私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー女のやせ我慢

2012-05-20 11:03:41 | Weblog
 そこに須香はお茶を持って入ってきて、先ず、林さまの前に置きます。それから、どうしたわけか分からないのですが、小雪の前にも「どうぞ」といって置きます。そなん事には無頓着のように、林さまはお須賀の持ってきたお茶を、さも美味しそうに一口飲みます。そして、そのお茶碗を両の手にしたまま、お喜智様のほうをきっと見据えられたままで、
 「ちょっと変な事お尋ねしますがいいでしょうか。・・・奥様、いえ敢てお喜智様と申し上げます。高雅さまのご遺体はまだそのまま京にあるのでございますか。山田源兵衛さんが痛くご心配なさっているとか聞きましたが。どうして、この宮内にお連れもどされないのでございますか。私も痛く心配しておりのですが・・・これもひょっとして、失礼な言い方かもしれませんが、先程から申されておられます、奥様の瘠我慢なのでございますか・・・・・・」
 お喜智は下を向いたまで、
 「・・・・・そうかもしれませんね。・・・・・今は藤井家の人となったとはいえ、わたしは、あの高雅、いや、光次郎の母親です。しかし、此の度の事件で、ご迷惑をお掛けした多くの人に対して、方谷さまや板倉のお殿様、又、林さまなどの沢山の豪商の方々、その他の名前すら知らない多くの世間様に対してどうお詫びをしたらいいのでしょう。小雪さんではないのですが、わたしとて、できればすぐに死んででも、光治郎がご迷惑をお掛けした人たちに対して、お詫びをしとうございます。・・・・また、・・・・私も母親です。光治郎の遺骸をすぐにでも此処に引き取り、ああ苦しかっただろうね、と、しっかりとこの胸に抱きしめてやりたいのはやまやまです。・・・・・・・・・・・・・」
 一筋の泪がお喜智の頬を伝わります。
 「でも、それではあまりにもわたしの身勝手になりはしないでしょうか。世間知らずの恥知らずの女になり下がってしまうのではないでしょうか。・・・・女は家をしっかりと世間様から笑われないよう護って行かなくてはならないと、それこそ父や母から幾度となく教わってまいりました。それを護っていくのが私の、「なんだ堀家は」と言われないようにしっかりと護っていくのが私の勤めだとも思っています。・・・・冷たい女だ、やれ非情の女だ、中には鬼だなどと、面と向かって卑下され侮られたこともありました。多くの世間様が影でそんあ噂しているのも、よ~く知っております。・・・・・・・・でも、これが私の女としての、いや、堀家の女として、どんな事をしても頑なに絶対に護っていかなくてはならない道だと信じています。それが私の世間様に顔向け出来る今出来る唯だ一つの道だとも思っています。・・・・・・・・・これって私の瘠我慢でしょうか?・・痩せ我慢って随分と悲しいものですね。ねえ林様・・・」
 最後のほうは、喜智自身に言い聞かせているような、何処までもゆっくりと、終始、じっと伏せ目がちに話しています。
 「ねえ林様」とおっしゃられて、ようやくお顔を上げられ、林さまを注視なさいました。
 もうそこにはいつもの凛々しい喜智に戻っていました。
 ちょうど春の夕日が日差しのお山に隠れ、時とともに辺りの山々は薄紫から群青に変わろうとしております。
 「ああ、これがあの高雅様のおっしゃられていた、お山の七化けの始まりでしょうか」
 と、小雪は、この喜智の凛々しいお姿の遠く向こうに佇むお山を見ながら、その吉備の暮れなずむお山の景色が、「やせ我慢は悲しいものですね」というお喜知の言葉を飲みこんでしまったのではないかと思えるのです。