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江分利満氏の優雅な生活

2007年11月15日 10時48分02秒 | 映画


 小学生の頃、21世紀なんて来るもんかと思っていた。21世紀に自分は30過ぎ。30過ぎの自分を想像することができなかったのだ。
 その頃の21世紀は、自動車は道じゃなくて空を飛び、ロボットが働き、タイムマシンが恐竜見物に出かけていたものである。
 あにはからんや、相変わらず自動車は地べたをはいずり回っているし、働くどころか歩くロボットってえだけで大騒ぎ、タイムマシンはこりゃ、仕方がないな。要するに21世紀はぼく的にはまだ来ていないようなものなのである。
 なのに、「3丁目の夕日」は2作目が公開され、ノスタルジックに「昭和」が語られる時代。1作目は付き合ったが、さすがに2作目はなあ、もう付き合いきれませぬ。ノスタルジーに浸るのはまだ早いんじゃないか。
 どうも思うのだが、生の昭和を振り返るというより、2007年に作られたノスタルジック昭和を見て懐かしがっているような気がする。
 昭和を振り返りたいのなら「3丁目の夕日」もいいが、たとえば「江分利満氏の優雅な生活」を見ても十分振り返れると思う。しかし、そこに現れる昭和は夕日に象徴されるようなノスタルジーや美しさとは別のものだ。
 サントリーの広告部に勤める主人公(それにしてもサントリー広告部からは直木賞、芥川賞作家両方が出ているというのもすごい話だ)36歳、口癖は面白くない。気力が続かないとぼやく。数字に弱い、口笛が吹けない、靴のひもがちゃんと結べない、北陸と東北を間違い、コピー機も使えない、音痴、そんな不器用な彼がつましいながらも家族を大切に暮らしている。どこにでもいる江分利満氏である。
 そんなどこにでもいる人間にもいくつものドラマがあり、歴史がある。ときにユーモラスに、ときに哀しく、アニメの使用やアステアの「恋愛準決勝戦」で使われた特撮などを織り交ぜ斬新な映像表現で描いている。
 「3丁目の夕日」では三浦友和役にわずかに残る戦争の匂いも、この映画では主人公の中の屈折として大きな存在である。直木賞受賞後の泥酔状態でそれが炸裂する。大正末期生まれの主人公は徴兵された最後の戦中派であり、その酒乱に付き合わされる20代の若手社員にはもうその主人公の気持ちは理解できない。いやがる若手社員に代わって新珠三千代が朗読するシーンが実に象徴的で、そこに深々とした断絶が存在するのだ。
 戦争に行った戦中派の気持ちを理解できない若者が現在70歳くらいなのだ。戦争観も変わってくるだろう。
 昼の平凡な会社員と夜の酒乱とを小林桂樹が名演技でみせる。ウルトラ警備隊から2人が出演。1963年制作の映画だけれど、映像表現を含めて、決して古くない今見ても十分面白い映画であった。
 ただ、夫婦の関係(今、こんな夫がいたら即離婚だろう)とか、出てくるみんなタバコ吸い過ぎとか、時代の隔たりを感じる部分もある。が、その違和感も一興だろう。
コメント
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