ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

12/23日 クリスマスプレゼント  電化間近のJR武豊線で東浦の於大公園へ  

2014-12-24 12:35:22 | 草花
23日の朝刊に、愛知県内を走るJR武豊線が、来年の3月1日より電化される、という記事が載っていました。
天皇誕生日のこの日に、外孫二人が我が家にやってくることになっていましたので、クリスマスプレゼント代わりに、孫たちをディーゼル列車に乗せてやることにしました。

ただ単純に列車に乗って往復するだけではなく、その地で孫たちが遊べるところを考え、公園施設のある場所を探したら、駅からそう遠くない場所に「於大公園」のある「緒川駅」が頭に浮かび、そこにいくことに決めました。

JR東刈谷駅から大府駅まで東海道本線を使い、大府駅では目指すディーゼル車両の武豊線に乗り換えます。
そこから二駅先が「緒川駅」で、「於大公園」はその1km先になります。
武豊線の気動車(ディーゼル車両) ↓

小生的には今回が乗り収めになりそうです。

ディーゼルカーの後部車両 ↓

乗ってきた車両を孫と見送ります。

緒川城址 ↓

(以下の記述はネットからのコピペです。)
緒川城は水野貞守が文明年間(1469年~1487年)に築城したと伝えられ、忠政や信元ら水野氏の居城になりました。 緒川の比高8メートルの台地に築かれ、絵図によれば主郭は東西83メートル、南北95メートルの平城でした。 忠政の娘で、徳川家康の生母於大の方(伝通院)が生まれた所でもあります。 城址内には於大の方出生地の碑が立っています。 現在は主郭の北東部の土塁の一部が残され、公園となっています。

その於大の方出生地の碑 ↓

この場所は小さな公園の一隅であり、孫はそこで一遊びします。
ところで、於大の方(おだいの方(1528年-1602年)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性で松平広忠の正室で、徳川家康の母親です。晩年は剃髪して伝通院と称しました。
法名は傳通院殿蓉誉光岳智香大禅定尼と、凄いことになっています。

サネカズラ ↓

於大公園に向かって歩く道のりで見かけました。

於大公園 ↓

(ネットから記述引用します。)
於大公園(おだいこうえん)は、愛知県知多郡東浦町にある公園で、敷地面積は、12.1haあります。
名称の由来は、かつてこの地を治めた水野氏の出身である於大の方(徳川家康の生母)に因んでつけられたものだそうです。

長いすべり台 ↓

公園内には思いのほかにさまざまな施設があり、孫は喜んで遊んでいます。
このすべり台は30メートルほど有り、ちょっとした冒険気分に浸れます。

緒川城主水野家三代のお墓 ↓

於大公園東の林の中に、緒川城主初代水野貞守・二代賢正・三代清忠の墓があり、それぞれ高さ1メートルほどの同じ形の五輪塔です。
まわりにぐるっと鉄条網が張り巡らされていて、至近距離でお参りすることは出来ませんでした。

夕暮れの緒川駅 ↓

武豊線は来たる3月1日から電化はされますが、未だに単線です。この駅では上りと下りが同時に入線でき、お互いを退避できるようになっています。

反対側ホームに入線 ↓

夕暮れのホームに下り列車が到着し、小生たちが乗る上り列車を待ちます。

夕空 ↓

上りの列車に乗り、車窓から遠くを見ると、夕空が凄い色に染まっていました。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする