栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (121) ”"季節のにおい (Okubo_Kiyokuni)

2020年05月20日 | 大久保(清)

 季節のにおい

 最近は道路が舗装されて歩きやすいのだが、その反面、土のにおいが薄れてしまった。天候の変化をまともに受けた昔の土道は歩きづらかったのだが、季節のにおいを運んできてくれた。長雨で外遊びもできず、雨のにおいを嗅ぎながらの学校帰り、ぬかった水たまりにゴム長靴をくぐらせて鬱陶しい梅雨の季節をやり過ごしていた。やがて、夏、突然、空が暗くなる、雷が鳴り響き、あたりの景色は雨音に包まれる。夏の強い陽射しに焼かれて白っぽく乾いた土道が見る見るうちに黒く染まり、生き帰ったような芳ばしい土のにおいが立ち昇り始める。

まだ木の芽が固まっている早春のころ、道ばたの雑草や木々の根方から湿り気を帯びたにおいが、ゆるい風に乗って鼻先をかすめる。冷えた大気にかすかにこもる暖かな土のにおい。住宅街の生垣の向こうにも季節の匂いが群れている。白無垢の妖艶な姿に魅せられて、思わずひき寄せられるように木の下に近づくとほのかに甘い上品なかおりが降ってくる。それは白蓮の花。姿は見えぬが、数軒先の庭先からもその存在を知らせてくれる強い香りの花もある、春先の沈丁花、秋は金木犀のあのオレンジの花。

みな、そのにおいの発生源を特定できるのだが、毎年おなじにおいを感じていても、その出所が確かめることができない不思議なにおいがある。夏も終わり、もう秋になったのだと教えてくれるような、夕暮れどきのとても懐かしいにおい。夏の名残のような強い陽射が傾きだすころ、夕闇が思いのほかの速さであたりを支配し始め、気温が急に落ちてくる。それを待っていたかのように道ばたにつもる枯葉や草木から地面を這うように忍び寄るにおい、鼻先にツーンと感じる、なぜか、目に染みるような煙たい匂いがあたりに一面に立ち込めてくる。暑さをこらえていた樹木が地面より一斉に水を吸い上げ、木々の香りを一気に大気に発散させるためであろうか、少年時代、遊びづかれて家路に向かう夕暮れ時ににおってきた、かまどから流れてくる、あの夕餉の煙を思い出させる懐かしいにおい。

この人恋しさを誘う秋のにおいが、冷たい北風の到来とともにどこかに消え去ると、乾いた舗装道路を車にあおられて転げるまわる枯葉のにおいに代わってゆく。やがて、北風が頬をさすほどに冷えてくる、ひたすら下を向いて歩いているうちに、凍えた鼻先にプーンと香水のような強い香りが漂ってくる。それはかじかんだ気持ちに寄りそう蝋梅の花。

厳しい冬の季節にも和む日がある。久しぶりに寒さがゆるみ、風もなく、庭先に射しこんだ暖かな陽射しがあたりを日向色に染めてゆく。サッシ戸を開け、その白みがかった強い陽光を顔いっぱいに受けとめて、目を細めながら大きく息を吸い込むと、ほっこりとした冬のぬくもりが鼻の奥まで忍び込む、寒さに固まったからだをそっとほぐしてくれる。

コメント
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