全国でも珍しい多宝塔式の総欅造りの鐘楼(鐘打き堂)は、「からくり伊賀」といわれる茨城県谷田部の棟梁飯塚伊賀七の設計といわれ、文化5年(1818年)に建立されています。
8角形の石積基檀の上に12本の柱を建て、周囲に円形のふちをめぐらし、その中央に鐘を吊るしてあるが、残念ながら、この鐘は昭和33年の鐘楼の改修時に鋳造のものである。当初の鐘は元禄11年1698年のものであるが、誰もが、どうやって鐘を入れたかと不思議がります。なぜ、33年ものになったかというと、第2次大戦中、軍が鉄である鐘の供出を要請したが、当時の住職が断ったため、どういう「からくり」かわからないので、のこぎりで柱を切って、鐘を持っていったとのこと。実はある部分が外れるらしいのですがーーー。
なお、この鐘は大晦日の晩にご厚志を若干差し上げれば、鐘をつかしてくれます。
8角形の石積基檀の上に12本の柱を建て、周囲に円形のふちをめぐらし、その中央に鐘を吊るしてあるが、残念ながら、この鐘は昭和33年の鐘楼の改修時に鋳造のものである。当初の鐘は元禄11年1698年のものであるが、誰もが、どうやって鐘を入れたかと不思議がります。なぜ、33年ものになったかというと、第2次大戦中、軍が鉄である鐘の供出を要請したが、当時の住職が断ったため、どういう「からくり」かわからないので、のこぎりで柱を切って、鐘を持っていったとのこと。実はある部分が外れるらしいのですがーーー。
なお、この鐘は大晦日の晩にご厚志を若干差し上げれば、鐘をつかしてくれます。
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