私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 106 ぼっけえ苦労

2008-08-25 17:59:28 | Weblog
 翌朝、目が覚めるとお園の姿はありません。昼前にここ宮内を発って大坂に帰るのです。
 そのお園は、秋口から漸く回復に向かっているという義母美世のもとに出向いております。
 「気をつけておくれよ。おかっかさん。おさとさんがいるんだから任せとけばいいのです。浩吉もしっかりとおとっつあんの跡継ぎをきちんとしているじゃないの。又、秋の吉備津様のお祭りが始まって、宮内で大江戸芝居が興行されると聞いております。そうなると、また、小忙しくなりますよ。それまでにはきちんと直して置いてくださいな。頼みますよ、おっかさん」
 「はいはい、よう分りました。お園に迷惑が掛からないようにします。平蔵さんも大変だね。よう見てあげんといけんよ。帰りにはこっちへ寄って帰るんでしょう」
 「そうそう、おとっつぁんの姿が見えんようだけど」
 「なんか知らんが、昨夜(ゆうべ)も遅うまで話しておられていたんだが、今朝、早くお二人で何処かへ出ていかれんさったよ。もう戻ってくると思うんじゃが」
 「向畑でも行ったのかしら」
 「どうして向畑へ」
 「そんな気がしただけです。おせんさんももう起きておられると思うので、あちへ戻ります。気をつけておくれよ。おっかさん、いいね」
 何べんも言って、お園は戻ります。
 「あの子もぼっけえ苦労したんで、人の心が分ってきたんじゃろう。大人になったな、お園や」
 美世はお園がぴょこんと頭を下げて部屋から出ている後姿を見ながら思いました。
 それから暫らくして大旦那様は吉兵衛と連れ立って帰ってきます。朝食の給仕はお園の母親美世が特別に、最後ということもあって務めてくれました。
 「おかみさん、お美世さんの直々の給仕ですか。すまんこっちゃな」
 朝の清々しい風がおにぎり山から吹き降りてきて、お味噌汁の香が部屋を流れます。
 「大旦那様、朝から父とどこえ・・・・」
 「ああその辺りをぶらぶらさしてもろうとりましたねん。朝の松の並木があんなにきれいだとは知らなんだ。一斉に松の精がおにぎり山のてっぺん目指して空高く舞い上がっておるように見えましたねん。お宮さんの屋根もきれいでおした。朝早いお宮さんもいいもんでっせ。宮内が益々好きになりましたのや」
 「そうですか。私はきっとお二人して山神様へでもと、思う取りましたンやで、違うとりましたのやな。でも、そんなんに宮内を褒めてもろうて案内させてもろうた甲斐がありましたのや。おせんさんにも気に入ってもろうて、ありがたいことですは」