10年前から趣味で銅版画を制作している。木版画を制作した経験がある人は多いと思うが、銅版画についてはなじみの薄い人もいると思われるので簡単に説明しておきたい。木版画は木の板を彫って版をつくる。絵の黒くなるところを残し、白くするところを彫刻刀で彫る凸版画である。
銅版画は銅板を彫って版をつくるが絵の黒くなるところを彫って溝を作る。この溝にインクを詰め紙をのせプレス機で圧着する凹版画である。この溝を彫る方法として様々な技法があるが大きく分けて二通りに分けられる。一つはいろいろな道具を使って銅板を彫る直接技法、もう一つは薬品で銅板を腐食して作画する間接技法である。なおよく耳にする「エッチング」はこの間接技法の一つであって銅版画全体を意味する言葉ではない。私が採用している技法は直接技法の一つであるメゾチントである。
メゾチントは最初にベルソーという工具を使って銅板全面に無数の小さな穴とまくれをつくる。これで銅板の表面はサンドペーパーのようなざらざらの粗面となりこのままインクを詰めて刷るとビロードの質感のある黒い面が得られる。この粗面を工具を使って削ったりつぶしたりして諧調をつくっていく。このようにメゾチントは大変手間のかかる技法なのでこの技法で版画を制作している人はそう多くないが「ビロードのような黒」の魅力には抗しがたく私はこの技法一本にしぼっている。メゾチントの作家として有名な人に長谷川潔、浜口陽三があげられる。長谷川潔の作品は横浜美術館が多くの作品をもっており目にする機会も多い。浜口陽三の作品は東京・箱崎にミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションがありいつでも多くの作品を鑑賞することができる。
なぜ銅版画を始めたのか。直接のきっかけは両親の介護である。十数年まえ両親が同時に「要介護」状態になってしまった。両親の家は隣であったが私と妻二人で介護をしなければならなくなったのである。同期の方々のなかには同じようなことを経験した方あるいは経験中の方がいらっしゃると思うがとにかくストレスがたまる。このままだと私達がどうかなってしまいそうに感じたので妻と相談し週一回交代で家を離れる「休日」をつくることにしたのである。前々から銅版画に興味を持っていたのでいろいろ調べたところ多摩美術大学が生涯学習講座を開いておりそのなかに「銅版画基礎講座」をみつけたのである。一年間基礎講座で様々な銅版画技法のさわりを一通り勉強し、メゾチントが最も性に会っていることを確認した。二年目からは大学の工房に週一回通って制作している。
一般的にサラリーマンの場合、仕事を通じて本当の自分を表現する機会はあまりない。またあったとしても限られた期間にすぎず、まして外の人に伝える機会はさらに少ない。定年となり人生の最終段階をむかえつつあるとき、今まで美しいと思ったイメージのコレクションを作ってみたいと思うようになった。そしてこのコレクションは銅版画で表現するのが一番適していると思ったのである。このコレクションが結果として「伝えたい自分」を表すことになるような気がする。いつまでも印象に残っている美しいイメージはなぜそうなのか、本当の理由はなにかもう一度考え直しながら銅版画を制作するのは本当に楽しい。ただ制作しても未熟さ故表現しきれていない場合も多いが。このコレクションがどのくらいたまるか予想がつかないができるだけ長く制作を続けていきたいと思っている。
銅版画を制作していてよかったと感じたことが最近あった。会社員時代転勤で大阪で5年半過ごした。20年以上前のことであるが多くの同僚はもとより社外の人たちと印象に残る様々な経験をすることができた。この方々と大阪での「同窓会」のようなことができないか考えた。運よく昔の同僚で墨絵を描いている人がいたので7月に大阪で「二人展」を開いた。全部で約150人の人に来ていただいたがうち約50人は友人・知人でとても楽しい「同窓会」になった。同期の及川盾夫ご夫妻にもお目にかかった。このような会も銅版画があったからこそだと思っている。絵や版画に興味がなくてもそれらを媒介して皆気楽に集まれるような気がするのである。来年か再来年東京で個展をするつもりである。決まったら栄光11会のブログでご案内するつもりであるが皆様にお目にかかれればうれしい。