「쇠귀에 경 읽기」 という諺があります。
直訳は「牛の耳に経を読むこと」ですが、
日本語の意味は「馬の耳に念仏」だと出ています。
なぜ、韓国では「牛」で、日本は「馬」なんだろうと思ったことありませんか?
先日、新聞コラムを読んでいたら、「우이독경【[牛耳讀經】」という四字熟語が出てきました。
韓国の方はまさにこの意味
では、日本の「馬の耳に念仏」の語源は?
と調べたら、「馬耳東風」だそうです。
そもそも「馬耳東風」は、厩戸皇子(うまやどのみこ) と云われた聖徳太子が言った「馬の耳に風」から変化したものだとか。
春風が心地よい日に、聖徳太子が愛馬と散歩していたら、馬は気持ちの良い春風を感じるどころか、
主人になにかあってはいけないと周囲に気を配って歩いていたんだそうな。
それを知った太子は、きっと馬は人間以上に多くの情報を収集しているに違いないと思い、
情報の大切さを「馬の耳に風」という格言にしたそうです。
ところが、この言葉が中国に渡ったとき、「馬は東風が吹いても春を感じようとはしない」というところだけが伝わり、
反対の意味「馬耳東風」という言葉ができ、再度日本に伝わってきたとき、「馬の耳に念仏」ということわざもできあがったらしい。
面白いですね。
ちなみに、日本語にも「牛に経文(きょうもん)」という言葉がありました。
それにしても、聖徳太子の言った言葉がどうやって中国に届いたんでしょうねぇ。遣唐使とかを通じて、でしょうか(^^;)。
遣唐使とか遣隋使とか...
馬耳東風の出典は李白の詩『答王十二寒夜独酌有懐』で、
世人聞此皆掉頭 有如東風射馬耳
(世間の人はせっかく作った詩賦を聞いても皆頭を振ってわからないと言う。
それはまさに春風が馬の耳に吹きかかるようなものだ)
という一説だそうです。