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インビクタス 負けざる者たち

2010年05月18日 22時22分22秒 | 映画
 この映画のすごいところは言葉による説明がほとんどないこと。映画の主題として観客に説明するポイントって3つあると思うんです。一つはラグビー(ルールと南アにおけるラグビーというスポーツのポジション)、もう一つがマンデラ大統領の26年間の苦難、そして最後がアパルトヘイト。この3つを語らなければ映画が成り立たないでしょ。でも、この映画、この3つを言葉で語らないんです。たぶん、わざと。それは安易な説明を避け、映画として充実させるためで、だから、この3つを一切の説明的セリフなしに映像として見せます。
 でも、ラグビー、マンデラさん、アパルトヘイトって実は分かりやすい概念じゃないでしょ。ラグビーはさておき、あとの2つは多くの人にとって感情的理解の範疇にあるものじゃないでしょうか。つまり、マンデラさん、偉い。アパルトヘイト、よくない、という、実はそれぞれに対する具体的知識が欠如しているのに、なんだかわかった気になっちゃいそうな事柄じゃありません?
 でも、この映画は「え、明日から黒人が内閣に入るんですって?」みたいな説明的セリフは一切なく、この3つを語り、映画を進めるんです。
 映画の内容ももちろんだけれど、これすごい、と。安易なことをやらず、シーンを練りに練る。
 まず、ラグビーがどういうポジションか、冒頭で見せます。
 このシーンはほんと象徴的なシーンで、とてもわかりやすいのだけれど、言葉による説明は一切ありません。ただ、2つのグラウンドを区切っている道を釈放されたマンデラさんが車に乗せられて通る。これだけで充分です。過不足ありません。
 グラウンドの状況、人種構成、やってるスポーツ、そしてマンデラさんへの反応。どれもが言葉なしにいろんなことを説明してくれています。
 実はぼくはラグビーが好きで、ワールドカップも第一回からずっと見ています。そんな中、変だな、と思ったのが、日本が今まで出場したワールドカップで唯一勝利をあげたジンバブエ戦。アフリカのジンバブエが相手なのに、選手全員が白人。その時、ラグビーというスポーツの持つ、ちょっとしたいびつさに気づいたのです。それがこの映画にもよく表れていて、ラグビー=白人、サッカー=黒人という図式がその象徴的なシーンで表現されているのです(これと同じことはアジアの香港チームにも言える。あそこも全員白人)。ラグビーは支配者のスポーツ、サッカーは被支配者のスポーツなんですね(国代表という概念もラグビーとサッカーとは違っていて、ウェールズ大会での日本代表のうちキャプテンも含め5人は外国籍でした)。
 まず、そこをちゃんと描いている。ラグビーのルールについても、ボランティアでスプリングボックスが黒人少年たちへのラグビースクールのシーンで語られます。しかし、それも最小限。ボールは前に投げちゃいけないんだよ、と。ラグビーのルールは複雑です。オフサイド一つとっても、モール、キック、スクラムなどそれぞれ違います。でも、それを説明しても意味はないわけです。だって、この映画はラグビー映画じゃないんだから。だから最小限、しかもこの説明ってすごく象徴的なんです。前にパスできない、というのは、まさにこの南アの現状を象徴しているんですね。マンデラさんが釈放されたからすべてがうまくいくわけじゃない。まだまだ問題は山積してる。パスを前に放って、ずんずん前に進むことができない。まさにラグビーは南アの象徴なんですね。
 そして、マンデラさんの苦難に関してはもっとすごいです。
 日本のドラマとかにありがちな、苦労した登場人物が叫ぶ「誰も俺の気持ちなんて分からねえよ」とかのゴミみたいなセリフは一切ないんです。いや、それどこじゃなく、ほんと、一切のセリフなしです。
 とても静かなシーンです。でも、伝わってくるんです。ぼくはここで泣きました。26年間、牢獄につながれる、ということが、声高に叫ばないからこそ、ぼくの中で想像されて深い悲しみが湧き上がってきました。叫べば、叫んだ音しか響かないけれど、沈黙は無限に響くんです。
アパルトヘイトに関しては、すごく大切に描かれています。それは事細やかにいろんなところに。たとえば、黒人のボディーガードたちの部屋に白人の元公安が入ってくる。
 マンデラ大統領の辞令があって、俺たちもボディーガードに任命された、と。
 慌てて黒人のチーフが大統領に面会するわけです。
 公安が俺たちの部屋に来ている、と。
 すると、大統領は「何かしでかしたか?」と聞く。
「いえ、何も」と答えると、「ああ、そうだ、思い出した。彼らはデクラークの護衛もしてたから役に立つ」と自分が任命したことを思い出すんです。
 このシーン、うまいです。白人の公安につい先日までずっと何かやったらすぐにぶち込んでやる、と追われていたこと、そしてそれが一瞬で逆転したことを物語ってる。しかも、その彼らをボディガードとして使う。
 それは、この国の出発点が許しと和解だとマンデラ大統領の信念によるものなんですね。黒人大統領が白人たちに対して、今まで何十年も牢獄に縛り付けた白人に対して報復するのではなく、許しと和解から出発するのだ、と。誰よりも牢獄につながれ、苦労した大統領がそう言えば部下たちは従わざるを得ない。
 そうした基本を押さえながら、この映画は進んでいきます。
 実は、映画を見た後とったメモの1/3も書いてません。
 ほかにもイングランド戦とワールドカップとの違い、イングランド戦でマンデラ大統領が得た手応え、理想主義者ではなく現実の戦略家としてのマンデラ大統領の描写、国が変わっていく中で、なおそれを拒否するアパルトヘイト時代の国旗がひるがえるワールドカップ会場、ニュージーランドが強い要因として挙げられた個人に対して南アはどうしたか、で、その対策にこそ国の行く末があったこと、そしてショショローザ。
 あ、長くなったからここで切り上げようと思ってたのですが、ショショローザに関してだけは一言。冒頭にちょっとショショローザが流れます。あとはまるでドビュッシーの「とだえたセレナード」みたいに断片だけが提示されます。で、最後っすよ、スタジアムに響くんです。白人のスポーツであるラグビーの会場に黒人の労働歌ショショローザが。もう、この演出の憎いこと。イングランド戦では、自分の国が失点すると喜んでいた黒人たちの歌が流れる。これ、しかも実話なんですよ、だって、俺生放送見てたんだもん。フィクションだったら、ねえよ、嘘くせえって話なんですが、実話なんですもん。
 で、うまいのが(この映画、ほんとにうまい。この「うまい」って小手先のことではなく、本当に練って練って考え抜かれたシーンばかりなんですよ)、最後のタイトルロール。どううまいのか、言いません。ぜひこの映画見てください。
 そんなわけで言いたかったことのほんと1/3程度なんですが、これ以上長くなっても仕方ないんで、ここらへんで。いや、映画っていいな。

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2 コメント

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モーガン・フリーマンのマンデラを観てみたいです。 (Nancy)
2010-05-19 04:34:41
興味深い映画ですね。
機会があれば是非鑑賞したいです。
単一民族国家の日本で揺ぎ無い立場でこの映画を鑑賞するのと、
異人種に囲まれながら自分がよそ者として生活している当地でこのような映画を鑑賞するのとでは幾分見所が違うかもしれませんね。
外見は似ていないのに (aquira)
2010-05-19 18:02:21
 モーガン・フリーマンの姿がマンデラさんにしか見えません。抑えた演技が素晴らしい。
 よく言われる「国際化」という言葉は、日本では、英語をしゃべり、外国人の家庭でのパーティーに呼ばれる姿を想像する人たちがいるけれど、でも、本当は自分とは異なる人々、共感のできない人々といかに共生するか考えることと同義なのではないか、と。

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