私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 97   拍手

2008-08-12 16:00:28 | Weblog
 「ここの大きな石垣に隠れていた鬼が飛び出して乙女の毬を取ろうとしたのです。おせんさん、ここから今来た回廊を見てくださいな。・・・・じっと目を凝らして、それから目を瞑って、1、2、3で目を開けて。・・・大きな洞穴が現れるでしょう。不思議ですが、これが鬼の通い路なのです」
 「あ。本当どす。昨夜見た夢と同じの洞穴が・・・・・・ここに毬が」
 お園は袂に隠し置いていた毬を取り出し、随神門からその大きな穴の中にそっと転がします。
 「おせんさん。しっかりと見ていてください。あれあれ、あんなに早くころげていきます。・・・・あ・あ・・ああ・もうおらんようになってしもうた」
 回廊をお園が手を放した毬は真っ直ぐに駆け転び行き、やがて穴の奥に消えていきました。大旦那様はじっと感慨深げに2人の後姿を眺めなます。
 「お園さん、おおきに。おせんの目に輝きがでておます。こんな目を見るの久しぶりやねん」
 と。
 じっと毬の行方を見つめていたおせんは
 「どこへ行きはったんでしゃろ。あのおにぎり山の奥底に真っ暗な広場にまで落ち込んでしまはったんでしゃろか・・でも、あの毬、どうてお園さんが・・・」
 「いやいや、昔々この話をしてくれたわたしのおばあさんが作ってくれたのを取っておいたのです。昨夜、思い出して、今日おせんさんと一緒にここから転がそうと思ったのです。あんなに真っ直ぐに転げ落ちるなん思わなかったのですが。うまいこと転がってくれました。きっと吉備津様、いや、もしかしたら吉備津様に退治されたという大昔からいた吉備津の鬼が見つめてくれていたからではないでしょうか。まあ、兎も角として、鬼にせよ、吉備津様は、お参りする人みんなを守ってくれるのです。・・・・もう行きましょう。神殿では、だれが拍手を打っても、とっても爽やかなきれいな音が化粧垂木の野屋根に響きます。・・・ぜひ、その響きも聞いてください。あの毬が転がっていった深い穴の奥底から撥ね返ってくるのだと言われています」
 おせんは、まだ、転げ降りていった毬の事が気になるのか2、3度後ろを振り替ええていましたが、大旦那様の後ろをゆっくりと進みます。
 拝殿に着くと、今朝方お園の父吉兵衛から連絡を受けていた藤井高尚宮司が例の有紋の冠に浅緋の袍という出で立ちに威儀を正して笑顔で3人を待ち受けてくれていました。今朝はおせんのために、特別に祝詞を上げて頂くのです。
 宮司の打つ拍手の音は神々しくかつ凄まじく神殿の中を響き渡っていきます。無心で打つおせんの拍手の音はなんだか遠くの方から遠慮深そうに小さく小さく朝の空気を伝わってきて、あの穴の奥からでも跳ね返って来るように幽かに聞こえてきます。