小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

テニスの本を買う

2010-06-16 07:02:03 | 武道・スポーツ
太郎は所用あって横浜に行った。ある健康の本を探していたのだか、横浜の地下街の有燐堂にはなかった。伊勢崎町の有燐堂には、あるという。ので、二駅なので行くことにした。確かにあった。図書館で本を読んで、気に入って、その本を買う、というパターンが多いのである。となりには、スポーツ書のコーナーがあった。テニスの本でなにか、いい本はないかとパラパラッとめくってみた。いい本があった。彼にとってのいい本とは、ゴチャゴチャわかりきったことを述べている本ではない。分解写真のモデルにきれいな女の人がのっていたのである。白い短いスカートのテニスウェアである。彼女が気に入ったので買った。著者である、おっさんの分解写真もあったが、太郎はそれには興味がなかった。太郎は家に帰って、女の人のきれいなスイングの分解写真を時間が経つのも忘れて眺めつづけた。
「きれいだなー」
と思いながら。彼がきれいだと思っているのは、勿論、フォームに対してであるが、それ以上に何か別の物に対してでもあった。その証拠に、彼は女の人の太腿と顔しか見ない。すると写真の女の人が太郎に話しかけてきた。
彼女「あん。あんまり見つめないで。恥ずかしいわ」
太郎「ご、ごめんなさい。あんまり、きれなもので・・・」
彼女「き、きれいって、一体、何がきれいなの?」
太郎「それは、もちろん、お姉さんのフォームが、です」
彼女「それにしては、あなたは私の太腿ばっかり見ているわ。変よ」
太郎「それは、脚の動きが運動の要だからです」
彼女「で、でもあんまり、そんなに食い入るように見つめないで。は、恥ずかしいわ」
太郎「どうしてですか。健康的で丈夫な太腿じゃないですか」
彼女「テニスをしていると太腿が太くなっちゃって、気にしているの。コーチから、本を出すけどモデルになってくれないかって言われた時も、かなり迷ったほどなの」
太郎「でも、あなたほどの、きれいなフォームの分解写真は、まさに理想的ですし、その美しさは、まさに芸術だと思うんです」
彼女「た、太郎さん。私もコーチにモデルになってくれって言われた時、服はスボンでお願いしますって、コーチに強く頼んだの」
太郎「それで、コーチはどう言ったんですか?」
彼女「あなたと同じよ。脚の筋肉の動きは運動の要だから、それがよく見えるように、スカートにしなさいって。私もそれを信じたわ。でも今はそうじゃないって、わかったの」
太郎「どうしてですか」
彼女「そ、それは・・・」
太郎「この本は売れてるでしょう」
彼女「え、ええ。月並みな事しか書いてないテニス指導書なのに、もう10刷だわ」
太郎「それは良かったじゃないですか」
彼女「良くないわよ。儲けて笑ってるのは、出版社と著者のコーチだけだわ。私には印税なんて入らないし、全国に恥を晒しただけだわ。私は金儲けのために利用されただけだわ」
太郎「そうですか。それは、お気の毒ですね」
彼女「なに言ってるのよ。あなただって、それが目的で買ったんじゃない」
太郎「ごめんなさい。でも、あなたほどの美しい人の美しいフォームは芸術だと思うんです。芸術は、しっかりと撮影され、保存されるべきだと思うんです。芸術は、あなただけの物ではなく、人類の財産だと思うんです」
彼女「もうだまされないわよ。芸術家きどりの人って、みんな、芸術、ってコトバを持ち出して女をだますんだわ」
太郎「そうかもしれませんが、だましてるだけでもないと思うんです。やはり美は、しっかりと撮影され、保存されるべきだと思うんです。この本が出版されたことによって、あなたの美は、人類最期の日まで、美しく輝きつづけます。素晴らしいじゃないですか」
彼女「・・・もう、何を信じていいのか、わからなくなっちゃったわ。男の人って本当にコトバ巧みね」

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