パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

声と年齢

2009-09-22 16:30:36 | Weblog
 昨日、久しぶりにラジオ番組(TBSの「アクセス」)を聞いたが、折しも敬老の日ということで、「老人扱いされて頭にきたこと」というテーマで聴取者からの電話参加を募っていた。

 そこで、どんなことに「頭にきたのか」ということは忘れてしまったが、印象に残ったのは、60過ぎの人は60過ぎの声をしているなあ、と思ったことだった。

 というのは、私も60過ぎているのだけれど、電話口の声はやたらに若いらしく、ちょっと前も、「お父様にかわってください」と言われ、「いや、私が本人ですよ」といってもなかなか信用してもらえなかった。

 これには、私の話し方が、所謂「世慣れ」していないことも大きいのではないかと思う。

 だとしたら、アクセスに登場した60過ぎの男性が、いかにも60過ぎの声に聞こえたのも、要するに、年相応の「世慣れ」たしゃべり方がそう聞こえたというべきかもしれない。

 というのは、この60過ぎの男性の直後に70代後半の男性がしゃべったのだが、これがいかにも「70代後半」の声なのだ。

 たとえば、「声優」なんて、少なくとも50代ならば、余裕で少年、少女役をでやってるし、「声質」なんかは、60過ぎも70過ぎも同じようなものだろうと思っていたが、実際に受ける印象はそうでもない。

 並べて聞くと、明らかに違うのだ。

 たとえば、この70代後半の男性は、元来が、「いかにも元管理職」といった高飛車なしゃべり方をする人であるようで、直前に出演した「60過ぎ」とも少し電話を通して会話をしたのだが、いかにも「若造」と話しているという感じで、それが「70代後半」の印象を強めたとも言えるのだが、それもこれも、つまるところ、本人の社会的キャリアの為せるところなのか。

 いずれにせよ、ああいった、いかにも「世慣れた」風な、典型的な「老人声」を聞いていると、民主党がいかにがんばっても、世の中変わりそうにないなあといった思いを強くしてしまう。

 それはそれとして、「ウェブ世論」なるものがまったくいい加減で当てのならないものであることが暴露されつつある現在、「声」というものの持つ、気づかれにくいが底堅い表現力、影響力は大変に興味深いし、それを扱うメディア――要するにラジオだが――は、もっともっと活用されるべきなのだ。

 と言いつつ、ラジオなんか、めったに聞かないのも現実だなあ。

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