パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

年金地獄

2007-06-05 18:12:59 | Weblog
 三年くらい前、『公的年金の不信・不安・誤解の元凶を斬る!』という本を買ったことがある。著者は、坪野剛司という、社会保険庁の元役人で、年金数理官とか内閣審議官などを勤めた後、退官、現在は東京工業大学と早稲田大学の大学院の非常勤講師をしているという。
 いわゆる、「キャリア官僚」か、それとも「ノンキャリア」なのかは不明。キャリアだったとしても、最終履歴から見て、トップを走って来たというわけではなさそうだ。

 それはさておき、なんで『公的年金の不信・不安・誤解の元凶を斬る!』を買ったのかというと、当時、年金破綻が学者、マスコミ、そして野党を中心に強く叫ばれていたので、これをネタに「雑誌的」に何かできないかと思い、端的に、マスコミの意見とは逆の論理、すなわち、年金は破綻なんかしていないし、これからも大丈夫という主張を検討すれば、実態がより明らかになるだろうと考え、本書を購入したのである。

 というわけで、本書の著者である坪野氏の主張は、「日本の年金制度は世界一、改める必要はない」というものなのだが、その理由というと、「制度自体は問題ないのに、マスコミ、学者が不安を煽るからおかしくなったのだ」という。つまり、一言で言えば、制度を信頼して、国民全員、きちんと掛け金を納付さえすれば、問題はないというのだ。

 う~ん(笑)。

 そもそも坪野氏によると、日本の福祉制度は、貧しい人を救う「救貧」ではなく、それより(氏によると)さらに優れた、「防貧」を目標にしているのだそうだ。つまり、貧しくなったら面倒を見るのではなく、「貧乏人ゼロ」を目標にすれば、「救貧」なんか、必要でないという理屈だ。

 う~ん(笑)。なんで、日本の役人は、こんな「言葉の遊び」としか思えないものを「理屈」と称するかねえ……。

 昔、現行憲法の制定時の話だが、GHQから草案を呈示された某憲法学者が、「異常かつ残虐な処罰は禁止する」という項目を見つけ、「残虐だが、異常でない状態なんかあり得ない。したがって、《異常》は削って、《残虐な処罰は禁止する》でいいのではないか」と意見具申をし、アメリカ側担当者が肩をすくめて、「なるほど、じゃあ、そうしよう」と受け入れたのを、「やりこめた!」と、家に帰って家人に自慢したという話があるが……

 まあ、それはともかく、昨日、私は、基礎年金部分を税方式にせよという民主党案がいいのではないかと書いたのだが、『公的年金の不信・不安・誤解の元凶を斬る!』で、それについてどう書かれているかというと、概略以下の通りであった。

 税金で基礎年金をまかなおうとしたら、財源は消費税ということになるが、それは不可能である。何故なら、「所得のない人は物・サービスを消費できない。物・サービスを買わないで消費税は払えない。消費税を払わない人が消費税に基づいた年金がもらえるわけがない」からである。

 いや、これにはびっくりした。どんな極貧の貧乏人でも、生きている限りは「消費」する。たとえホームレスだって、雑誌を拾い集めて得た数百円でコンビニで買ったりするだろう。消費ゼロとは、「死」以外ではあり得ないのだ。

 もちろん、極貧が払う消費税の額などはたかが知れているだろう。したがって、「消費税による年金制度」とは、金持ちから貧乏人への一種の所得移転制度なのだが、これにも坪野氏は反対する。何故なら、「税方式だと、収入が多い老人には年金が支給されない所得制限が導入されることになるが、これは救貧ではなく防貧を目標にしてきた、昭和36年に国民皆年金制度導入以来の日本の社会福祉政策を御破算にすること」だからである。

 なぜ、「所得制限」の導入が「防貧」政策に反するのか、今いちわからないが、それはともかく、坪野氏はまた、老人の懐具合を一人一人調べて、払ったり払わなかったリを決めることは不可能とも言っている。しかし、「基礎年金」ならば、金持ち老人にも、貧乏老人と同じく「一律支給」したっていいのではないか? もっとも、それでも、基礎年金を消費税でまかなうことは――大きく見れば――たくさん消費する人から少なく消費する人への「一種の所得移転」であって、したがって、坪野氏の言う通り、「防貧」ではなく、「救貧」ということになるが、「救貧」でいいじゃないか。なんでいけないのか。さっぱりわからない。

 わからないと言えば、もう一つ。
 
 私は、一応、厚生(企業)年金を少なくとも50~60万円は払っているはずだが、年数でいったら10年弱で、「25年以上」という受給資格に全然達していない。したがって、年金は一銭ももらえない。民間の、たとえば払い戻しつきの生命保険なんかだったら、途中解約すれば掛け金は戻って来るはずだが、公的年金の場合は、たとえば、受給資格が発生する前に死んでしまったら掛け金は全部パーになるように、最低期間に達しなければ「掛け捨て」になるのもしょうがないかなと、「もってけどろぼー」の心境で覚悟しているのだが、坪野氏によると、年金計算は「引き算式」で、未払い部分は支払いからさっぴかれ、25年に達していなくても、たとえば、「10年収めて(年に)20万円、5年で10万円」だけもらえる、という風に書いてある。え? 雀の涙でも、もらえるなら有り難いが、一体、どうなってるんだろう。

 ちなみに、「25年以上」という日本の条件は諸外国にくらべるとむちゃくちゃ長い。ネットで調べたところ、イギリス、アメリカで10年、ドイツが5年、フランス、イタリアは0、つまり「最低加入期間」そのものがない。
 また、自営業者の年金加入義務についても、イギリス、アメリカ、ドイツ、イタリア、すべて職種、あるいは所得によって義務を免除されている。また、日本では「無職」の者も国民年金に入る義務を課せられているが、そんな国は、日本以外、皆無であった。