活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

基本(目と物の関係)4

2016年03月15日 | 法理

思いにも、自分で起こしている思いと、必然的に湧き起ってくる思いとがあるのです。

そこのところは分けにくいので、ひとまず思いをそのまんまにしておく必要性があるのです。

 

自分で思ったものでないものは何ともないはずです。

厳密に自分を看てみると、苦悩や心配の種になるのは、自分で思ったものだけです。

自分の中で思っていた事を看てみると、それを自分で取り上げてから苦しむのです。

自分で取り上げるまでは、その事が思いであっても、何も苦しんでいないのです。


例えば、“こうしたら相手がどう思うだろうか” という事も、それは自分の思いだけであり、

相手はまだ何もやっているわけではないはずです。

ですから、それは全く自分の動きだけなのです。

相手がやっているように見えたり、聞こえたりしていますが、全部自分の動きなのです。

 

苦悩や心配している時を看ると、必ず自分で思いをつかまえて、行っている時です。

それ以外の時は苦悩や心配はしていないのです。