私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 95 母と娘

2008-08-08 20:21:53 | Weblog
 その夜、お園は母親の美世と床を並べます。小さい時からの自分のあれやこれやの思いが後から後から思い出され、なかなか寝つけられません。おっかさんとこうやって枕を並べた事はあっただろうか、なんだか初めてのような思いがします。おばあさまと何時も一緒に、端から新しい母親を拒絶していた自分を思い出します。暖かい胸を差し出していたはずの新しい母親を徹底的に拒絶していた自分を思い出します。「ごめんなさいおっかさん」と心の中に幾度となく言ってみます。そんなお園に気が付いているのでしょう
 「お園さん、もうとうの昔にお月さんはおにぎり山から西にいんでいかれました。考えるの止めてはよう寝ましょうな」
 闇の中から母親の声が部屋いっぱいに優しく響きます。
 
 ふと気が付いてみると、母親の美世はいません。遅い朝日が漸くおにぎり山の上に昇ろうとしています。お日奈さんが覗きこむようにお園の顔を見ています
 「よう寝ておられんさったけえなあ。女将さんからお園さんが目を覚ますまで、ほっとくようにいわれんさったけえ。・・・お園さんよくお戻りになられましたんなあ。お元気そうでなによりじゃ。ちょっと太ったんじゃあねえ、久しぶりにお園さんの寝顔をじっくり見させてもろうとりましなのじゃ。安心して見ようたんじゃあ。よう戻られましたなあ」
 と、感激しとしおのお日奈さんです。
 「まあ、お日奈さんのいじわる。私の顔見ていたんでしょう。なんて年取った汚いいやな顔と思って、おかっさんは」
 そんな訳の分らない事を言いながら、故里ってこんなにいいもんだったのかと思いながら起き上がります。そして、お日奈の手をきつくきつく握ります。お日奈の顔はぐちゃぐちゃです。
 まだいっぱい話したい事があるようにしているお日奈ですが、まず、大旦那様とおせんさんに今朝の挨拶をと思い、急いで身支度を整え、大旦那様のお部屋に急ぎます。
 「昨夜のお月様、きれいでおわした。こんなきれいなお月さん初めて見ました。何もかにも忘れて見させて頂きました。お山からお屋根の向こうに消えていかはるまで、こんなにお月さん、遅うまで見させてもろうたんも初めてでおすわ」
 おせんさんは生き生きと言われます。大旦那様は満足そうに二人を眺めています。