「此の物自体」 の必然性を見ると、外で車の音がすれば、否応なしに、
その通りの事があるのです。 現じているのです。
一体どっちから始まったのでしょうか。
向こうからはじまったのか、こっちから始まったのか知らないのです。
人間(にんげん)を中心にして、色々な事を考えるので、こっちからとか、向こうから
とか問題を起こすのです。
それはみんな 「人の考え方の問題」 です。
そのようなものから、「此の物」 は全部離れているのです。
「能は境を逐うて沈す」 とのお示しがあります。
こっちから言えば、向こうの車の音がこっちの方でちゃんとあります。
向こうを対象にすると向こうの車の音がするところに、「此の物」 が
ちゃんと収まるのです。
ですから、「両者共に成立しない」 のです。
別の言い方をすれば、もともとこっちだとか向こうだとかは
「存在」 しないのです。
それが存在するということは、人間(にんげん) の見解(けんげ) なのです。