活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

物心が付く時点 2

2016年03月05日 | 法理

おシャカ様が、「物心付く以前の事実」 に徹せられたからこそ

「直道 (じきどう)」 の法則が出来たのです。

 

それまでは、人間(にんげん) の救いというものはどこに手を付けたら良いのか

わからなかったのです。

 

そこで、これから修行する私たち衆生は、本当にこの 「六根 (眼・耳・鼻・舌・身・意)」

としての道具立てのままに徹しなければならないのです。

 

自分の 「都合(観念)」 で自分達の一切の在り方を使ってはだめなのです。

それを使うと 「私(わたくし)」 に成るのです。

一方、「六根自体の作用」 は 「公(おおやけ)」 なのです。

 

「物心付く」 ということは、こういう 「今の事実 (今の自己の様子)」 を

「私(わたくし)」 したのです。

 

そういうことにおいて 「迷悟」 というようなことが起きてくるのです。

「迷い」 ということは、これから始まったのです。

 

ですから、それを本当に止めて、

この 「六根 (眼・耳・鼻・舌・身・意)」 としての道具立てに

自分の実態そのまんまの生活に徹した時が 「迷い」 から離れた時なのです。

いわゆる 「悟りの世界」 が出現するのです。

 

ですから、自分の 「本性」 を見つけようと思ったら、

現在の人間(にんげん)の考え方は使ってはだめなのです。