布施弁天界隈の自然と歴史情報

関東三弁天の一つである柏市布施弁天界隈の城跡、神社、仏閣等の歴史的遺産の紹介とあけぼの山近辺の花情報の提供

寺子屋と筆子塚

2006-11-21 | 歴史
江戸時代、布施村は七里ケ渡・布施河岸と布施弁天により経済的に大変繁栄したことを受け、子どもたちへの教育も熱心でした。ご存知のように、江戸時代の庶民の子どもが読み、書き、ソロバンの教育を習う場所は大体がお寺で、師匠は住職が主でした。それで寺の子が習うので寺子屋といわれたようです。この布施村の新屋敷には寺子を20人擁する藤兵衛塾、古谷には40人を擁する観音塾がありました。月謝は、米1升または金1銭といわれています。そして、教わった師匠(大体が寺の住職)が死ぬと生徒たちが、先生の徳をたたえる塚を作りました。それが筆子塚です。善照寺やこの写真の南龍寺の境内にその筆子塚がみられ、市内に約30前後あるうちの8基がこの富勢地域にあり、この地域が昔の柏における教育先進地であったということを示しています。
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