私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ーどんなん風の吹き廻しかしらん

2012-05-27 21:04:41 | Weblog
行く春は細谷の流れと一緒になってあっという間に、小雪の周りから通り過ぎていきました。そんな春を惜しむかのように、吉備のお山を朧に包んで細かな春雨が外を流れていきます。小窓を細めにあけて、そんなお山をなんとなく眺めていました。このお山の佇まいがなんとなく京の東山に似ていて、このお山を眺めると、心が慰められるようで、京から遠く離れたこの備中の宮内にる小雪の今一番の楽しみになっておりました。
 そんな昼下がりに、またまた例のあの甲高い、天井まで押しつぶしてしまうのではないかと思われるような宮内ことばが響きます。
 「小雪さん、小雪さん、どこえおるん、はようおりてきんさい」
 眺めていた小窓をさも惜しそうに閉め、「あ~い」と、ゆっくり階段を降りていき、この屋の主人お粂さんの部屋にはいります。
 「まあ、そこに入りなさい。小雪さん。今、そこで堀家のご大奥様にお合いしました。大奥様が、これをあなたにと、差し出されたのです。どうなっているのですか小雪さん。堀家の大奥様ともあろうお方が、私何ぞに、声かけするなんて、さらに、小雪さん、あなたに贈り物を下さるって一体これって何事ですか。一体どうなっているんでー。」
 一息入れて、
 「お聞きすると、何でもあなたは、掘家の奥座敷で踊りを踊ったというではないですか。あなたが踊りをどうして、あの日に。・・・そのお礼だと、大奥さまはご丁寧に私までに鄭重にお礼を言われたんですよ。一体どうなっているんでええ」
 「いえ、なんでもないのどす。一寸と、成り行き上、そんなことになってしまったのどす」
 あまり詳しい話をするのもと思い、いい加減な生返事をして、「なんにかしら」と思いながら、お粂はんから手渡された品を、大事そうに両の手にささげて、自分の部屋へ持ち帰えるのでした。無遠慮に、「どうしたの、どうしたの、誰から何に貰ったって」と、お滝さん、お久さんの姐さんも入り込んできます。後で、そっとと思っていたのですが、致し方ありません。包んでくださっている小紫の唐草のあしらってある風呂敷を開けました。ほんのりと、また、梅香の匂いでしょうかあたりをそっと優しく包んでくれました。春の雨は相も変わらず、細々とした音を立てながら細かく降り続いております。
 二人の姐さん方は、そのあるかないかも分らないような香よりも、只、畳紙の紙の中身にだけに、その心を集めていたようです。でんでに、
 「まあどうして小雪さんに着物だなんて、どうして、でも、それってどんな着物かしら、早うあけて見せておくれえ。どうして小雪さんに、はようはよう見せえ」とか「まあ、あのお高いお喜智さんが、なんだかんだと何時も見下げて馬鹿にしておいでのわてら遊女みたいなもんに、なんで着物を、どんな風の吹き廻しか知らん」などと、思いつきのその場限りの、やややっかみ半分の話を続けているます。
 その畳紙(たとう)の上に乗せられた薄紅色のがんぴの紙からでしょうか、その香が立ち上ち、そこには「小雪どの」と書かれた目にも鮮やかな薄墨色の達者な女手の筆の輝きが小雪の目の中に飛び込んできました。