12月21日
外食 ちゃんぽん 630円
雑費 歯医者 2320円
歯ブラシ10 1500円
散髪 2000円
食類 シラス 113円
マヨネーズ 198円
ひじき 138円
ソーセージ 198円
ちくわ 68円
合計 7165円
12月累計 99030円
ミスってメールを全部削除してしまいました。心当たりのある方はもう一度メール下さい。
歯石と着色を落としてもらいに歯医者へ。親知らずの抜歯後の経過も順調らしい。なんだが、最後の一本は「すぐ近くに血管と神経が通っているので万が一の為に総合病院に行った方がエエですよ」との事。まあ、万が一、血管が破けて大量出血した場合の為らしい。
で、選挙終了(笑)
大阪府知事選ではありません。大谷派教団の議員選挙です。
「そんなんあるんか!」っちゅう人も多い事でしょうが、私も最初はビックリしましたし。
『教団』といっても議会がある。その議会で物事が決定される。
例えば大谷派では昔は『法主』と呼ばれていた人が現在は『門首』と呼ばれる。
『法主』とは文字通りに『法の主』だったのが現在は『門徒の首位』である。これを変えたのも当然議会である。選挙で選ばれた議員さん達の意向で決まった事。
なので当然、議席数が変われば『門首』が『法主』に変わる事もあり得る。
今回の選挙は『門首を法主へ』という意見を持たれていた議員さんが御亡くなりになられ、その補欠選挙であった。
ちなみに現在の日本の議会よりも宗教団体の議会の方が早い。本願寺派(いわゆる西本願寺)の議会は帝国議会より9年早い。噂によると本願寺派の議会で実験したとか。本願寺派は長州藩との関わりが深い教団だったので、薩長を中心にする明治政府が本願寺派を使って実験したとかしないとか。そんな噂がある。
で、補欠選挙だった。選挙結果は書かない。
立会演説会もあった。当然行って来たのだが、2度目の参加。前回は少しだけ遅刻したので、最初からの参加は初めて。
御本尊がある前で参加者全員で念仏申し、真宗宗歌を斉唱し、最後にもまた全員で念仏申し恩徳讃を唱和する。
つまり仏事である。
私はこの立ち会い演説会という仏事が大好きで、一番好きな仏事かも知れない。
今回の候補者は二人。それぞれの候補者が熱い気持ちを語る。当然、セメント(プロレス用語で真剣勝負)である。質疑応答もあって、参加者が質問する。当然、セメントである。聞いてて「ひゃ~!こわ~。。。」という質問もあってそれぞれが真剣である。聞いてる私も真剣に聞く。
二人の候補者には当然陣営がある。選挙運動員の方々を筆頭に。
選挙は対立である。でも、同じ念仏を申して居る人達、同じ念仏者同士の対立が出来る『場』である。
確か安田先生の言葉だったと思うのだが、『血みどろの徹底批判』。それが出来る『場』。
同じ御本尊に手を合わす同じ念仏者同士。
最近、疲れ気味なのか批判が弱くなって来ている。批判するのは面倒なのだ。批判したら批判され返されるし。だから「それぞれの意見やん」と、『違い』を明らかにしなくなる。違いは個性であり、違うからこその個人である。
60億人の人がいればそれぞれが『違う』。違う個性を持って生きて居られる。
その違いを明確にしないと排他的になる。具体的には強者が弱者を排除する動きにつながる。
例えば女性の社会進出がまだ弱い。女性に対する偏見を持たれている方々も少なくなって来ているんだろうけど、まだ居られる。男と女は違う。違うからこそ素晴らしいのであって、どっちが優位であるとかなんぞ全く関係ない。違うのだ。
人間、一人一人それぞれ違う。『違う』だけなのだ。誰が優れていて、誰が劣っているなどの『視点』は偏見でしかない。違うだけなのだ。
違うからこそ、人は対立出来たり、批判出来たりする。同じ人間だからこそ対立出来たり批判出来たりする『だけ』なのだ。
同じ人間だからこそ。
行ってる歯医者は何故か小さな画面でディズニー映画が流れてる。きっと子ども向けなんだと思う。大人の私も「ちょっと待って下さいね」と元理想の眼鏡っ娘に云われた時なんぞに観る。
今日はトムとジェリーだった。
外食 ちゃんぽん 630円
雑費 歯医者 2320円
歯ブラシ10 1500円
散髪 2000円
食類 シラス 113円
マヨネーズ 198円
ひじき 138円
ソーセージ 198円
ちくわ 68円
合計 7165円
12月累計 99030円
ミスってメールを全部削除してしまいました。心当たりのある方はもう一度メール下さい。
歯石と着色を落としてもらいに歯医者へ。親知らずの抜歯後の経過も順調らしい。なんだが、最後の一本は「すぐ近くに血管と神経が通っているので万が一の為に総合病院に行った方がエエですよ」との事。まあ、万が一、血管が破けて大量出血した場合の為らしい。
で、選挙終了(笑)
大阪府知事選ではありません。大谷派教団の議員選挙です。
「そんなんあるんか!」っちゅう人も多い事でしょうが、私も最初はビックリしましたし。
『教団』といっても議会がある。その議会で物事が決定される。
例えば大谷派では昔は『法主』と呼ばれていた人が現在は『門首』と呼ばれる。
『法主』とは文字通りに『法の主』だったのが現在は『門徒の首位』である。これを変えたのも当然議会である。選挙で選ばれた議員さん達の意向で決まった事。
なので当然、議席数が変われば『門首』が『法主』に変わる事もあり得る。
今回の選挙は『門首を法主へ』という意見を持たれていた議員さんが御亡くなりになられ、その補欠選挙であった。
ちなみに現在の日本の議会よりも宗教団体の議会の方が早い。本願寺派(いわゆる西本願寺)の議会は帝国議会より9年早い。噂によると本願寺派の議会で実験したとか。本願寺派は長州藩との関わりが深い教団だったので、薩長を中心にする明治政府が本願寺派を使って実験したとかしないとか。そんな噂がある。
で、補欠選挙だった。選挙結果は書かない。
立会演説会もあった。当然行って来たのだが、2度目の参加。前回は少しだけ遅刻したので、最初からの参加は初めて。
御本尊がある前で参加者全員で念仏申し、真宗宗歌を斉唱し、最後にもまた全員で念仏申し恩徳讃を唱和する。
つまり仏事である。
私はこの立ち会い演説会という仏事が大好きで、一番好きな仏事かも知れない。
今回の候補者は二人。それぞれの候補者が熱い気持ちを語る。当然、セメント(プロレス用語で真剣勝負)である。質疑応答もあって、参加者が質問する。当然、セメントである。聞いてて「ひゃ~!こわ~。。。」という質問もあってそれぞれが真剣である。聞いてる私も真剣に聞く。
二人の候補者には当然陣営がある。選挙運動員の方々を筆頭に。
選挙は対立である。でも、同じ念仏を申して居る人達、同じ念仏者同士の対立が出来る『場』である。
確か安田先生の言葉だったと思うのだが、『血みどろの徹底批判』。それが出来る『場』。
同じ御本尊に手を合わす同じ念仏者同士。
最近、疲れ気味なのか批判が弱くなって来ている。批判するのは面倒なのだ。批判したら批判され返されるし。だから「それぞれの意見やん」と、『違い』を明らかにしなくなる。違いは個性であり、違うからこその個人である。
60億人の人がいればそれぞれが『違う』。違う個性を持って生きて居られる。
その違いを明確にしないと排他的になる。具体的には強者が弱者を排除する動きにつながる。
例えば女性の社会進出がまだ弱い。女性に対する偏見を持たれている方々も少なくなって来ているんだろうけど、まだ居られる。男と女は違う。違うからこそ素晴らしいのであって、どっちが優位であるとかなんぞ全く関係ない。違うのだ。
人間、一人一人それぞれ違う。『違う』だけなのだ。誰が優れていて、誰が劣っているなどの『視点』は偏見でしかない。違うだけなのだ。
違うからこそ、人は対立出来たり、批判出来たりする。同じ人間だからこそ対立出来たり批判出来たりする『だけ』なのだ。
同じ人間だからこそ。
行ってる歯医者は何故か小さな画面でディズニー映画が流れてる。きっと子ども向けなんだと思う。大人の私も「ちょっと待って下さいね」と元理想の眼鏡っ娘に云われた時なんぞに観る。
今日はトムとジェリーだった。