古道・大門坂→熊野速玉大社→鬼ヶ城→伊勢神宮

一度は行きたいと思っていた高野山、熊野三山、そして伊勢神宮、二泊三日でこの三つをまとめて訪問するという欲張った旅となった。

まずは真言宗の開祖である弘法大師の聖地、高野山を訪れる。
説明文には、「高野山は紀の川の南方海抜900mの山上にあり、周囲を八葉蓮華になぞられた峰々に囲まれ、東西6キロ、南北3キロの一大仏都です」とある。
たしかにバスでつづれ折の道を上っていくと、忽然と山上の開けた大地に都が現れたのには驚いた。
奥の院の最奥の参道から、南無大師遍照金剛と書かれた柱を右に見ながら「弘法大師御廟」を目指す。
高野山は死後魂が訪れる「他界」と信じられ、弘法大師のそばで永眠することを望む人たちが墓碑を建て、石塔群が形成されたという。
もとは前田家の寺であった宿坊・天徳院に泊まったのだが、その加賀藩二代目当主前田利長とその夫人の墓碑が置かれている。
 

全部は目に出来なかったが、奥の院には結城秀康の石廟、織田信長、豊臣秀吉、石田光成、筒井順慶、武田信玄、勝頼、前田利長、法然、親鸞など多くの墓碑や供養塔が置かれている。
橋を渡った先にあるのが「弘法大師御廟」、自分の家も真言宗なので南無大師遍照金剛と唱えながら礼を捧げる。
宿坊のすぐ前に総本山の金剛峯寺があり、早速お参りに出かける。
「金剛峯寺」という名称の訳を調べてみると、弘法大師自身が『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(いっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けたのだという。
 

素戔嗚尊と出雲国のことを色々調べていたら、熊野三山は素戔嗚尊と切っても切れない深い繋がりがあることが分かってきた。
訪れた熊野本宮大社の祭神は一人ではなく、家都美御子大神(=素戔嗚尊)や事解之男尊が祀られている。
事解之男尊は饒速日命のことで、素戔嗚尊の第5子とされるので、本宮の祭神として親子が祀られるのだと思う。
素戔嗚尊の亡くなった場所は、松江駅より南13キロの八雲村熊野の地で、住居のあった八雲山(三室山)の反対側の麓、意宇川(おおがわ)のほとりの前にある熊野山に「磐座」の形で葬られている。
諡号は、神祖熊野大神奇御家野主尊(かむろくまのおおかみくしみけのぬしのみこと)なので、熊野本宮の名前は素戔嗚尊の亡くなった場所から来ているのは間違いないと思う。

 

瀞峡の読みは「とろきょうだと思っていたら、どろきょうと濁るのが正しいとのこと」、いつも思うのだが日本語は難しい。
たしかにパンフレットの「荒々しく切り立つ断崖と巨岩、静かな深い瀞の水は神秘的なコバルトブルーに澄みわたり不思議と心が落ち着きます」は当たっている。
熊野那智大社は那智の滝を水の神として祀るについて、昔は海でも川でも滝でも水に関するものを祀るときは全部女神を選んであてたので、祭神として天照大神の母である伊邪那美命を選んだものと思われる。
 

青岸渡寺の境内から見るこの景色、ポスター等で結構見るが悪くはない。
小雨が間断なく降るので、山に霧が昇って行って幻想的な眺めを繰り広げている。
西国三十三ヶ所第一番札所、青岸渡寺と熊野那智大社の軒の高さはまったく一緒とのこと、神と仏が一緒にあることを示している。
札所の寺の御詠歌はなるべく載せるようにしている: 補陀洛や 岸うつ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝津瀬
ほんの少しだが熊野古道の大門坂と呼ばれるところを歩く。
石段がごつごつしていて年寄りには結構応える道なので要注意。
  

熊野速玉大社は全国に3000社あるという熊野神社の総本山で、祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命とされている。
第12代景行天皇が、新宮市の熊野速玉社に武素戔嗚尊を別称の速玉之男尊として祀って社殿を造営されたというのは、「皇年代略記」や「延喜式神名帳」に記されているので間違いないだろうと思う。
鬼ヶ城は説明板によると「隆起と風化と波の浸食によって生じた自然の芸術で、熊野灘に面して延々1Km続く国の名勝・天然記念物とある」。
確かに歩いていると、まるで文明と遮断された別世界のような感じを受ける。
 

いよいよ伊勢神宮へと向かい、まずは伊勢神宮宇治橋の大鳥居の前に立つ。
冬至をはさんで前後二ヶ月の間、ここから眺めると伊勢神宮内宮の宇治橋と鳥居と朝日が一直線になるとのこと。
なにやら厳かな気持ちで鳥居をくぐり宇治橋を渡り、内宮のほうへ進むと五十鈴川の清く澄んだ流れが見えてくる。
五十鈴の名は、神前へ供える御(みにえ)を「すすぐ」意から出たといわれ、また倭姫命が裳裾を濯がれたという伝説から「御裳濯(みもすそ)川」とも言われている。
  

伊勢神宮(内宮)は皇室の祖先神で日本の総氏神である天照大御神を祭神とし、神体は三種の神器の一つ八咫鏡とされている。
20年に1度の式年遷宮が1300年間続いているのには感心してしまう。
お参りを済ませ、神路山の麓のうっそうと茂る樹林につつまれた参道を歩くと、敷き詰められた玉砂利がキュッと鳴って、何か励ましの声をかけてくれているように思える。
伊勢神宮・内宮前のおはらい町を歩く。
お伊勢さん特有の切妻・入母屋・妻入り様式の町並みを歩き、お土産を買うのもなかなか楽しい。