栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (104)”オデッサのマリア様”(Okubo_Kiyokuni)

2019年05月05日 | 大久保(清)

 オデッサのマリア様

 黒海の港湾をトルコ、グルジアと反時計回りに調査してきたが、世界地図を眺めると、次はウクライナである。まだ見ぬウクライナの港を求めて雪の残るキエフ空港に降り立つと、ロシア語の通訳と共に港湾庁を訪問した。すると、驚いたことに、グルジアの港で仕事をしていた時に顔を合わせていた男がいた。当時はあまり気に留めていなかったのだが、イリチェフスク港の副所長と紹介される。黒海での港湾仲間の対応は思いのほかに早く、ウクライナの主要港湾であるオデッサ、イリチェフスクの問題点、整備への基本的な考え方を聞き取り、将来のウクライナの港湾整備に向けたプロジェクトの輪郭が見えてきた。

 当初の目的を無事終了したが、このまま何所も見ずに、オデッサを去るのも味気ないなあ、と残された夕食までの時間、出不精の男だが、少しばかり観光気分を味わうべく風格のあるロンドン・スカヤ・ホテルを抜け出した。ときおり小雨のまじる重く冷たい海からの風が頬に吹き付けるなか、マフラーで首もとをしっかりと包みこみ遊歩道を進んでいるうちに、水際より背後の丘に向かって見上げるように続いているとても幅の広い石の階段が見えてくる。これはどこかで見たことのある階段だー、と、脳みその底に残っているはずの世界史の教科書をめくっているうちに、突然―オデッサ、戦艦ポーチョキンー、と反応してきた。(後で調べて見ると正解はポチョムキンなのだが、かなり近い)

 どんよりとした曇り空の下にそびえる巨大な石階段を見上げていると、吹き上げてくる海風の中にあのロシア革命の血の匂いが漂ってきたような不思議な気配を感じ始めた。余りにも場違いな、東洋の若造がここで何をしようとしているのだろうか、と考え始めると、いまだ体験したことのない歴史の重みのようなものが背中にのしかかってきた。

その異様な空気からのがれるべく階段の途中から、わき道に降り旧市街地に足を踏み込んでいくと、古びたレンガ造りの低層アパートに囲まれた小さな公園の前に出てきた。落ち葉に覆われた石畳の広場には敬虔な雰囲気が漂い、その中央には等身大の白いマリア像が立っていた。だが、近づいてみると、少し気になるものを発見する。どうしたわけか、マリア様がけがしているらしい。腕を肩から包帯で吊っているようにも見えた。

  日本にもどり、ウクライナの歴史を復習しているうちに、包帯のマリア像は、もしかしたら、クリミア戦争で有名になった、あの白衣の天使、ナイチンゲールかもしれないな、と思い始めた。予習する時間もないままに仕事の合間の観光では傍で教えてくれる人もなく、自宅に帰り新しい発見をさせてもらう。アルバムを広げ当時の天候などを思いだしつつ、いつものように細切れになっていた旅の思い出を新鮮な気持ちで紡いでゆく。

 

 

 

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