ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 01 喪の仕事

2018-11-24 | 宇宙よりも遠い場所
 前に書いたとおり、アニメ「宇宙(そら)よりも遠い場所」はとてもシンプルなつくりの作品だ。
 考察とか分析とか謎解きとか、そういったものがことさらに入り用だとは思わない。でも、好きになった作品について語りたいのは人情だ。いわゆる「感想」に留まらず、もう少し深いところに行きたいと思う。これから自分で物語をつくろうと考えている若い人には、いくらか参考になるかもしれない。
 何しろこの作品は、「物語」を織りなす基本のファクターだけでできあがっているといっていい。いわば、どこの家の冷蔵庫にもある素材だけで作られた料理のようなもので、それがここまで美味に仕上がるものかと、ぼくなどは驚いたのだった。
 シリーズ構成/脚本の花田十輝、監督のいしづかあつこ、両者ともに才気あふれるクリエーターだけど、才気のみで為しうることではなく、長年にわたるキャリアのたまものであろう。
 シンプルゆえに、ストーリーラインも性格設定も人間関係もたいへん明確になり、それが声優陣の熱演をうんだ。名作というのはこうやって生まれるものかと改めて思う。

 4+1、あわせて5人のヒロインが登場する。いずれも10代半ばの高校生だ(ただし1人は中退したので現役ではない)。
 うち事実上の「主人公」は2人いる。
 1人は「喪の仕事」というテーマを担う。
 1人は「ここではない何処かへ。」というテーマを担う。いずれも「物語」を生成し、前へと進める基礎中の基礎というべきテーマである。
 「喪の仕事」は、「喪の作業」とも訳される。ぼくも「家政婦のミタ、あるいは喪の作業について。」という記事を当ブログ内に置いているけれど、もとは精神分析の用語で、細かい定義がある。
 細かい定義はあるのだが、あえてひとことでいうならば、「自分のなかでまだ死にきっていない死者を、きちんと葬ってあげる」作業のことだ。
 とても身近な、大切なひとが亡くなったとき、理性ではどうにか抑えても、心の(あるいは身体の)深いところでどうしてもそれを納得できない。自分のなかで、どうしてもその死を受け容れられない。そんな情態になることがある。
 このような際、その死者は物理的には地上から消滅していても、じっさいにはまだ亡くなってはいない。
 2011年に放映されて話題をまいた「家政婦のミタ」は、まさにそのことを主題に据えた作品だった。
 2017年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」でも、小野政次(高橋一生)が亡くなったあと、直虎(柴咲コウ)は、(自らが手にかけたにも関わらず)その死を受け容れることができず、しばらくは錯乱のていで、夜な夜な政次の来訪を待ち続ける、という痛ましいエピソードがあった。
 「喪の仕事」を始めるまえの情態とはああいうもので、残された生者のほうも、半ば死に囚われてしまい、うまく生を営むことができない。ゆえに、「喪の仕事」は切に必要なのである。
 小淵沢報瀬(こぶちざわ しらせ CV・花澤香菜)の母は、3年まえ、民間初の観測隊として赴いた南極の地で消息を絶った。
(なお「民間初の観測隊」とは、もちろん、本作独自の設定である。)





 それいらい報瀬は、「自分も南極に行く。」という情熱の虜となり、高校生活のかたわら、さまざまなバイトに明け暮れ100万円を貯める。
 100万円貯めたから南極に行ける、というものではない(北極圏とは異なり、南極への観光ツアーというものはない)。また、仮に南極に行けたところで、そこで母のために何ができるかもわからない(1話の時点で彼女は「……遺品もほとんどないままで。だから、私が行って見つけるの」とキマリにいうが、じっさいに捜索ができるわけではないのは理解している)。
 母を失った空虚さを、日々、そうやって埋め合わせることで、かろうじて自分を支えている、ということだろう。
 もともとの性格もあって、報瀬はけして人当たりがよくない。
 入学以来、いつも切羽詰まった様子で、「南極南極」と言い募り、誰かとつるむこともなく、遊びの誘いにも乗らぬため、周囲から敬遠されている。
 バイトが忙しくて遊ぶ暇がない、ということもあるにせよ、彼女のほうも、むしろ自分から孤立を求め、周りを敵視しているふうもある。
 いうまでもなく、「喪の仕事」を担う主人公とは彼女である。彼女にとって南極とは、「喪の仕事」を為しうる場所のことだ。その地に赴かぬことには彼女の仕事はできない。母を葬ることができない。そのことが本能的にわかっていて、だから報瀬は必死で南極を目指している。
 いうならば彼女は裏の主人公。もうひとりの、いわば「表の主人公」がそんな報瀬と出会うことから、ストーリーは動き出す。



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