私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―あそびめの誇り

2012-05-25 09:13:13 | Weblog
 「どうしても、夕飯をご一緒に」と、言われる大奥様、堀家喜智様の言葉を
 「それだけはごかんべんを。わてにもあそびめとしての意地がおわす。これも瘠我慢かもしらへんどすが、お呼ばれした他所様のお家では、物を絶対に口にはしまへん。これがわてらのあそびめの、きつうきつう言われておりますおきてどす。また、それがあてらの誇りでもあるのどす」
 と、強く断りして、日もとっぷりと暮れ、再び喧騒な普通の宮内の夜の賑わいを見せている街中へ、堀家を後にしました。どうした事でしょう。これまた不思議なことですが、つい先程まであんなに「此処は堀家の奥座敷です。」と目を三角にして激憤していたあの須香の姿は跡形もなく消え去り、かえってその顔に笑顔さえうかべながら「そこまで」と、小雪に寄り添うようにして送っているのです。
 「一度、今度は、是非、私のところへきてくださいな。ゆっくりと新之介のことについて尋ねたいのです。私の妹が新之介の母親なのです。その母、真木にも、ぜひ詳しくあの日の様子を聞かせてやって下さいな。あれ以来、塞ぎこんで真木も床につくことが多くなっています。小雪さんの話を聞くと、また、元気を取り戻すのではと、あなたの舞を見ている時、なんとなくそう思ったのです。是非お願いしますよ。・・・・はじめに、小雪さんにあんなこと不遠慮に言ったことが恥ずかしくて、今は穴があったら入り込んでしまいたいような気分です。本当に、すいませんでしたね。あなたが新之助の知り合いだと云う事は夢にも思わなかった者ですから。ほんとうに知らなかったもんで。・・・・大奥様のおっしゃるように、みんなお人ですね。大奥様もあなたも、みんな女としての大きな悲しみを一杯に自分ひとりで背負い込んで生きているんですね。好き好んで、そんな女の悲しみをわざわざ背負い込んだりはしませんもの。わたしなんて、そんなことも知らないで、これまでのほほんと・・」
 「何だ、須香さんは新之介様の伯母さまなのか」と、内心驚きながら小雪は須香の話しを黙って聞いておりました。今夜のお客でしょうかにぎやかに出入りしている大阪家に着くと、
 「はい今晩は、お粂さんいる。小雪さんを送ってきました。ちゃんと受けとてくださいな」
 そんな明るいはきはきした声をこの大阪屋に残して、急ぎ早に須香は帰ります。
 「おや、まあ。どんな風の吹き回しかしら。あのお高い堀家の須香さまともあろうお方が、ようもようもあんなに親しげに「お粂さんいる」なんて、声かけができたもんだ。明日はきっと大風だぞ。みんな気をつけんといけんよね。それにしてもどうして小雪をここまで・・・」
 店の誰もが訝しげに囁いていました。