私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー末の命の美しくこそ

2012-05-26 20:03:03 | Weblog
そんなお須賀さんへの悪たれ口を何処か遠いところでの聞いているかのような何とも不思議なくらい心も体もいつもの小雪ではありません。突然に自分自身を支えている力がなくなって行くように感じられました。2階への階段を上る力さえいくら踏ん張っても出そうもありません。自分の胸の辺りが、なにやら激しい痛さに襲われ、その場に立ちおることさえ出来ず、やっと手すりにつかまり、薄れゆく己の意識と闘うが如くにしばらく手すりを持ったまま、そこに佇んでじっとしていました。
 「どうしたの小雪さん」、この屋の姐さんの誰かがそんな言葉を懸けてくれました。その声の余りにも大きかったものですから、小雪はその声にふと我に返り「あ、なんにもあらしまへん、おおきに」と、薄笑いを浮かべてゆっくりと2階へと上がって行きました。
 それから、しばらくして
 「小雪さん、お客さんがお呼びですよ。ちょっと下へ降りてきてくださいな」
 という、お粂さんのあの例の甲高い声。その日もまた小忙しく何にもなかったように小雪は立ち働くのでしたでした。
 
 その日から、日一日と春は本番を迎えます。お山全体の木々までも薄ぼんやりとした灰色の中から初々しいぐいす色の萌葱の顔を湧き立たせたかと思う間もなく、今度は一転して、その萌葱は浅黄の色模様を描き出し、その中に山桜の点々とした開花前の木全体で織りなすうす紅色が、あたかも布袋様の頬のように輝きます。
 でも、このお山の桜より、なお早く、真っ先にその色が、人々に春の気を揉ますように匂い立っています。掘家喜智と始めてであったあの龍神池の「さえのかみさま」の祠の横にある枝垂桜です。枝は水面まで垂下り、空と水にこれから咲こうとしている花びらを見せびらかすように風になびかせておりました。
 もう2,3日すると、この枝垂れ桜の花が、この辺りの総ての桜の魁となって満開となります。この里の春告げ桜と呼ばれています。例年、宮内の人々の誰もが、この春一番の桜にまず気を揉み、何処にあるのかもしれない風の宿りを訪ね、散りゆく花びらに思いを寄せて、恨みの一つでも言ってやろうかと気を揉んだりもしているのです。
 そのしだれが、ほらりちらりとし始めると、今度は、里から山からそこら中が、さくらさくらで覆いつくされます。四季を問わず常に喧騒なこの里も、この期、特に多くの人達が繰り出し、一日じゅう昼夜を措かず上を下へと大変な賑わいが繰り広げられます。そんな中で、小雪も、あれ以来時々に襲われる胸の痛みを堪えながら、顔にも見せずそれでも小忙しく立ち働いていました。
 その内、水無き空に波が立ち騒ぎ、やがて、龍神池の西の面に真っ白な花の敷物が拡げられ、ようやく春も、急ぎ早に通り過ぎていきました。
 そんな宮内の喧騒がやっと一段落したある昼過ぎでした。わずかに散り忘れた花びらが、風もないのにゆらりゆらりと舞いながら、空を流れていきます。小雪はこの初めての宮内の行く春を、わずかに残った残り花と一緒に惜しんで、窓を一杯に開け放して、ゆっくりと眺めておりました。ふと見ると、小箪笥の前の畳に、散る遅桜の一片の花びらが、ちょこんと座るかように舞い落ちていました。
 「あらまあ、かわいらしい」
 こんなことばが、自然に、口をついてほとばしり出てきました。そして、何処で何時習ったと云うことではなく、この里に来て以来、この宮内にいるあそびめの間に密かではあるのですが、それが己たち宮内のあそびめの誇りともなっている和歌というのだそうですが、そなんものが自然と小雪の頭に浮かびあがってくるのでした。

  屋根を舞う 残りさくらの 五つ四つ 
            春は今年も 流れいぬめり
 
  流れいぬ 春の名残を 留め置く
            畳の上の さくら一ひら

  昨日今日 残りの花の 散り落ちて
            末の命の 美しくこそ