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ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

サンドラの小さな家

2021-04-01 23:33:08 | さ行

あなたの隣りにいる人は、本当に大丈夫?と

改めて思わずにいられない。

 

「サンドラの小さな家」74点★★★★

 

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アイルランドの小さな街で

幼い二人の娘と夫と暮らすサンドラ(クレア・ダン)。

 

その日、帰宅した夫のヤバい様子を察知した彼女は

上の娘エマ(ルビー・ローズ・オハラ)に秘密の暗号を託し、外に逃がす。

 

それは「SOS」のサイン。

エマは近くにある店に駆け込んでサインを伝え

母子はなんとか夫から逃れることができた。

 

その後――

DV夫と離婚したサンドラは

清掃の仕事やパブのバイトを掛け持ちしつつ

娘たちを育てている

 

働けど働けど困窮し、未来の見えない不安のなか

サンドラはふとしたことから

「自力で家を建てる」ことを思いつくのだが――?!

 

************************************

 

本作のなりたちは

母親サンドラ役を演じるクレア・ダンが

親友から「ホームレス状態になってしまった」との電話を受けたこと。

 

その衝撃と怒りから彼女は初めて脚本を執筆し、

この映画が実現したそうなのです。

すごい。

 

働けど働けど困窮するシングルマザーの状況に

胸を締め付けられつつ

「世界どこでも事態は同じなのか――!」と

やはり怒りと悲嘆を感じ得なかった。

 

映画は全般、やわらかい光に満ちているんです。

人生をやり直そうと、がんばる母と愛らしい娘たち。

そんな彼女たちを、思わぬ人が助けてくれたりして。

 

すごくあたたかいんですが

でも、決して甘くない。

 

特に、サンドラをときおり襲うDVの恐怖の記憶は生々しく痛くて

それが幼い娘たちにも影を落としている――ということが

次第にわかってくる。

 

でもサンドラは、そう簡単に泣き言を言わないんですね。

「大丈夫?」と聞かれれば「大丈夫!」と答える。

いや、実は全然大丈夫じゃないよね?!っていう。

 

観ながら

「自分の隣りにいる人は、本当に大丈夫か?」と

改めて深く考えさせられました。

 

そんななか、サンドラは「自力で家を建てる」ことを思いつく。

そううまくいくかいな?、と思うと

意外に

土地を譲ってくれる人や、建築のプロの助けを得ることができる。

 

 

これはアイルランドにある「メハル」という精神に基づくものらしく

皆で助け合い、結果自分も助けられる――というものだそう。

沖縄の「もあい」の精神に似てますね。

 

その考え方にサンドラは助けられる――んだけど

その先にも、まだ紆余曲折があって。

 

でも、どんなに足元をすくわれても

まだ終わりじゃない。

サンドラと娘たちが、シーアの歌に力をもらう様子は

めちゃくちゃ共感できましたよ。

 

介護を必要としていた主要人物が

いつの間にか、しゃっきり自立できるようになっているあたりは

ちょっと謎だったのだけれどw

まあもう一度、じっくり観たら解けるのかもしれない。。。

 

とにかく

どんな苦境にあっても泣いてたって、はじまらない。

心をアゲよ! 私たちは進むのだ!

そして他者を助けようと動ける心がいかに尊いか、というメッセージを

感じとることができました。

 

ワシ、大丈夫かな?・・・・・・いや、うん、まだ、なんとか、大丈夫!w

 

★4/2(金)から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

「サンドラの小さな家」公式サイト

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世界で一番しあわせな食堂

2021-02-20 14:22:25 | さ行

なあんて、気持ちがいいんだろう。

 

「世界で一番しあわせな食堂」74点★★★★

 

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フィンランド北部・ラップランド地方の小さな村に

バスでやってきた親子。

 

寡黙な中国人チェン(チュー・パック・ホング)と

幼い息子のニュニョ(ルーカス・スアン)。

 

二人はバス停前の食堂に入り

食堂で働くシルカ(アンナ=マイヤ・トゥオッコ)や客に

たどたどしい言葉で

「ある人物の居場所を知らないか?」と問いかける。

しかし誰もその人も、その場所も知らないようだ。

 

困った様子の父子にシルカは

空いている部屋を宿として提供する。

 

翌日も食堂にやってくる客に聞き込みを続けるチェン。

 

そのとき、食堂に観光バスで

中国人の団体客がやってきて

メニューに不満を言い出す。

 

すると

チェンが「私に任せてもらえませんか」と

立ち上がった――。

 

****************************************

 

青い空と緑の大地を舞台に

なんともいえず、気持ちがふわっと、ほっこりする映画です。

 

市井の人々へのまなざしや愛は

弟アキ・カウリスマキ監督と通じるけど

 

よりゆったりとした空気、包容力、

シンプルかつ素直なやさしさが、ある気がいたしました。

 

 

ぶっきらぼうで、でも知り合うと優しく情に厚い

フィンランドのおっさんたち。

彼らのたまり場である食堂を切り盛りする

まだ若く美人で、でもちょっと事情ありそうなヒロイン。

そこにやってくる中国人の親子。

 

異国で困っている彼らに

ヒロインはごく自然に手を差し伸べ、

 

助けられた父チェンは

逆に困ったヒロインを、ある技能で助ける。

 

ある技能とは、ずばり「料理」。

チェンは有名なシェフだったのですね。

 

実際、コロナ前のラップランドには

中国人観光客が殺到するようになっていたそうで

監督が実際目にしたそんな風景が

創作のヒントになっているらしい。

 

チェンが地元のスーパーで

中国料理に使えそうな食材を集めて

工夫して料理を作るところとか

すごくおもしろいし、まあなんとも美味しそう!

 

ゆでたソーセージとジャガイモくらいしか出せなかったヒロインも

チェンとの交流で

食の大切さと滋養を体験してゆくのです。

 

ラップランドの自然と中国の料理が

体の内外に染み渡って

あ~癒やされた~。

 

★2/19(金)から新宿ピカデリー、渋谷シネクイントほか全国順次公開。

「世界で一番しあわせな食堂」公式サイト

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春江水暖〜しゅんこうすいだん

2021-02-13 23:54:59 | さ行

これはびっくりした!

 

「春江水暖〜しゅんこうすいだん」73点★★★★

 

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中国・杭州市富陽(フーヤン)。

有名な山水画に描かれた美しい水辺の都市は、

いま再開発の真っ最中だ。

 

その場所にある中華レストランで

一族の母(ドゥー・ホイジュン)の誕生日を祝う宴が賑やかに催されている。

 

レストランを経営する長男(チェン・ヨウファー)

漁師をする次男(ジャッン・レンリアン)

男手ひとつでダウン症の息子を育てている三男(スン・ジャンジエン)

そしていまだ独身の末っ子・四男(スン・ジャンウェイ)が

母を囲んでいる。

 

が、宴の最中に母が倒れ

介護が必要になる。

 

大きな変化を前に

兄弟それぞれの人生が現れ、

その思いが交差してゆく――。

 

*********************************

 

カンヌ国際映画祭批評家週間クロージング作品。

 

舞台は山水画の世界の向こうに

タワマンが立つ現代中国。

 

なんだかSFのようなシュールさのなか

市井のある一家の春夏秋冬が、描かれる。

 

たゆとう水面、ゆったりした時間の流れ。

望遠レンズで人物を捉える、独特のカメラワーク。

すべてを俯瞰するような鳥瞰の視点。

 

斬新でありつつ

ジャ・ジャンクー監督にも通じる悠久や達観の気配があり

さぞ熟練の老成した監督の作品だろうと思っていたら

 

上映後に

1988年生まれ、まだ32歳のグー・シャオガン監督の

長編デビュー作だと聞いて

腰を抜かしました(笑)

 

中国新世代、おもしろすぎます。

 

季節の移ろいのなか

個性の違う4兄弟の日々の暮らし、

それぞれの妻や子とのゴタゴタなど

市井の人々の息づかいがとても自然に、鮮明に捉えられていて

150分の長尺を飽きさせないし

 

さらに登場人物たちが

ほぼ監督の親族、っていうのもすごい。

 

それに国際社会で残念ながらいまなお

いろいろ不穏なイメージも持たれている中国から、

こんなにも穏やかで優しいまなざしを持った青年が出てきた驚きが

カンヌ受賞につながっているのだと思うのです。

 

で、そのグー・シャオガン監督は

アニメやコスプレ好きだったという

ホントにいまどきの、超・好青年(笑)

 

とても貴重なことに、監督にインタビューする機会をいただけたので

少しご紹介しますと

 

舞台は監督の地元でもあり

そこが再開発であまりにも変化していく様子に

「これを記録せねば!」とスタートしたそう。

 

家族に出てもらったのも

「いま」をリアルに切り取りたかったからだそうで

みな割と自然に、応じてくれたらしい。

 

カンヌでも各国映画祭でも「老成してる!」と言われることに、

驚きと喜びがあって

「撮るうちにだんだんと仙人のような気分になっていった、

作品が、僕にこれを“撮らせた”という感覚がいまはしています」

と話していました。

 

中国への国際社会への目も理解しつつ

「検閲など、多少の不満はあるけれど

そのエネルギーを創作に変えていく」

と、キッパリ。

 

本作は三部作の第1章にあたり

現在、第2章の撮影準備中。

現代を映す意味からも

「なんらかのかたちでコロナ禍の世界を映すものになるだろう」ということでした。

楽しみすぎる。

 

★2/11(木・祝)からBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。

「春江水暖〜しゅんこうすいだん」公式サイト

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すばらしき世界

2021-02-11 16:58:47 | さ行

素晴らしかった。

世界は厳しくつらく、それでもやさしく美しい。

 

「すばらしき世界」80点★★★★

 

***********************************

 

冬の旭川刑務所から

三上(役所広司)が出所してきた。

 

上京した三上は、身元引受人の弁護士(橋爪功)と

妻(梶芽衣子)に迎えられ、

温かいすき焼きを前に感極まって泣きながら、更生を誓う。

 

そして下町のアパートで

つましく、真面目に生きていこうとする。

 

だが、なかなか思うようにいかない。

 

そんな三上をテレビドキュメンタリーにしようと

プロデューサー(長澤まさみ)と

作家未満の青年(仲野太賀)が接触してくるのだが――?

 

***********************************

 

佐木隆三氏のノンフィクション「身分帳」をもとに

「ゆれる」(06年)「ディア・ドクター」(09年)

「永い言い訳」(16年)の西川美和監督が描いた作品です。

 

下町の小さなアパートで

きっちり部屋を片付け、きっちり食事を取り、折り目正しく暮らす

元殺人犯の主人公・三上(役所広司)。

その生活の正しさは、長い刑務所暮らしで身についたものなのでしょう。

 

真面目でまっすぐな性格の三上は

生活保護を受けることも「申し訳ない」と恐縮してぶっ倒れてしまうほどで

どうみても

好ましい人物に思えるし

チャーミングな笑顔にやられてしまう。

 

しかし、その美点や長所は

反転すると、暴走する正義という欠点にもなる。

しかも怒りを制御できず、

一度キレると手がつけられなくなってしまうんですね。

 

アパートの階下で騒ぐ若造たちに

怒鳴り込んで決闘するシーンとか

教習所で悪戦苦闘するシーンとか

ブッと笑ってしまうエピソードもたくさんありながら

 

もっとヒリヒリ、ヤバイ展開にもなる。

 

誰にもある、表裏一体の顔。

あたたかな日だまりのすぐ後ろにのびる、暗い影。

 

西川監督は、そんな描写を丁寧に積み重ねて

おだやかななかに

暗転ギリギリ、スレスレのリアルを描いていく。

 

そして

彼をとりまく人々の、恐る恐るながら

それでも、関わろう、助けようという思いに

絵空事ではない希望を紡ぎ出すのです。

 

 

不寛容の時代に

社会からこぼれる側の視点から、新たな気づきをもらった。

 

世界は厳しく、つらく、

でも美しく、あたたかく、やさしい。

そう感じられる描き方がすごく好きでした。

 

役所広司氏は言うまでもないですが

役者たちが本当にみな素晴らしい。

 

おおらかであったかい梶芽衣子さん、

最初、彼だと気づかなかった仲野太賀氏、

スーパーの店長・六角精児氏、

そしてキムラ緑子さんのあのシーン、

心がグワッ!と動かされ、マジ泣きました。

 

★2/11(木・祝)から全国で公開。

「すばらしき世界」公式サイト

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聖なる犯罪者

2021-01-15 23:36:01 | さ行

最初の数分で

なんだか引き込まれる「匂う」映画ってある。

これも、そんな映画。

 

 

「聖なる犯罪者」74点★★★★

 

 

**********************************

 

現代のポーランド。

20歳のダニエル(バルトシュ・ビィエレニア)は

「いろいろ悪いことをしてきた」青年で

殺人の罪で少年院に入れられていた。

 

ダニエルは少年院で

カトリックの教えに目覚め

「神父になりたい」と夢を持つようになる。

 

しかし、犯罪歴のある者は

神学校に入学できず

ダニエルはその道を諦めざるを得なかった。

 

少年院を仮退所したダニエルは

ある村の教会で

偶然、新任の司祭に勘違いされる。

 

とっさに「司祭です」とウソをついた彼は

思いがけず、司祭の代理を務めることになり――?!

 

**********************************

 

 

少年院を仮釈放された青年が

司祭と偽って、村人たちの心をつかんでいく――という

実際の事件にインスパイアされた物語。

 

ちょっとバイオレンスチック?と思わせるビジュアルだけど

大丈夫です、あんまり、そういう方向ではない。

 

それに

宗教に関する想いというのは

ワシには、正直根底まではわからない

それでも

目を離させない説得力や力が、たしかにある。

 

あの「パラサイト」などと

アカデミー賞国際長編映画賞を争った作品だそうで

なるほどな、と納得しました。

 

 

宗教うんぬんよりも感じたのは

若いときに犯し、そのときにはわからなかった罪の重さを、

どの段階で気づけるのか?

そして、気づけた段階でどう修正出来るのか?ということ。

これって

坂上香監督の「プリズン・サークル」(20年)にすごく通じているんですよ。

 

若い世代の彼らに

人生やり直しの機会を、もっと広い心で与えるべきではないか?

 

いやいや、

ワシらも彼らから、教えられること、多いんじゃないか?

そんな想いが、募ります。

 

実際の事件がもとである、ということも相まって

実に心に深く、迫ってきました。

 

★1/15からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほかで公開。

「聖なる犯罪者」公式サイト

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